我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第14号   2001年4月29日

         ジレンマ番外編ルーマニア、
        ゴールデン・ウィーク特集第2回!

   マフィアや乞食に見えるルーマニア人達との(?)やさしい心
   にふれながら、Szagamiは国境街アラドを後にしてティミショ
   アラへ出発します。そこでであった更に心温まるエピソードの
   数々。

   ◎●はらはらどきどきのティミショアラ行き◎●
    ◆タクシー運転手の見上げた職人根性?◆
    ◆ハンガリーのうたい文句、プスタをルーマニアに見る◆

   ◎●ティミショアラ、ああ、ティミショアラ◎●
    ◆ライトアップがきれいなシンデレラ城◆
    ◆ルーマニア料理に舌鼓◆
    ◆ティミショアラ散策◆
    ◆値札のないものを海外で買う場合◆
    ◆営業力をつけてよ、タクシーの運ちゃん達◆

   ◎●はらはらどきどきのティミショアラ行き◎●
    ◆タクシー運転手の見上げた職人根性?◆

   アラド駅に徒歩で戻りティミショアラ行きの電車を確認する。
   駅構内の案内所のおばちゃんは、仕事はしないのが仕事という
   態度ででっぷりと座っている。アラドノルドという郊外の駅か
   ら電車が出ていると、日本人から見れば“怒りながら”教えて
   くれた。

   時差がブダペストと1時間あることをすっかり忘れていた!電
   車の出発まで後15分しかない。次の電車は2時間以上後。駅
   から飛び出し数あるタクシーの運転手の一人と交渉、5万レイ
   (2ドル)を4万レイ(1、6ドル)に値切って飛ばしてもら
   うことに。10分程の行程にしては高いとは思ったが、2ドル
   以下だったし他のタクシーを探している時間もなかったのでそ
   のタクシーに乗り込んだ。運転手の“12分ぐらいかかるかな”
   というところを“急げ!”と即す。

   現地人は旅行者であるこちらの足元を見て値段を吹っかけるが、
   先進国出身の旅行者から見ればあまりにも安い値段だ。これを
   経済格差と呼ぶのだが、相場と経済格差の間に横たわるものが
   “気持ち”だ。海外旅行では現地人にとって喜ばしい額と、先
   進国にとって割安(“安い”ではない)のバランスをとる心が
   けが必要である。自分の国の相場から見て安いからといって料
   金やチップをばらまき過ぎるアメリカ人のようになってもいけ
   ないし、現地人と同じ金額で利用できないと納得しないという
   ユダヤ人のようになってもいけない。旅行での値段交渉の鉄則
   であろう。

   先程歩き回った街の目抜き通りをもう一度タクシーで走る。ト
   ラムでアラドノルドへ行くには30分かかるそうだが、タクシ
   ーの窓越しには丁度衝突事故を起こして立ち往生しているトラ
   ムが目に入った。短い旅行で時間短縮のために使用するお金は
   無駄ではないことを身をもって感じる。(実はハンガリー帰国
   日にアラドに寄った時もトラムの事故を見掛けた。どうやら日
   常茶飯事らしい)

   しかしそんな安堵もつかの間、警察官が寄ってきてタクシーを
   止めてしまった。なんて運が悪いのか、こちらは本当に急いで
   いるのに。ブダペストでもタクシーに乗っていて警察官に検問
   されることは殆どない。こういう時に限って“なんとかの法則”
   である。すぐにどんな質問でも答えられるようにパスポートを
   用意した。

   ところが様子が違い、警察官が運転手の免許証をとりあげてし
   まった。運転手は警察官と喧嘩している。客が非常に急いでい
   るから目的地までは行かせてほしいと交渉しているようだ。2
   −3分の問答の後、警察官にタクシー営業の証明書と運転免許
   証を取り上げられたまま、運転手はアラドノルドへとアクセル
   をふかした。もし途中で彼がまた別の警察官に止められたら今
   度こそ完全にアウト。しかし、客が電車の出発時間に間に合う
   ように身を投げ打って運転する。見上げた職人根性なのか、電
   車に間に合わない場合に約束の4万レイが払われないと困るほ
   ど客が少ないのか。

   後でわかったことだが、この検問は乗客を守るための機能で、
   メーターを回さず高い料金で外国人客をだましていないかのチ
   ェックらしい。確かにメーターは回っていなかったのだから。

   ぎりぎりアラドノルド駅に到着、親切に乗り場まで教えてくれ
   た運転手に“グッド・ラック”とだけ言った。罰金か袖の下を
   警察官に払わずに済むよう祈ってやることしかできなかった。

  ◆ハンガリーのうたい文句、大平原プスタをルーマニアに見る◆

   急いで切符を購入し、暇で一日中ベンチで座っていそうな老人
   達に教えられるがままに止まっていた電車に飛び乗る。何時間
   かかるかもわからず地元の騒がしい若者たちを分けいって空っ
   ぽのコンパートメントに腰を落ち着けた直後に電車はゆっくり
   と動き出した。車掌に確認するとティミショアラには1時間後
   に到着とのこと。3時間ほど田舎列車にゆられて夜の8時でも
   到着するのかと思っていたので結構ほっとした。

   初冬の冷たい空気で気分をリフレッシュするため窓を開けると、
   そこには大平原が広がっている。

   ハンガリー南西部はプスタと呼ばれる大平原で大変有名だ。
   延々と続く大地に放し飼いの馬や羊、そのイメージがハンガリ
   ーの観光業の一つとして一日観光コースがブダペストから用意
   されている。大平原で馬のショーが催され、ハンガリーの名物
   料理グヤーシュスープが大鍋でつくられる。そんな大平原も最
   近は観光色が強くなり過ぎて、観光バスでやってきた外国人旅
   行客相手に余分なチップを求める姿があるという話を聞くよう
   になった。

   そんな残念な気持ちを吹き飛ばすように、ルーマニアでハンガ
   リーのいうプスタが広がっているとは。雄々しい腕をした荒く
   れハンガリー人が9世紀末にウラル山脈から干し肉を携えて自
   分たちの定住する地を探しに馬に乗ってやってきたイメージが
   一挙に膨らんだ。

   しかし実は、アラドやティミショアラのことをハンガリーだと
   言い切るハンガリー人は数多くいる。ハンガリーはオーストリ
   アとの二重帝国が1867年に誕生した時にこの地方の自治権
   を手に入れた。1918年第一次世界大戦で二重帝国側が敗戦
   した際に、トリアノン条約によって分割されルーマニア領土と
   なる。多くのハンガリー人が現ルーマニア側に取り残されたた
   め、この地方一帯は現在でもハンガリー語とルーマニア語併用
   の街が多く残っている。アラドやティミショアラのようなハン
   ガリーとの国境に近い街では片言なりハンガリー語を駆使する
   人々が多くいる。(ハンガリー語が通じることでどんなに今回
   の旅行がスムーズにいったことか)。

   ハンガリー人がこの地方を未だにに自分達の領土だという点か
   ら見ると、ティミショアラまでの行程で見た大平原はまさに真
   のプスタと言えるだろう。なだらかな弓状の地平線に放牧され
   ている羊や牛、農家で生活の糧とされるあひるやがちょうの列
   が見える。

   ◎●ティミショアラ、ああ、ティミショアラ◎●

   ◆ライトアップがきれいなシンデレラ城◆

   夕日も完全に大地に入り込み夜の帳が空を征服する頃、ティミ
   ショアラ駅に到着した。貧しい国の駅周辺は常に危険度が高い。
   獲物を狙う目のぎらぎらしたルーマニア人ともジプシーともわ
   からない若者の視線が痛いほど自分に向けられているのをわざ
   と気が付かぬふりをして、街の中心地に向かう並木道を早足で
   歩いた。

   10分ほど並木道を歩くとライトアップされたディズニーラン
   ドのシンデレラ城のような建物が現れる。その背後にはゴシッ
   ク様式の建物が並び始めた。凱旋門を型どったような建物に到
   着すると、そこはティミショアラの中央広場だった。それはオ
   ペラ座だった。

   中央広場から横に入った道にホテルの看板を見つける。値段も
   手ごろで即決定、シンデレラ城からも5分ぐらいだ。荷物を置
   いて街を偵察することにした。

   既に夜7時だったが、旅行者らしき人がシンデレラ城内に入っ
   ていくのを目撃したので急いで入り口に行ってみる。しかし残
   念ながらその日は既に見学時間は終了、明日は朝6時には入り
   口が開くとのことだ。なんと城に見えた豪華な建物は、今回の
   旅行の目的のひとつルーマニア正教教会であった。

   ◆ルーマニア料理に舌鼓◆

   夕食のレストラン探しを兼ねて街をぶらぶらすると、全体的に
   きれいに整備されている様子が伺える。ライトアップも派手で
   駅周辺にあった危険な空気もなく、安心して夜の散歩ができる。
   今日はサタデーナイトフィーバーだ、若者がコートの襟をたて
   て仲間達とポップコーンをほおばりながらそぞろ歩いている。

   地下に続くおしゃれなレストランを発見。入り口にメニュー表
   示がなく気になったが階段を降りてみた。ハンガリーではレス
   トランの入り口にメニューと値段表示が定められている。過去
   にぼったくりの店が多く存在したため、観光業を収入源の高い
   割合においているハンガリー政府が観光客を不当な支払い請求
   から守るために定めた法律だ。しかしここでは先ほどから値段
   表を掲げたレストランをみかけない。外国人としてぼられるの
   は当然のことと諦めるのか、まだそんな犯罪が蔓延る程外食産
   業がすれていないのか。

   扉を開けるとテーブルセッティングが完璧にされている内装の
   きれいに行き届いたレストランであった。英語のメニューの是
   非を確認しテーブルに座った。ウェイターは少々英語を話すよ
   うだし現地の外人も訪れている雰囲気を感じたので、まぁ、そ
   んなに悪いことはないだろう。

   大好物のルーマニア料理“ミティティ”(ひき肉をニンニクと
   香辛料で練り合わせソーセージ上に形を整え出汁スープで一晩
   付けて炭火で焼いたもの)と“サルマーレ”(酢漬けのキャベ
   ツを使用したロールキャベツ)をどうしても食したかったが、
   いつも屋台のようなところで食べていたこれらの郷土料理をき
   れいなレストランで注文することができるのかどうか。帝国ホ
   テルのレストランで外国人旅行客が“ラーメン”や“豚カツ”
   を注文する気分で、恐る恐るウェイターに質問してみる。トウ
   モロコシの粉から造ったサイド・ディッシュ“ママリガ”とと
   もに。

   嬉しいことに、ウェイターは“勿論”という表情と共にそれら
   典型的なルーマニア料理のオーダーを受けてくれた。ついでに
   ティミショアラ産ビールも注文。

   ミティテイはトルコやイスラム圏ではお馴染みのシシケバブの
   オリジナルになる。16世紀オスマン・トルコが現ルーマニア
   の土地に侵略した時にこのミティテイを気に入り持ち帰る。彼
   らなりのアレンジを加えたものが現在のケバブ。

   今日は土曜日の夜でいつもより混んでいるのか、少々遅目のサ
   ービスにいらいらしたが、運ばれる料理が胃袋を満たし始める
   とあっという間にご機嫌になってしまった。

   世界で9番目の生産量を誇るルーマニアワインも試すことにし
   た。

   カルパチア山脈の麓の黒海近くで紀元前7世紀からぶどう酒が
   造られていたと言われている。“古代エジプト文明より古い遺
   跡が発見!ルーマニア人こそヨーロッパのルーツである”とい
   った眉つばものの新聞記事が平気で掲載されているぐらいなの
   で信憑性は低いのだが。ワイン生産量はここ数年で急速に伸び
   ており世界トップ10に入った。またワインの格付けにはEU
   規格に準ずるものがある。

   かなり豊富に並んでいるワイン・リストの中から95年のカベ
   ルネ・ソーヴィニヨンを注文。残念ながら、世界でも数々の賞
   をかっさらっているハンガリー・ワインを飲み慣れている私の
   舌には冗談のように安い値段に納得のできる冗談のような味が
   口の中に広がり、次回はもう少し勉強してきてからでないとル
   ーマニアワインについては一言も語れないと思ってしまった。

   雰囲気の素晴らしいレストランでだされたおふくろの味ミティ
   テイにもサルマーレにも満足し、少々多めのチップを払いレス
   トランを出た。ホテルまでの近道を発見し10分で到着、今日
   は墜ちるように眠り込んだ。

   ◆ティミショアラ散策◆

   次の日ハンガリーとの時差をすっかり忘れて1時間早く起きる。
   外はまだ真っ暗、散歩もできないので朝食の時間を待って後で
   散歩することを決める。

   シンデレラ城ならぬルーマニア正教を訪れるとミサが行われて
   いた。カトリックであろうとプロテスタントであろうとどんな
   宗派でもミサの行われている最中に教会内を観光目的で覗くこ
   とは好きではない。日本人にとっては異文化へのシャッターチ
   ャンスであるが、宗教は心と生活の支えであり部外者の入る隙
   はない。ルーマニア正教の信心深さを考えると尚更である。頭
   をたれ、静かにそして簡単に教会内部をさらって外にでた。

   朝の光に照らされたゴシック様式は、昨夜のライトアップに囲
   まれた幻想的な装いとはうって変わって物々しい重さを称えて
   いる。

   少し興奮していた夜とは違う、輪郭のはっきり見える街の中を
   散歩する。オペラ座を横切りカトリック教会とセルビア正教会
   がそびえ立つ広場を一巡、細かい彫刻を外装に備え付けている
   改築工事中の建物や、皇帝のお屋敷として使われていただろう
   建物群。

   ゆっくり歩を進めて細部を眺めるとそれぞれの建物の彫刻は見
   事なもので、ブダペストに比べて落書きも少なく、落ち着いた
   街の雰囲気を称えている。

   城壁跡を発見、奥の部屋には油絵や古い写真が壁に掛けられて
   いる。ルーマニアのアンティーク市に巡り合えたようだ。部屋
   に入ってみると銅製のランプや昔の葉書やコインが販売されて
   いる。残念ながら目を見張るお宝にはなく、ぐるっと一回りで
   早々に出た。

   ◆値札のないものを海外で買う場合◆

   ホテルへ戻りチェックアウト。今日一日郊外へ連れていってく
   れるタクシーを探すことにした。先進国ではなかなかできない
   タクシー一日貸し切り。運転手との交渉次第で値段は変わるが、
   こちらがどう足元を見られてもとにかく安いのだから値切り過
   ぎて人のよいルーマニア人の機嫌を損なうような仕事のさせ方
   はしたくない。

   いつも仕事の心配をして、毎日どうやって暮らしていくか不安
   の中で生活している程の国である。喜捨ではなく、きちんと労
   働をした後に得る日当が彼らの相場から見て“不当”に高く、
   外国人旅行者である自分が現地の適正価格の恩恵を受けられな
   くても、これも値段交渉と旅行の要素である。

   現地調査もせず現地語も話さず、現地人と同価格で現地人と同
   じサービスを受けられずに文句を言う日本人の旅行者は多い。
   しかし旅行とは目にみえない何かを手に入れることであり、あ
   る程度の費用をかけるか勉強するか、または経験をある程度積
   まないことにはその何かが手に入らないことを、これだけ海外
   に出ているのだからいい加減にわかってほしい。

   ◆営業力をつけてよ、タクシーの運ちゃん達◆

   シンデレラ城横のタクシー乗り場を旅行カバンを重そうに抱え
   てぶらぶらしてもどの運転手も営業してこない。アラドと同じ
   だ。本当に明日のご飯も食べられないほど苦しいのかな、経済
   活動の基本の一つは営業なんだぞ、と心の中で彼らに諭しなが
   らこちらから運転手に近寄った。

   “誰か英語を話せる運転手はいないか?”

   3人の井戸端会議中の運転手は“一番前の車の奴に聞いてごら
   ん”と一斉にぼろぼろの車を指さした(どのタクシーもぼろぼ
   ろだったけど)。

   うそでもいいから、ルーマニア語しか話せなくてもいいから、
   何故“自分こそが”といってお客をとらないのか。今日一日た
   っぷりとこき使ってやるんだぞ!もしかしたら一週間分のあが
   りがでるんだぞ!と、心の中で何でも経済を基本に考えてしま
   う自分の脳みそが逆に資本中心主義に犯されているのだろうか
   と、ぼろぼろの服を来ている運転手達を見て思った。

   “ブナジワ(こんにちわ)、英語が話せるんだって?”ぼろぼ
   ろ車の助手席のドアをがちゃりと開けると新聞を読み途中の中
   年の運転手が眼鏡をずり下ろしていぶかしそうにこちらを見上
   げた。

   “ノーノー、イタリアーノ”

   困った。こちらのイタリア語は“愛して食べて歌って”程度だ。
   “ドイチェ?”学生時代の記憶の彼方からドイツ語を引っ張り
   出すか。最後の砦、“ハンガリー語?”“ノー”

   この時点で値段の交渉の折り合いがつかなかったら他の運転手
   にすることに決める。助手席に放り出してあった地図を勝手に
   開き、昨日ホテルのレセプションから聞いた山々が美しいレシ
   ータという街に一日いくらで行ってくれるか筆談で聞く。“6
   0万レイ(24ドル)”との回答を得る。100万レイ(40
   ドル)まで払う気があったので、彼の人柄を確認するため目を
   覗き込んだ後にこの車でレシータまで行くことを即決した。

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次回の予告:

   ◎●レシータへいざゆかん◎●
    ◆どうしても田舎と山が見たい◆
    ◆ついに登場、ルーマニア蒸留酒ツイカ◆
    ◆高速道路じゃないと、いやよ◆
    ◆平原は続く。山々はどこだ?◆

   ◎●山あいに佇む小さな修道院◎●
    ◆修道院の看板にはやる気持ちを押さえる◆
    ◆にわかルーマニア正教会研究者◆
    ◆貧しいジプシーを追い払う修道女、
     経営も考えなければならない修道院◆
    ◆修道女達の生活◆

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