我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第13号   2001年4月27日
       
       依存心をなくせ、自分の足で立て、
       ハンガリー人よ。

   あっという間に消防隊がやって来て橋を封鎖した。橋を通る路
   面電車は一時通行禁止となり乗客が降ろされて歩いて橋を渡る。
   歩道はオレンジ色のテープが張られて反対側の歩道を歩くよう
   に消防隊に誘導される。

   見上げれば鉄筋で組み立てられているドナウ川にかかる自由橋
   の上で、一人の少年が落ちないように下を向いて救助隊を眺め
   ている。潔く登っては見たものの、いざという行動を起こす場
   になって足が竦みへたりこんでしまったというところか。

   母親に怒られていっそ死んでやると思ったのか、兄弟喧嘩の行
   く末か、はたまたハンガリーの先行きを案じてなのか。

   時間が経つにつれラジオやテレビの報道陣が集まってきた。カ
   メラマンはオレンジ色のテープの内側に入ることを許され、決
   定的瞬間を待っている。

   ドナウ川には水上警察隊も登場、普段はこの国の警察は一体役
   に立っているのか疑問に思っていたが、いざ事件が起きるとま
   あ何とか働いているようだ。説得に少々時間を要したが、無事
   はしご車で救助された少年は救急車に乗せられ、しばらく経っ
   てから野次馬達を後に車は出発した。

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   今回のテーマは“ハンガリーの自殺”。

   いくら“ジレンマ”がテーマといっても暗すぎる?確かにその
   通りです。

   いつもまじめで何事にも突進する日本人に比べ、ハンガリー人
   は大らかで明るく、人生を朗らかに生きているように見えます。

   ハンガリー人の愛する鳥リゴーrigoが、新緑が芽吹くと同時に
   小さな真っ黒の体を震わせてオレンジ色のくちばしからかわい
   らしい鳴き声をあげる時、桜にそっくりなアーモンドの花が満
   開になる時、ハンガリー人は春の到来の喜びをいつまでも語ら
   います。

   人生を楽しむ哲人といえるでしょう。

   現在の日本はリストラも進み、政治の腐敗や教育問題が嘆かれ
   て閉塞感に包まれています。たまに郊外をドライブしても渋滞
   に巻き込まれて立ち往生、余暇もままならない様子。

   のどかなハンガリー人の人生を日本と比べ、大変うらやましが
   る日本人の旅行者の方々が数多くいらっしゃいます。

   ところが実は、ハンガリーの自殺率は世界でトップクラスにあ
   ることをご存じですか?

   ブダ側とペスト側を隔てるドナウ川をつなぐ橋は8本。ここ2
   年間で4回もそれらの橋から飛び降りようとしている人を見か
   けました。ちょっと歩いているだけでそんな場面に出会うとい
   うことは、もっと頻繁に橋からの自殺行為を試みるハンガリー
   人がいるということです。人口が12倍もいる日本に住んでい
   てこのような現場に遭遇したことは一度もありません。

   橋からの飛び降り行為は単に目立つためのパフォーマンスとも
   考えられますが、消防隊、警察のあまりにも要領のいい救助行
   動に“そんなに慣れているのか”と感じざるを得ません。

   数ある研究レポートを見ますと、ハンガリー人の自殺率は常に
   世界でトップクラスに位置づけられています。

   以下の理由がそれぞれのレポートで挙げられています。

   1)老人の自殺率が極めて高い。年金が少なく生きる希望がな
     くなる。そして“働くのが義務”というスローガンを持っ
     ていた共産主義において義務を果たせなくなった年金者に
     対する社会的感心の薄さを未だに引きずっている。老人に
     対する邪魔者扱い。

   2)ハンガリー人の性格が内向的(!)で無口(?)、用心深
     くて懐疑的。

   3)傷つきやすい国民性で、歴史上いつも敵国に囲まれてスト
     レスを感じている。常に革命や動乱で成功しない。

   4)資本主義国には生命保険制度があり、保険金を確実に降ろ
     すため自殺という事実を“事故死”と書き替える場合があ
     るので自殺の正確な統計がとりにくい。元共産主義国は生
     命保険という制度がまだ確立されていないため、保険金目
     当てに自殺の事実が隠されずに正確に報告される。特にハ
     ンガリーでは自然死意外は全て警察医の解剖検死が義務
     づけられている。

   5)元共産主義は国民平等の元に皆“幸せに暮らす”という考
     えが基本であった。自殺はブルジョワ病と考えられ自殺者
     は脱落者としてみなされた。このため自殺防止の治療や防
     止施設サービスなどの対策が欧米諸国に比べて非常に立
     ち遅れている。

   6)自殺行為に走りやすい突然変異の遺伝子がハンガリー人
     には多くある。

   老人が社会から疎まれて生きる希望を無くしたため、老人の自
   殺率が若者よりも高くなるのは何もハンガリーに限ったことで
   は有りません。台湾での老人の自殺率は若者の自殺率と比べて
   顕著に高いようです。

   自殺防止の治療や施設などのサービスが向上してきたのは日本
   でも最近のことですし、歴史的にいつも敵国に囲まれてストレ
   スを感じているのはヨーロッパでは当たり前のこと。

   金銭的に余裕のない生活を自殺率の高さの理由に上げるハンガ
   リー人の友人もいます。しかし、ハンガリーの次に自殺率の高
   い不名誉な国々はデンマークやフィンランドといった先進国で
   す。これらの国の自殺率の理由の高さは自己を見つめる長く厳
   しい冬の時間が長いため、ともいわれています。日が短くなる
   前の秋に自殺の相談がふえるとのこと。世界中に明日を生きる
   のに精いっぱいの国はもっとたくさんあります。

   こういった理由は、自殺遺伝子が他の民族よりも“多いかもし
   れない”ことも含めて全て理由にすることはできます。自殺す
   る理由なんて複合であって一つに決められるものではないから
   です。

   数字はあくまでも数字ですが、傾向として見るとやはりハンガ
   リー人は自殺をしやすい民族であることは事実でしょう。

   それでは何故なのでしょうか?亡くなった方に理由を聞くこと
   はできませんので、どう考えても推測の粋を越えませんが、以
   下のように考察してみました。

   ハンガリー人は依存心が強い国民性だと常々感じています。

   歴代の王でイシュトヴァーンと偉大さが同格であるマーチャー
   シュ。1485年に大軍を率いてウィーンに来襲、多くのトル
   コ軍人やトルコ製の武器が含まれていました。オスマン・トル
   コの前衛部隊の性格を帯びていたハンガリー軍は、トルコの後
   ろ盾があってこその強さと言われたのです。

   1867年に承認されたオーストリアとの二重帝国でも、外交、
   防衛、財政問題を除けばハンガリーはあらゆる面で独自の政治
   遂行を許可され自由を歓喜しましたが、外交、防衛、財政が自
   前でなければ独立国とは言えないのではないでしょうか。結局
   はオーストリアに庇護(ハンガリー人から見れば制限)されて
   いたのです。ハンガリーにとって栄華のニ重帝国でしたが、ハ
   ンガリー人に19世紀末の華やかさを自慢されると日本人とし
   て疑問を感じます。

   1918年ハプスブルグ帝国が解体し、第二次大戦後にソ連に
   よる支配がありました。苦しい日々が続いたとは言っても共産
   国時代の安定を懐かしがる国民が未だにいるのです。多くを失
   ったと嘆きますが、手に入れたものも確実にあったのです。絶
   対に失業しない安心感、安価なエネルギー。

   共産主義崩壊後の現在、海外の投資が誘致のもと数多く国内に
   流入しています。今の経済的安定は外国の投資による繁栄であ
   り、また外国語習得能力の高さは、外資企業で働いたり外国人
   観光客から得る収益で生活の糧を得るための必須条件という背
   景があります。現在は外国人の生み出す経済主義に支配されて
   いますが、ハンガリー人が自分たちの足で立つ努力を着々とし
   ているという態度は見られません。

   経済至上主義が世界を覆い始めてから、後発の国には自国で生
   産するよりは既にできあったものを輸入する手法が多く見られ
   ます。自国生産しなくても簡単に手に入るのですから生産意欲
   が削がれるのは当たり前ですが、だからこそ自らの足で立つ精
   神力をさらに付けなければいつまでたっても依存心から抜けな
   いのです。

   ハンガリー人には常に“誰かにぶらさがる”という意識があり
   ます。折角手に入れた自由も使い切らず、精神的に誰かに頼る
   方が楽という意識。私はこの国を密かに“パラサイト国家”と
   呼んでいます。寄生することによって敵に囲まれた歴史の中を
   存続してきました。依存心が強いため、最終地点で自分で生き
   残りを懸けなければいけない時にあきらめて逃げるのが早いの
   です。日本人に比べ“辛抱”が足りません。

   物事、人生への諦めの早さが、命を維持することへの諦めに直
   結するのではないでしょうか。

   断りも無く給料日の次の日から仕事に来なくなったハンガリー
   従業員が4人いました。

   定期的に給料を支払っていたのにも関わらず(ハンガリーでは
   給料未支払いは頻繁にあります)、私生活の出費とのバランス
   があわなくなって荷物をまとめて夜逃げした従業員。同僚のこ
   とが嫌いで何も言わずに次の日から来なくなった女の子。朝出
   社したのにも関わらず、“もう耐えられない”と自分の荷物を
   置いたまま二度と出社しなかった若い男性従業員。

   ラスト・オーダー間際に団体客が入ってきたのに、“今日は閉
   店です”と断ってしまうウェイター。日頃貧しさを頻繁に口に
   する割に疲れているといって目の前にある収益に喜んで手を出
   そうとしない。近い未来を考えて今の苦しさを我慢せず、その
   苦しい境遇から逃避行動を簡単に起こす。自分が会社の一員で
   ある、とか社員として会社の収益を上げるといった意識が全く
   なく、貧しいことだけに文句を言う。

   現実の苦しさに立ち向かう精神力が非常に弱いのです。

   ソ連の支配は良くなかった、現在の外国人の投資によって我々
   は搾取される、と愚痴をこぼします。しかしそれは長い歴史上
   で自分の足で立たずに外国や外国人の主義に依存することで成
   り立ってきた“パラサイト国家”の性格として、その民族が選
   んできたことなのです。

   最終段階の決断をする時に、誰かに依存したり逃避行為をする
   という精神の弱さを自ら分析できないことには、自分達の自殺
   率の高さを嘆いても解決できずにこのジレンマは続くのではな
   いかと思います。

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     ★★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★★
   
   鎖橋前のルーズベルト広場に面している建物の工事が昨年やと
   着手されました。2002年にフォー・シーズンス・ホテルに
   なる予定。しかしまったく進まない工事に、本当にホテルをオ
   ープンする気があるのかといつも興味津々で眺めています。

   エルジュベート環状通りで車の追突事故を発見。かすり傷程度
   の事故のでしたが、二台の車から一斉に若者が出てきて大声で
   喚きたてていました。さっさと警察を呼べばいいのに何分たっ
   ても言い争っているだけ。女の子も声をからして相手を罵って
   いました。野次馬で喧嘩を見学していたおじいさん、一人の若
   者に“あなたも見たでしょう?”と証人をせまられて、しっか
   りと首を横に振っていました。

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