我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第10号   2001年4月13日

          世界遺産という看板を維持するために
       真の文化の心が消滅する 
   
      明日からイースター(復活祭)のお休みで嬉しい3連休。世界
   遺産に認定されたホッローコー村は復活祭のイベントで世界中
   で有名だ。各国から訪れる観光客を、民族衣装を着た村人達が
   出迎える。観光業で一財産を築いたこの村は周辺の村に比べて
   裕福だ。でもあまりにも観光色が強すぎて文化遺産の香りがし
   ない。村の存続のために選択した世界遺産への登録という手段
   が、皮肉にも村にあった文化や歴史をかき消してしまった。

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   “バシャッ”。観光客にも水がかかった。

   民族衣装に身をまとった村の男性が、逃げ惑う民族衣装の女の
   子達にバケツで水をかける。そのついでに観光客にも水を掛け
   る。男の子が女の子に水を掛け、そのお返しに女の子が水を掛
   けた男の子に絵の画かれた卵を渡すというイースターのしきた
   りにならった、このお祭りの名物行事だ。

   中央広場で輪になってハンガリー民謡を歌う老人達を、外国報
   道陣がビデオで撮影している。神父が、教会での催し物の歌の
   後に、民族衣装に包まれた子供達や村の名士と共に村をぐるっ
   とまわる。

   昨年のホッローコーのイースター祭りは晴天に恵まれた。今年
   の祭りは4月15日から2日間。

   ホッローコーはブダペストから北東100kmに位置し、バス
   で約2時間。1987年、ハンガリー国内で2番目に世界遺産
   に登録された村である。

   イースター祭りに世界各国から観光客が昔の古き良きハンガリ
   ーを見に押し寄せてくる。色とりどりの土産物が溢れ、民族舞
   踊が屋外の舞台で繰り広げられ、くじ引きがプログラムを盛り
   上げる。

   しかしこの祭り、どうも違和感が最初から最後まで拭えなかっ
   た。一周すれば30分で終わってしまうような小さな村で、村
   と外界を遮る木の柵の入り口で“入場料”をとる。どこかの博
   物館や民家園を見に来たのではなく、村人が生活を営む様子の
   見学に来たのだ。木の柵で囲まれた村を一歩出て小高い丘の上
   にある13世紀の城を見に行くのもいいが、戻って来た時に入
   場券を持っていないと面倒なことになる。狭い村にひしめく民
   家はきれいに修復された土産物屋と化し、郵便博物館や伝統民
   族展示場はそれぞれ数分で見終わってしまう規模だ。

   ホッローコー生粋の村っ子と思われるのは皆老女、子供達も民
   族衣装も全て周辺の村からの借り物にさえ見える。

   昔から綿々と続いてきた民族文化を紹介するための催し物大々
   的なプロジェクトとして行われるのは世の常としよう。ただ、
   普段の生活から木造建築にしみついた渋い色や、暖炉から出る
   煙で汚れる煤といった単調な日常から積み重なる人間の営みよ
   りも、衣装や小道具が借り物に見えたりする感情のほうがより
   強いというアンバランスさに、居心地が悪かったのだ。

   トヨタやスズキの新車が庭に2台も止まっている民家もある。
   首都ブダペストでさえ新車の外車の普及率がそれほど高くない
   現状を考えると、随分と裕福であることが伺える。

   極めつけが“家売ります”の民家に張り出されている紙。世界
   遺産の一部を一般人にばら売りする。

   世界遺産に登録されるとユネスコから助成金が出るが、何より
   も“世界遺産”という看板は非常に大きな経済効果を生み出す。

   ハンガリーで世界遺産に登録されているのはブダペストの王宮
   なども含め6カ所。現在登録申請している場所が2カ所。

   “文化”が何であるかを定義付けすることですら無理があるの
   にもかかわらず、大胆にも“人類の傑作”“万国共通の重要性”
   といった抽象的な文章を散りばめた欧米の価値基準をユネスコ
   は世界遺産の条件にする。

   何百年と続いてきた歴史や文化を残すために、世界の一機関の
   組織の規定に縛られてしまうのか。歴史や文化はそこで生活を
   営む人から自然発生的に生み出され、数あるものの中からふる
   いにかけられて消えたり残ったりする。文化も生き物なのだ。

   ホッローコーは村おこしという課題ではいい成功例である。そ
   して村を生き物として考えた時、規定が足かせとなって文化の
   継承が止まってしまった例のひとつでもある。ホッローコーは
   れっきとした400人余りの人口を有する村だ。博物館ではな
   い。残るのは老人ばかり、若者は仕事を探しに都会に出る。一
   体誰が村を継承するために居残るのか。既に文明も生活の中に
   深く入り込んでいる。観光業で成功して裕福になったもののユ
   ネスコの規定である“民族色”から離れることはできない、そ
   して収入源の基礎であった歴史の営みは消えていく。

   同じように民族村として生きていく看板のない小さな周囲の村
   の、成功したホッローコーに対する妬みもすさまじい。

   こんなことを言うのは少々憚られるが、現在申請中の二つの場
   所も世界遺産として登録申請する必要があるのかと思ってしま
   う。ユネスコ委員会が決めた世界標準の文化価値のものさしに、
   民族や国によって異なる文化が形をあわせる必要があるのか。

   2000年11月に晴れて世界遺産に登録されたペーチ(ブダ
   ペストより南に約200km)の大聖堂も青色の荘厳な壁画や
   聳え立つ銅像群など確かにすばらしいが、世界遺産という看板
   を掲げなくとも今迄十分に歴史を保持してきた。

   自分達で保持していくという自然発生的な意識と意志がなけれ
   ば、文化は継承されずに消え去るものだ。生き残り作戦のため
   に、私から言わせれば“外圧”という形をとれば、ホッローコ
   ーの二の舞になってしまう。

   世界遺産という看板を背負う覚悟があるのだろうか。経済効果
   に惑わされた瞬間に文化は止まる。

   ユネスコがホッローコーを世界遺産に登録した際の評価は、“長
   い時を経てもなお伝統的な生活習慣の残った田舎の集落として
   最高の例のひとつ”とある。1987年当時はまだ純粋な田舎
   臭さがあったのかもしれない。それこそ14年間“時間をかけ
   て”純粋な文化継承を商業主義に移行してきたのかもしれない。

   残念ながら文化を商業ベースにのせて維持しないと生きていけ
   ない悪循環に陥る原因は、村の外、文明社会からやってくる都
   会人にもある。

   ホッローコー村の民家内で展示されていた数十年前の写真が目
   をひいた。今とまったく変わらない中央広場や通りの風景の中
   で、裸足で歩く子供達やあひるを追い立てる女達がいる。桑を
   持って皮の長靴を履く農夫は民族衣装を普段着として着用して
   いる。都会の人間が求めるのはこんな質素な姿。こんな綿々と
   営んできた生活を見学したくて都会人がやってくる。

   村人は都会の期待に答えようとする。その代償として代金を受
   け取る。昔ながらのものを運営するため文化色のみを色濃くだ
   すことに努めるが、故意に作り出されたものはやはり継承文化
   ではない。現代の新しさが滲み出てしまう。文明社会の生活も
   している。都会人が望むものは貧しさや純粋さから自然に湧き
   起こる素朴な田舎の姿であって、借り物の民族衣装ではない。
   しかし村人に昔ながらの不便な生活をしてくれとは言えない。

   文化は有形にしろ無形にしろ息衝いていてるもの。生きている
   人間、また自然や時代の流れによって変化してゆく。文化を残
   そうとする文化機関が、自然発生してこそ生まれる文化継承の
   足かせとなってしまったように思えてならない。

   そしてヨーロッパ大国が考え出した世界基準というとんでもな
   い価値観に、躍らされるか遜ることによって生き残る道を選ぶ
   小国のジレンマが舞台裏に見える。

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   毎年世界遺産の登録数が増えています。日本では2000年の
   沖縄(公式には琉球王国という標記)の登録を含め、現在11
   個所の世界遺産を有することになりました。世界遺産は文化的
   遺産と自然の遺産の種類に分かれますが、それぞれの世界遺産
   地がそれぞれの問題を抱えていると思います。小さなハンガリ
   ーという国の小さな例題から世界遺産にまつわる意見を紹介し
   ました。

   と、言いながらも、今年のイースターのお休みにはやはりお祭
   りで有名な民族村“ブヤークBujak”に行く計画をたてていま
   す。天気が良くなるといいです。最近春雨続きのブダペスト。
   お祭りレポートは来週HP上でUpします。


   ★★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★★

   鳥の鳴き声や木々の開花など春の兆しで溢れるブダペスト。観
   光場所として有名な王宮ではバイオリンやチェロやジプシー音
   楽などの弾き語りが出始め、重厚な建物に反響して、ぶらぶら
   散歩の耳に心地よく響きます。でもちょっと気になるのがとこ
   ろ狭しと並ぶ弾き語り氏。音楽生のチェロの音とその隣のジプ
   シーのバイオリンの音と混ざっています。少ない場所のパイの
   取り合い?

   救急車に印刷されているPannonGSM(携帯電話会社)
   のマーク。アメリカでは自家用車に会社の宣伝広告を張るとい
   う商売があるようですが、一巨大企業の宣伝広告が救急車に張
   られているのを目にすると何となく落着かない気分になります。

   ドナウ川沿いのちんちん電車。到着しているのに車内の電気は
   まっくらでドアも開きません。やっと乗れたと思ったら急ブレ
   ーキや途中停車やで随分と乗り心地が悪い。もしかして、運転
   練習中の電車に乗ってしまった?運転席を見ると指導中のベテ
   ラン(?)運転手の背中が見えます。ドナウ川に転がり落ちな
   かったのが幸いです。

   ブダ側で大通り沿いに断層を発見。これは早速天気のいい日曜
   日に発掘に、と思いきや、残念ながら「自然歴史記念物」の看
   板が。こんなに大きな素晴らしい断層を専門家が見つけないわ
   けないか、と、ちょっとだけがっくりしました。

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