我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第16号   2001年5月6日

       ジレンマ番外編ルーマニア
       ゴールデン・ウィーク特集第3回!

   タクシー運転手ミハイを一日観光に雇って郊外に出かけます。
   途中山あいに佇むルーマニア正教教会の修道院を発見、信心深
   い信者の心の奥底から沸いてくる祈りを見て立ち尽くしてしま
   いました。

   ◎●レシータへいざゆかん◎●
    ◆どうしても田舎と山が見たい◆
    ◆ついに登場、ルーマニア蒸留酒ツイカ◆
    ◆高速道路じゃないと、いやよ◆
    ◆平原は続く。山々はどこだ?◆

   ◎●山あいに佇む小さな修道院◎●
    ◆修道院の看板にはやる気持ちを押さえる◆
    ◆にわか仕込みのルーマニア正教会研究者◆
    ◆貧しいジプシーを追い払う修道女、
     経営も考えなければならない修道院◆
    ◆修道女達の生活◆

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   ◎●レシータへいざゆかん◎●
    ◆どうしても田舎と山が見たい◆

   “高速道路ではなく田舎の道を通ってほしい、ルーマニアの村
   を見たい”という一番大事な交渉にはいる。

   共産主義崩壊から1年余り経った1991年2月、ドラキュラ
   のお城を見たくて訪れたルーマニアを首都ブカレストからハン
   ガリー国境まで自動車で通り抜けた時、行く手を塞ぐ大きな壁
   となってそびえ立っていたカルパチア山脈に圧倒された。農夫
   達は羊の毛皮をそのまま背負っているような防寒服で畑を耕し
   ていた。彼らは共産主義や民主主義に社会が変動していること
   など全く関係ないように黙々と作業を続けていた。100年以
   上も昔にタイム・スリップした感覚になった、あの光景にもう
   一度会ってみたい。

   舗装されていない田舎道はいやだ、高速道路を通る、となかな
   か聞いてくれない運転手。レシータ到着後そこに何時間いても
   構わないからプラス30万レイ(12ドル)払えと言われる。
   了解、でも、自分もレシータに何があるのかわからないんだよ、
   “レシータに何しに行くの?”と聞かれても。

   荷物を後ろの荷台に積み込んで、いざゆかん。“TAXI”の
   表示も取り外して後ろの荷台へ放り投げる。

   まだ食べ足りないミティテイを“お昼ご飯に”食べたいとイタ
   リア語でマンジャーレと告げると、“よし、ミティテイを探そ
   う”と車を飛ばし始めた。違う、昼飯にだ。ランチ、え、ラン
   チもわからない?腕時計を掲げて12:00を指すとやっと相
   互理解が成立。

   ガソリンスタンドにてガソリンを入れるために40万レイ(1
   6ドル)の先払いを請求される。

   旧東欧諸国ではソ連の衛星国という立場に甘んじる見返りとし
   て(ソ連の飴と鞭政策)天然ガスや石油を格安で、若しくは西
   側諸国では見向きもされないような工業製品や農産物とのバー
   ター貿易によって得ていた。ソ連崩壊後はその恩恵も受けられ
   なくなり、自国の産物の品質能力に比べて非常に高い国際価格
   でエネルギーを購入。特にガソリンにおいてはハンガリーでは
   ほとんどを輸入に頼っている。政府が高い税金を課すので一部
   の西側近隣諸国よりも販売価格が高くなる。ハンガリー同様ル
   ーマニアでも、平均給与から考えると1リットルに対するガソ
   リン代は日本と比べて不当に高い。公共の交通機関も遅れてい
   るから都市以外では車がないと生活もままならない。ガソリン
   が生活費を圧迫する一つの要因になるばかりでなく、ガソリン
   代の高騰が物流、延いては商品の値段に反映しインフレを引き
   起こす原因となる。

   ガソリンスタンドを出発して数分後、団地が立ち並ぶ一画で英
   語の辞書を持ってくるので2分だけ待つように言われる。運転
   手の自宅らしい。こういう誠実な態度が今日の一日観光の安心
   材料となる。

   何故ルーマニア旅行なのか、既にどれぐらいルーマニアに滞在
   しているのかなどの会話に、お互いドイツ語、イタリア語、英
   語の全ての知りうる限りの単語を駆使する。彼の名はミハイ。

   ◆ついに登場、ルーマニア蒸留酒ツイカ◆

   街を出てすぐにルーマニアのアルコール“ツイカ”の話しにな
   った。自家製の蒸留酒で市販されていない。以前の旅行で飲ん
   だ。今回も何とか手にいれたい。

   “ツイカ、ツイカ”と2度ほど繰り返すと来た道をユーターン
   してしまったミハイ。再び2分、と言って自宅に舞い戻る。抱
   えてきたのはマティーニの瓶。その中に家庭で造られたツイカ
   が入っていることを容易に想像できた。

   “まぁまぁ、今すぐ一杯ね、試し試し”なんてことをルーマニ
   ア語で言っているのだろう。辞書をめくり何パーセントのアル
   コール度か聞いてみると“ほにゃらら”と言っている。以前ル
   ーマニアを旅行した時にメモしたルーマニアの数字の欄をめく
   ってみると70度!

   午前中から70度の食前酒を飲み胃の内壁が焼ける音を聞いた
   時、にわかに現世が遠く彼方へと飛んでいった気がした。ミハ
   イの実家のツイカはリンゴから造ったという。“国境を越える
   時に鞄に隠して持っていってね、この瓶は全部君のものだ”と
   いう嬉しい言葉に上機嫌になる。ちょっと気をゆるめてもう一
   杯、車の中はきつい果物酒の香りが充満する。今日の運転手は
   私じゃない、いいもんだ。

   彼の実家はティミショアラから北の方向にあり、途中きれいな
   山並みや“原始的な”村が続き、お母さんは昔ながらの生活を
   しているという。家でもいだリンゴを蒸留してツイカを造る村。
   なぁんだ、そういうところに行きたかったのに。レシータ行き
   を中止して彼の実家に直行した方がいいかな?彼の道路マップ
   を取り上げて場所を確認すると200kmも離れている。いや、
   いい、次回にしよう。

   ◆高速道路じゃないと、いやよ◆

   車は一本道を進んでいく。途中広大な平原に羊や牛が呑気に寝
   ている。ミハイが再び田舎道を通ることに文句を言い始めた。
   確かに時々停車して熱くなったエンジンを冷ましているような
   ポンコツ車では、がたがた道を通ったらいつエンストしてしま
   うかわからない。でも、約束は約束なんだ。

   たったの一本道を遮るように線路が横たわっていた。電車の横
   断を知らせるサイレンが鳴り響く。でも無限に広がる平原に続
   く線路を通る予定の電車は、右を向いても左を向いても見えて
   こない。踏切を渡るのには5秒だってかからない。ミハイは車
   を止めてちっともやってきそうにない電車が通るのを待つ様子。
   この気の長さが、一秒でももったいないと駆けずり回っている
   日本には必要なのか。

   白い杖を持った若い羊飼いが我々の車に近付いてきた。日がな
   一日羊を追う彼には止まっている車は適度な暇つぶしなのだろ
   う、時間を聞いてきた。

   ここはまがりなりにもヨーロッパ。西側から見れば東の果てだ
   が、電気やガスが一般家庭に入っている国で、未だ靴も二足以
   上は持っていないような風貌、一度も洗ったことがないと思わ
   れるほどどろどろになったセーターを着ている羊飼いは貧しさ
   を体現していた。ミハイは“原始的”だ、という。非常に的を
   得ている。

   電車を気長に待とうとする別の車の運転手に、ミハイはヘンな
   所に行きたがっている外国人観光客の依頼でガタボコ道を通ら
   されていると語っている(多分)。その道はトラクター用で普
   通車は到底通れないという情報を得たミハイに、頼むから高速
   道路を運転させてくれと懇願される。田舎道でもっともっと貧
   しい羊飼いのい少年と出会うことをとうとう諦めた。

   ◆平原は続く。山々はどこだ?◆

   ついに電車も通過し踏切を渡って高速道路に合流する道を曲が
   っていった。ぼろぼろの牛舎や廃屋同然の農家を眺めながらツ
   イカにほどよく酔っぱらっている横でミハイはぶつぶつ言って
   いる。“通常の直線の高速道路を通らず、こんなに寄り道まで
   して余計に車を走らせて。”通常車を雇う時は時間の拘束では
   なく走行距離を考慮する。彼の愚痴も理解できる。運賃に少し
   は色を付けてもらわないと、とははっきり口にしない彼、少し
   は色を付けてやらないとという気持ちの私。

   行けども行けども平原が続く。荒くれマジャール人の騎馬隊を
   想像するのも飽きてきた。カルパチア山脈のような雄大な山々
   を今回の旅行で見ることは諦めなければならないかな。時間的
   に最初から難しいことは分っていたが、旅行者としての我が儘
   がどうしても頭をもたげてくる。だから昨晩眠い目をこすりな
   がらホテルの受け付けに“山はどこ”としつこく質問をしたの
   だ。

   貧しい村々を続けて抜けていくと、レシータまで後40キロだ
   とミハイは教えてくれた。その瞬間、地平線の向こうにうっす
   らと山の輪郭が現れてきた。見えた!これでいい。満足。

   資料がまったくないのでレシータがどんなところかわからなか
   ったが、地図を見ると連なる山々の麓に位置する街だ。

   ぼんやりと窓の外を眺めているとミハイが“ツイカ!”と叫び、
   持参の小さなコップに注ぎはじめた。共通の言語がないと会話
   の続投は苦しい。でも人の良いルーマニア人には黙っている方
   が耐え難いのだろう。ラテン民族と自称し、陽気な国民性を気
   に入っているルーマニア人。マティーニの瓶のふたに70%の
   ツイカを入れてちょっと頂戴しているミハイにも寛容になる。

   レシータまで16km、山並みも目の前に迫ってきた。

   ◎●山あいに佇む小さな修道院◎●
    ◆修道院の看板にはやる気持ちを押さえる◆

   レシータ手前の街に“修道院”の看板を発見。ルーマニア正教
   会を見るのが旅行の目的の一つ、ミハイの興味があるかとの質
   問に二つ返事で“ダー、イエス”と答える。

   停留所でバスを待つ風貌の農民達に声をかけて場所を確認する。
   袖口や裾はぼろぼろで、外側に露出している顔や手の肌は農作
   業の汚れで黒くなったというより生まれてから風呂に入ってい
   ないという様子だ。

   農民に言われた通りに山の方向へ車を進めるとお祈りを終えた
   ばかりの信者が前方から降りてきた。さらに進むと修道院の入
   り口が現れる。

   車を降りると都市部とは違って頬を打つ風が強い。はげ山に近
   いなだらかな丘の輪郭が背後になめらかに続く。世間から見放
   されたようにぽそっと佇んでいる修道院なんて文学的にはロマ
   ンチックだが、ビジュアル的に捉えると寂寥感に埋もれてしま
   う。修道院の門をくぐる。

   ◆にわか仕込みのルーマニア正教会研究者◆

   ここまでくると、“レシータで何を見たいのだ”とか“田舎道
   を大回りして損をした”を連発していたミハイの様子が変わっ
   てきた。こちらの旅の仕方を理解してきた様子。忙しく出入り
   する修道女に声をかける。“ここにおられる方はルーマニア正
   教会を研究するためにわざわざ遠い日本からやってきたお客人
   である。中を見学させてほしい”と説明し(たかどうかは定か
   ではないが)、頼んでもいないのに内部見学を申し出ている。
   修道院内部まで見学できればこれほどラッキーなことはないが、
   そんな厳粛な所に仏教だってよく知らない異教徒の人間が入り
   こんでもよいのだろうか。

   訝しげにこちらを見ている(ような気がした)修道女が鉄筋の
   建物の内部を指差した。巡礼者に宿を提供することも修道院の
   役目なのだから訪問者を足げにするわけないよな、と自分を納
   得させる。どうやら山中にたたずむ修道院という幻想的な場面
   に舞い込んで、平衡感覚を無くしてしまったようだ。修道院側
   は普通の訪問者として自分を淡々と受け入れてくれているだけ
   なのだ。

   ◆貧しいジプシーを追い払う修道女、
    経営も考えなければならない修道院◆

   建物内部に入りミハイについて階段を上っていくと、中でたむ
   ろしていたジプシーの子供達がわんさと寄って来た。気付かれ
   ないように貴重品を引き寄せる。

   三階の突き当たりの部屋でミハイが立ち止まる。中を覗いて立
   ちすくむ。一種金縛りの状態、これ以上足がでない。

   寒い冬のための修道院内に用意されている礼拝室で、信者達が
   説教をする司祭にすがるように膝を詰めて祈っている。三十畳
   程の狭い平たい部屋にはカーペットが敷き詰められ、むせるほ
   どにお香が炊かれ、壁という壁はイコンに占領されている。跪
   いて説教する司祭に向かいおでこを深々と垂れている信者の力
   強く組まれた手から、異様な気が立ち昇っているように見えた。

   ミハイも信心深い正教教徒らしく、入り口でカソリックとは全
   く違うやり方で胸元で十字をきりその場で跪いた。あまりにも
   神聖な空間で直視できない、目のやり場に困る。その後ろでジ
   プシーの子供達が執拗に小銭をねだる。

   入り口でミハイがお祈りを終えると、中に入れと促される。申
   し訳ないけれど一礼して教会内部に入った。自分の存在がジプ
   シーの子供達を礼拝室内に入れてしまい祈祷中の信者を妨げる
   ことに辟易したが、修道女が子供達を追い出しドアを完全に閉
   めてしまった。はて、貧しいものに施しをするのが建前上の聖
   職者、乞食同然の子供達を叱りつけながら締め出してしまうこ
   とに釈然としなかった。

   内部に入って再び立ちすくむ。今度はまったく違う意味で。土
   産屋のカウンターが部屋の一角を陣取っていたのだ。売り子は
   修道女。修道院も経営努力が必要なのか。マリア様の写真や教
   伝の冊子、ロウソクを購入すれば魂が救われるのなら信者は飲
   み代もそこそこに大枚をはたいて買い求めるだろう。ミハイは
   ろうそくを数本購入。私はお布施と内部見学の入場料という気
   持ちの上での名目で、マリア様やキリスト様の写真を5枚買っ
   た。レジ代わりに使用している木箱の中身はハイパー・インフ
   レのためにゼロがやたらと多い札束が積まれているのだから妙
   な気分だ。まるで大きな取り引きをしているよう。

   ◆修道女達の生活◆

   しつこくまとわりつくジプシーを追い払いながら、修道女は外
   の敷地内にある夏用の礼拝室をわざわざ開けてくれた。教会内
   部を英語で説明し始める。あまり使う機会もないから錆びつい
   てしまっているけれどという断りが入ったが、お互いに意志疎
   通を難なくできるという解放感は、ミハイとの半日に及ぶ身ぶ
   り手ぶりのコミュニケーションにかなりの疲労を感じているこ
   とを認識させた。

   夏の礼拝室は1945年に建てられてそんなに古くはないとい
   うこと、壁に掛けられたイコンはここで従事している修道女の
   一人が描いたということ、教会入り口の木彫りは全て手作りで
   あることなどを説明してくれた。26人の修道女が寝食を共に
   し、教会の後ろにはシスターの墓があり、敷地内では自給自足
   で野菜を耕していることなども教えてもらう。

   “実は今回マラムレシュに行きたかったのです、ルーマニア人
   のハートだと聞いています。”というと、“人によってハート
   の場所は違いますね。”と言って、うふふ、と笑った。なかな
   かポップな修道女だった。

   彼女にさよならを言って、ミハイがろうそくに火をつけるのを
   待ち、さらに追いかけてくるジプシーを追い払い車に乗り込ん
   だ。

   既に昼1時、ぐぅぐぅ鳴るうるさい腹をなだめてレシータへの
   旅を続ける。途中ジプシーの結婚式に遭遇し、ミハイが車を止
   めて一緒に写真を撮ってくれるように彼らに頼み込む。どうや
   らガイド業が板についてきたようだ。

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   皆様連休は十分楽しまれましたでしょうか。お仕事をされてい
   た方もきっといらっしゃいますね。さて、ゴールデン・ウィー
   ク特集と銘打って発行しておりましたジレンマ番外編ルーマニ
   ア紀行、後2回となります。連休を過ぎましたけれどもう少々
   おつきあい下さいませ。

   次回の予告:

   ◎●レシータの正体◎●
    ◆見てびっくり、見捨てられた工場街◆
    ◆車の駐車には細心の注意を◆
    ◆昼食をとりながら、ミハイのバックグラウンドを知る◆ 
    ◆ルーマニアのクリントンを決める日?
     ブラボー!歴史的瞬間に立ち会う!◆

   ◎●もう一つの修道院を訪ねて◎●
    ◆ミハイ、もう私の旅行パターンを見抜いたね◆
    ◆修道女達の作業場に突入◆
    ◆昔の知識の宝庫は現代社会の遺物と化してしまったのか◆

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