我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第19号   2001年5月18日

        共産主義の平等という裏に存在した
      不平等という習慣から抜け出せないジレンマ

   皆が平等であるという共産主義の理念は、実は十分に不平等を
   生み出したいた。45年も継続した主義は国民の習慣として定
   着し、体制が変わったといっても簡単に拭い去ることはできな
   い。共産主義だったからこそ得ることができた夢を未だに追い
   求め、資本主義の理念に対応することができずに取り残されて
   いる人々がいる。

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   “レジ係がいなくてこれからどうやって店を開けることができ
   るの?”

   先日テレビで見たハンガリー映画の非常に興味深い台詞。時代
   は共産主義崩壊直前。主人公は店でレジ打ちをしていたが自殺
   をし、同僚の店員が困り果ててぽつりと呟く。

   たった一人のレジ係がいなくなっただけでどうして店を開けら
   れなくなってしまうのか。日本であれば、オーナーや店長など
   レジ打ちの代わりはいくらでもいる。

   映画の中で、主人公は夫と別れて一人で息子を育てていた。住
   んでいたアパートは随分と広く(就職先が住居を提供してくれ
   た時代であった)、貧しい様子はちっとも感じられなかった。
   映画の中のことであるとはいえ、経済的に母親だけで子育てが
   できるゆとりがあり、広い家に住むことができた。彼女がいな
   くなって同僚がとても困るほど、レジ打ちという職業が要でい
   いステータスであったのか非常に気になった。

   ハンガリー人の友人によると“確かに昔はレジスターがなかっ
   たから計算がよくできるレジ打ちは非常に重宝がられていたよ。
   その映画が作られた年代ではもうそれ程重要視される職種では
   なかったけれど、まだ名残があったのだろうね”とのこと。

   共産時代において働くことは権利ではなく義務であり、女性も
   男性と平等に仕事をしていた。専門職を持つ職人も高度な技術
   を持つ技術者も、難しい試験をいくつも受ける医者も電車の運
   転者も、皆労働者として“平等”であった。

   ところが平等であるはずの労働者にも、裕福な職業と食べてい
   くのにも精一杯の職業の差が生まれた。共産主義のスローガン
   は皆平等であったのにも拘らず。

   当時はウェイターやコックが裕福になれる職業の代表例であっ
   た。正式な給料以外にお客からのチップがそのまま現金として
   手に入るからだ。お客が入れば入るほど、働けば働くほど、正
   規の給料以外の副収入が多くなりそれが給料を上回る。休みを
   惜しまず働いた彼らはハンガリーの海と呼ばれるバラトン湖に
   別荘を購入し、大きな家をブダペスト市内に構える。

   某高級ホテルで勤めていたバーテンダーは先進国の外国人客か
   らもらうチップを一生懸命貯金して、4人の子供がいながらに
   してあっという間に大きな家を建ててしまった。

   残念ながら今の時代では、ウェイターやコックという職業で人
   の3倍働いても、当時では相当の額であった5ドルや10ドル
   のチップを一生懸命貯金しても、今や非常に値上がってしまっ
   た不動産をバラトン湖どころかブダペストにも購入することな
   どできない。レジ打ちもしかりである。しかし共産時代に花形
   職業だったために未だに人気のある職種として、若者は飲食産
   業の専門学校に通い試験を受けて免許を取る。

   第15号で読者の皆様にご紹介した修理屋も、皆平等の元に支
   払われる給料以外に自分の腕次第で副収入を得ることができた
   職業だ。

   政治目的を全く別にして“共産党員”もそれ自体が割りのいい
   職業であり、彼らはその特権を十分に利用した。

   党員であった靴作りの職人は、お菓子会社の工場長になった。
   労働者が最も社会的に認められていた主義では、工場長という
   肩書は非常によいステータスだった。

   欧米社会においては、専門分野を勉強し免許を取得して初めて
   職業に就くことが普通である。だから自分の専門以外の職に就
   いた工場長は、企業の利益を考えた仕事のをすることができな
   いしするつもりもない。共産党員というだけでキャリア相応で
   ない人事配置が行われたのだから、キャリア意識が生まれるは
   ずもない。そして工場長という肩書を使い、本来会社に入るは
   ずの利益を自分の懐にいれる特権を十分に活用した。

   共産主義では企業としての効率性や能率が一切生まれないだけ
   でなく、資本主義でいう企業の利益が個人の懐に流れていった。

   誰でもなれるわけではない医者や大学教授の収入がよくてもい
   いはずだが、労働者と比べて大きな差があるとはいえなかった。
   皆平等だからだ。今でも医者に心付けを渡す習慣が残っている
   のは支払う側も受け取る側も副収入の習慣を忘れていないから
   だろう。

   しかし体制が崩壊して代わりに取り入れらたのは、効率性が求
   められる資本主義だ。

   経済とは効率性が使命である。常に効率の向上が人間の歴史上
   求められてきた。効率の対局にある共産主義の登場は、長い目
   で見れば歴史の逆行という一場面をつくった。目の前には平等
   というスローガンが存在し人々には安定という基盤が築かれた
   はずだったが、現実は大きく異なっていた。数々の難しい試験
   を合格して初めてなれる医者と電車の運転手の給料が同じであ
   ることが真の平等といえるのだろうか。職業によっては申告さ
   れない副収入が多くあることも、共産党員になれば特権を行使
   できることも共産主義の唱える平等ではない。裏では見えない
   不平等が十分醸成されていった。

   主義やスローガンは生き物ではない。主義自体が崩壊すればス
   ローガンも瞬時に消える。体制崩壊後に導入された資本主義は
   昨日まで存在した共産主義とは全く反対方向にあり、今度の歩
   む方向は逆なのです言われたようなものだ。しかし人間は生物
   なので、急に主義だけ入れ変わっても2、3世代続いた習慣を
   染め直すなどそう簡単にできるものではない。

   資本主義から見れば共産時代に存在した副収入や特権は個人の
   泡銭に等しく、本来は企業の利益となるはずのものであった。
   その泡銭で家を建てる夢を、共産主義の習慣が染みついてしま
   っている人々は忘れることができない。世代を超えて各個人が
   現在の主義に則して考え方を変えていかないと、今の時代から
   更に乗り遅れてしまう。

   最近ではEU加盟に向けて海外からの投資がハンガリー市場に
   以前より入りこみ、外国企業が益々増えている。英語やドイツ
   語を巧みに操る若者の営業職や事務職が、昔は副収入で潤って
   いたコックや修理屋に変わって人気である。お洒落な事務所で
   スーツを着た若者の、自分達こそが今のハンガリーの経済を引
   っ張っていく花形職業に就いているのだという鼻に付く誇らし
   げな態度が、自分の腕で仕事をする専門職との間に大きな隔た
   りを作っている。手に職を持つ人々は、単にネクタイを締めて
   いるだけで何をしているのかわからない若者達を“ネクタイ野
   郎”と呼ぶ。日本人の私から見ても、お洒落にスーツを着こな
   す若者達が本当に効率性のある仕事をしているかどうかはまっ
   たくの疑問だ。

   主義によって仕事の価値は変わる。共産時代に流行りの職業に
   就いていたが、資本主義に変わって時代の変化に対応できずに
   苦しむ人々もいる。資本主義を自ら導入したものの、45年間
   かけてすり込まれてきた非効率性や個人の副収入という意識を
   拭い去るには別の45年が必要かもしれない。

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   我家の建物は90年あまり経つ由緒ある歴史的建造物(?)な
   のですが3月下旬から改築工事で朝7時からうるさくてたまり
   ませんでした。それもそろそろ終盤に近くなってきたようです。
   床のタイルまでひっくり返して、一時はうちの玄関までたどり
   つけるかどうか足元が危なかったのですが、終わってみると、
   あれ、一体どこを修復したの?何はともあれ静寂が戻ってきて
   一安心。

   ★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★★

   ヴァーツイ通りの近くのスーパーマーケットJuriusはいつも
   観光客で賑わっていますが、黄色のイメージカラーを外装から
   徐々に緑色に変えています。モスクワ広場のデパート、マンモ
   スや西駅のデパートにあったJuriusも昨年変更しました。その
   名もMATCH。現在オーストリア資本のJurius、特別税対策
   がとられなくなったのでブダペストにあるJuriusは徐々に撤
   退していくとのこと。100年以上前から始まった老舗コーヒ
   ー・ハウスもついに消えることになるとは寂しい限りです

   ドナウ川に掛かる橋の一つエルジュベート橋の手すりのペンキ
   塗り。片側が通行止めになってから2週間、いつまでたっても
   終わりません。たかがペンキを塗るだけなのに、市民には見え
   ない秘密の工事でもしているのでしょうか。

   路面電車に乗ってきたプッツンおばあさん、急に叫び始めまし
   た。ちょっと前のハンガリー人であれば物乞いにも平気で声を
   掛けていたのに皆無視。近頃はハンガリーでも人間関係が気薄
   に?と思った瞬間、周囲はくすくす笑い始め、一人の若者が“何
   がそんなにご不満なのです。今日は素晴らしい天気でしょう?”
   と話しかけていました。何だかわからないけれど、ほっとした
   瞬間。

   先週ブダペスト市内で行われたオークションの様子をホームペ
   ージでupしましたが、来週月曜にはカメラのオークションが
   国会議事堂近くのビルで行われます。残念ながら近頃はライカ
   が随分とハンガリーの外に出てしまったようであまり見かけま
   せん。

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