我が愛すべきハンガリーのジレンマ

         第6号   2001年3月16日

           富も名声も手に入れた
         ゲレ・アッティラ氏のジレンマ

   ハンガリー国内だけでなくヨーロッパ各国のワイン大会でも賞
   を獲っているワイン製造蔵元のゲレ・アッティラ氏は富も名声
   も十分手に入れた。でも彼の口から出てきたのは意外なため息、
   “もう疲れた、何か他の人生ためになることがしたい・・”時
   代を先取りし過ぎた彼にハンガリーが追いついていけない。
   そのため逆にハンガリーから取り残されたジレンマをゲレ氏の
   中に見た。

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   ゲレ・アッティラ氏は、赤ワイン産地としてハンガリー国内で
   非常に有名な村ヴィッラーニで“ヴィッラーニ・ファイブ”と
   呼ばれるワイン製造蔵元の一人。村の中央通りでペンションも
   経営しており世界各国からワイン好きが集まってくる。国内大
   会やイタリアのヴェローナ、ベルギー、ロンドンなどで数々の
   メダル、1994年ハンガリーのイヤー・オブ・ザ・ワインの
   タイトルを獲得する程クオリティーの高いワインを生産してい
   る。

   この度ヴィッラーニに赤ワイン試飲旅行でゲレ氏経営のペンシ
   ョンに宿泊した際、氏と直接喋る機会を持てた。“こんばんわ”
   と挨拶を交わしただけで人の心を暖かくさせてくれる深い笑顔。
   ゲレ氏が“ちょっとここに座ろうかな”と私の横にいすを引っ
   張ってきたのは、星がきれいに瞬いている夜に当ペンションで
   おいしい赤ワインを嗜んでいる時であった。

   日本でワインがブームになったのはここ10年位のことだが、
   残念ながら日本で有名なハンガリーのワインは貴腐ワインのト
   カイとエゲルの“雄牛の血”で有名なビカヴェールぐらいだと
   ゲレ氏に説明すると、こんな話をしてくれた。

   “ヨーロッパでもワインは楽しむものいう位置付けになったの
   はここ10−15年ぐらい。イギリスだってアルコールと言え
   ばビールかウイスキーだった。隣のオーストリアだって水の代
   わりに飲んでいたんだ。人生を楽しむため、食事と共に味わう
   ために、一般庶民にまでワインに品質が求められるようになっ
   たのはつい最近の事だったんだよ。水に味とかまろやかさなん
   て求めるかい?”

   こう語るゲレ氏でさえも、1978年に奥さんカティと結婚し
   ヴィッラーニにやって来て義父の製造したワインを飲んでみる
   まではお酒といえばビールだったらしい。

   “共産時代の前はハンガリーワインはヨーロッパ中でドイツと
   フランスと肩を並べて良いワイン産地として知られていたんだ。
   共産時代に入り西側諸国からハンガリーワインが忘れさられて
   しまったんだな。その間にイタリア、スペイン、ポルトガルと
   いった国々が生産地として台頭してきた。1989年に共産主
   義が崩壊してからたったの10年で西側諸国に追いつくため、
   質と名前をもう一度つくらなければならなかった。それはそれ
   は月日はあっという間に過ぎていったよ。”

   体制が崩壊する1989年まで氏は17年間林業に携わってい
   た。既に1986年から林業と平行にワインの瓶詰の販売を開
   始していたので早々にワイン業で生活していくことを決意し、
   林業の協同組合が解散、解体、私企業化するのを横目に組合を
   辞めた。ペンションは1989年に建築し始める。

   “人々が質というものを理解するのには時間とお金がかかる。
   僕のワインを皆値段が高いと言う。10分の一の値段で同じ1
   リットル分飲めると言うよ。特にね、そういうことを言う人達
   は共産時代に一番の働き手だった50代以上の人が多い。目を
   つぶって安いワインと僕のワインを飲み比べてごらん、皆絶対
   に僕の方がおいしいことがわかっているんだ。”

   “でもね、政治の主義や体制が変わったからって人々の考えま
   ですぐに変われると思うかい?10年では足りないよ。少なく
   ても25年、親子3代先まで時間が必要だ。人間の脳みそはフ
   ロッピー・ディスクではない。コンピュータの中に入れたり出
   したりできるものではないんだ。”

   常日頃、政変後既に10年も過ぎているのにどうしてハンガリ
   ー人は未だに頭が硬いのか、世界はものすごいスピードで変わ
   っているがいつまでたっても追いつけないだろうと、私はもど
   かしさを感じていた。ゲレ氏の台詞が疑問を解く鍵となった。

   ハンガリーで大変お世話になっている知り合いとワインの話を
   した時のことが思い出される。観光客で賑わうワイン・セラー
   には行くべきではなく、友人のつてで個人私有のセラーを訪れ
   樽から直接ワインを注いで貰うのが一番おいしい。飲んでいる
   と隣近所が集まってきて僕のセラーにもおいでと声がかかる。
   そうして皆で飲むんだ、それが一番のワインの楽しみ方なんだ
   よ、という半ば忠告であり、ハンガリーの昔ながらの人生の楽
   しみ方である。確かに私は彼の友人のセラーで飲んだことがあ
   る。隣近所も集まりそれはそれは大騒ぎで楽しい一時であった
   が味にクオリティーは求められなかった。

   ヴィッラーニ村散策中に道端でおじさんに声を掛けられ我が家
   に飲みに来いと誘われた。きれいに整えられた個人セラーで直
   接樽から赤ワインを振る舞われ、初めて会ったのにワインの話
   やおじさんの哲学を聞けてこれも楽しい思い出となった。おじ
   さん曰く“宿泊先はゲレのところか。ヴィッラーニ産赤ワイン
   で成功した蔵元達は私らのような末端の枝の人間を切っていく
   んだよ。中央通りにあるセラーには気を付けなければいけない
   よ、一杯の試飲に100フォリント(40円)もするんだから”
   世界で賞を獲る数々の蔵元のワインをたったの40円で味見で
   きるのは安いが、ハンガリー人にとっては高い。聞くとおじさ
   んは70歳で、皆で安く楽しくという伝統が体に染みついてい
   る。質を求める思考にいきなり変われるわけないことは理解で
   きる。

   成功したゲレ氏への嫉妬が見える。非情だが、世界に通用する
   勝負師になるのはゲレ氏のように上からものが見える人。おじ
   さんは個人のセラーからハンガリー全土に販売することは出来
   ない。何だかんだ言ってもはゲレがうらやましいのだ。

   ゲレ氏は続ける。“ここ10年本当に仕事をたくさんしてきた。
   走り続けてきた。僕からは人には電話しない、いつも携帯電話
   で皆が僕を追いかけてくる。ハンガリーがEUに入る前に自分
   の足でしっかり立てるようにしておかないといけない。でもね、
   最近妻のカティと話すのは何のために生きているのかというこ
   と。もっと何か楽しめる人生他のことを探したい。ちょっとね、
   疲れてしまったんだ。”

   ゲレ氏が手に入れたものは富と名声だけではない。彼のワイン
   を求めて世界中からやって来る人々との心の交流だってあるだ
   ろう。彼には人を気持ち良くさせてくれる懐の深さがある。彼
   の人間性に魅了され尊敬する人々はたくさんいるはずだ。それ
   なのにそんな人々の支えや応援も足りないほど疲れているのか。

   ヴィッラーニは小さい村だけれどハンガリーも日本から比べれ
   ば小さな国だ。小さな世界で普通に人がほしがるものを独り占
   めしてしまえば人からの風当たりも強い。

   先を読む能力が人より抜きんでていたので手に入るものが人よ
   り大きかった。1986年にワインの瓶詰を誰よりも早く始め
   た時は周囲からバカ呼ばわりされた。最初の投資も必要だった。
   瓶にコルク、ラベルにケース。しかし、将来は瓶詰での質の勝
   負が量産のタンク販売を凌駕することを見越していたため数年
   は辛抱していた。

   誰もが失業する事無く貧しくとも平穏に過ごしていた共産時代。
   自由を求めて体制が崩壊し競争社会になって富む者と貧しい者
   の差がどんどん開いていった。平穏無事な仕事にさっさと見切
   りをつけて自分の足で早くたったゲレ氏。

   先に進んでしまっているからハンガリーが彼に追いついていけ
   ない。ハンガリーを追い越してきた今、彼がハンガリーに取り
   残されてジレンマを感じている。

   訪れた週の木曜日からロンドンにワイン紹介に行く予定のゲレ
   氏。タッチの差で会えなかったかもしれないことを考えると、
   こうして喋れたことを感謝すると共に相変わらず忙しくしてい
   ると思った。


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   いつもご購読ありがとうございます。最近のブダペストは20
   度を越す日もあるくらいますます春らしくなりました。それと
   共に街中で卒業旅行の学生たちを含め日本人観光客を多く見か
   けるようになってきました。これから旅行の最適のシーズンに
   なりますので皆さんもハンガリーをご計画の一つに入れてみて
   は如何ですか?

   3月15日は革命記念日でハンガリーは祝日です。1848年
   ヨーロッパ中の既存の体制が揺るいでいる時、フランスの2月
   革命を発端にウィーン、ベルリン3月革命、そしてハンガリー
   での独立を求めての革命へと飛び火しました。革命は失敗しま
   したがそれが始まった3月15日はハンガリー人の心に勇気を
   刻んだ重要な日となりました。国会議事堂前では騎馬隊や軍隊
   の行進、演説が行われ、その後場所を国立博物館前に移し、革
   命が起こった様子の寸劇が催されました。革命記念日のレポー
   トは来週HP上で公開する予定です。また去る12日には“我
   が家に国勢調査がやってきた!”と題するレポートもアップし
   ましたのでそちらもご覧になってください。


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