我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第21号   2001年5月25日

       たまにはゆっくりハンガリー人ペースに
       あわせたいけれど

   ハンガリーの泥棒やいたずらとそれに対する防犯は、日本のそ
   れと比べると大変初歩的である。泥棒ものんびり、防犯する側
   の市民もゆっくり。防犯は人生の必要経費であると捉えている。
   犯罪と防犯の関係だけでなく、生きることの効率を過度に求め
   て出来上がったスピード時代からくる疲労感を、ハンガリーの
   ゆっくりしたペースが癒してくれるかもしれない。

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   隣に老夫婦が引っ越してきた。私が賃貸している部屋と隣の部
   屋の大家は同じ建物内の上層階で貿易業を営んでいる。私がこ
   こに引っ越してきて以来、隣はドクターと名乗る初老の女性が
   数カ月住んでいただけで殆ど空き家状態が続いていた。

   老夫婦は越してきてからすぐに備え付けのガスコンロを新しく
   交換したり換気扇を設置したりと家造りに忙しかった。

   欧米社会では人生はまず家ありきである。自分の好みの内装に
   なるまで気に入ったカーペットを探したり壁を塗ったりして、
   “ホーム・スイート・ホーム”を除々に造り上げていくことを
   人生の大事な仕事であり趣味や娯楽と考えている。

   テレビや洗濯機などの新しい電化製品の空箱が次々と老夫婦の
   玄関の外に置かれる日々が続いた。家の整え方の情熱が単なる
   賃貸とは思えなかったので、もしかしたら大家が彼らに家を売
   ってしまったのかもしれないと思い、それを確かめるために大
   芝居にでてみた。“大家さん、隣の新しい住民に部屋を売りま
   した?実は私も買いたいのです。”

   “それは本当かい?彼らには6万5千ドルで売ったから君にも
   同じ額でいいよ。”簡単な返答に拍子抜けした。

   ハンガリー人の情報公開に対する認識はとても低い。“口は災
   いの元”だから他人の個人情報に対する発言には注意を払うが
   彼らには別らしい。繊細な内容でも簡単に口に出すし、聞き手
   はくだらない話と同じぐらい右から左へ流してしまう。

   彼らの玄関はドアが一枚しかなかったので、一般的な鉄格子型
   のドアを付け足す作業にかかっていた。元々の玄関のドアには
   鍵が2個、新たな鉄格子型にも2個、家に入るのに4つの鍵を
   回す。これも一般的である。彼らが当然と考える多くの鍵は、
   外国人には“100のカギ”と呼ばれて嫌がられている。

   最近日本での空き巣の“ピッキング”技術を考えるとハンガリ
   ーの泥棒レベルはロー・テクノロジーだ。鉄格子ドアは単なる
   パフォーマンスにしか見えない。やすりで切り落とせば大人一
   人通れるやわな鉄格子、蹴り飛ばせば一発で破れてしまう軽く
   て薄い内側のドア、素人でも針金でいじれば開いてしまいそう
   な鍵穴。複数の鍵を使用するより、ハイテクで駆使されたチッ
   プ組込式鍵一つで事を済ませたいと思ってしまう。そう、自然
   に非効率性を咎めてしまう。

   ところがこれが非効率ではないらしい。我家に来訪した友人が
   “この二重の入り口はとってもいいですねぇ、これだけ頑丈な
   ら泥棒も絶対この家には目をつけませんよ。”との言葉に驚い
   た。入り口を突破するのに時間と手間がかかるからこの家には
   入らない、と泥棒は諦めてしまうらしい。これがハンガリーの
   泥棒心理か。ハンガリー人の仕事の忍耐力の無さ、諦めの早さ
   が泥棒の仕事にまで共通しているようだ。
 
   その老夫婦は公共部である建物の壁に穴をあけて表札もつけた
   (電動ドリルを各家庭が持っていることも、公共の場所に勝手
   に穴をあけることも平均的である)。表札の真ちゅうのプレー
   トには黒文字の筆記体で老夫婦の名前が記されている。

   ドイツに一時帰国する、初夏になったら戻ってくるという旨を
   奥さんに告げられたある日。

   1956年のハンガリー動乱で自国の暗澹たる将来に絶望しア
   メリカやオーストラリアに渡り、その後生まれ故郷ハンガリー
   に戻って余生を過ごす多くの人と同様に、動乱時ドイツに亡命
   したのだろうかと勝手に想像をする。

   ある時真ちゅうの表札がないことに気が付いた。壁に大きな穴
   が二つむき出しになっている。盗まれたのか、彼らはドイツ永
   住を決めて隣を転売してしまったのか。

   数日後、突然玄関を開ける音が聞こえたので本当の空き巣かと
   気味が悪くなり様子を見にいくと、小用でブダペストに戻って
   きた奥さんであった。表札のことを聞いてみるとやはり盗まれ
   たらしい。

   単なる真ちゅう製の名前入り表札を泥棒は何にするのだろう。
   簡単に壊すことのできる鉄格子と針金で開いてしまうドアの向
   こう側にある新品のテレビやガスコンロを無視して。

   盗難されたら当然防犯を考える。防犯の時間や経費などの被害
   額に気分を害される。ところが絶対的な防犯の後にやってくる
   のはそれを上回る犯罪だ。世界中どこでも犯罪と防犯は常にい
   たちごっこ。しかし、ハンガリーのいたちごっこは未だにロー・
   テクノロジーである。

   テナントを探す街中の空物件の入り口やショーウィンドウは、
   コンサートやデパートの宣伝用のポスターを貼られてしまう。
   大家が対策として“貼紙禁止!”と紙を貼ると、本当にぱった
   りとポスターが貼られなくなる。泥棒に侵入された小さな花屋
   が防犯の一環として“ここにキャッシャーはありません”と入
   り口に貼紙をする。そうすると泥棒は二度と侵入しなくなる。

   最近では西側の新車が目立ってきたが、そんな車を購入しては
   いけないというアドバイスを受けた。“ぴかぴかの車なんて盗
   んで下さいというようなものだ。ゆっくりと走ればいいじゃな
   いか。調子がおかしくなったら修理して、塗料がはげてきたら
   塗り直して、動けばいいのさ車なんて。ゆっくり大事に使用し
   てさ。”今でこそ大きな会社の経営者だが、旧共産時代に車購
   入を申請してから5年かかってやっと手に入れた彼の言葉には
   重みがある。

   新車だけでなく旧東ドイツ製のトラバントやチェコ製のシュコ
   ーダももちろんターゲットになる程、車の盗難は多い。修理代
   やそれにかかる時間に対する費用を計算すると安い車の方が最
   終的に高くつき、新車を購入した方が安いという効率性ばかり
   を考えてしまう。

   “勿論僕のシュコーダもバックミラーやナンバー・プレートを
   取られたりしたけどね。気を付ければいいじゃないか。”盗難
   は人生で回避できないこととし、それにかかる労力や費用を人
   生の必要経費と考えている。
 
   外車や新車の盗難はグループとして組織化され、既に“効率化”
   されている。自動車防犯システムをリモート・コントロールで
   制御してしまう機械を持つ犯罪グループも出現したし、こちら
   があの手を打てば相手はこの手を打ってくる。防犯への必要経
   費も高くなり、ハンガリーでものんびりしていられなくなった。
   但し、効率化された犯罪組織は、外国で高値で販売できないト
   ラバントを狙ったりはしない。

   市内を展望できる丘の上の高級住宅地も同様、防犯システムを
   強化すればそれを超える犯罪が起き、いたちごっこのスピード
   が速くなる。

   以前仕事の段取りが悪く効率性のことについて友人に指摘した
   ら、“それはドイツ人的考えだね”と返されたことを思い出す。
   効率性を求めるあまり世の中の流れが早くなり過ぎた。その中
   で疲労する人々を見ると、ほんのひとときでもハンガリーの効
   率性を欠いたゆっくりペースに身を委ねてみるのもいいかもし
   れないと思う。

   しかし、すぐに世の中から取り残される不安との狭間で悩み始
   める。

   隣の老夫婦の名前が入った表札は明日のみの市で売られている
   かもしれない。それでも奥さんは、我家の玄関も一緒にカバー
   する大きな一枚の別の鉄格子を更に外側につけることを計画中
   だ。

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   ★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★★

   日差しもかなり強くなり、観光客が益々増えてきたブダペスト。
   それに伴って屋台のお土産物屋もたけのこのように増えました。
   お喋りが大好きなハンガリー人の店員達はお客さんそっちのけ
   で、遊びに来た友人達に商品のチェス版を貸し出して、ベンチ
   で早速勝負に挑んでいます。

   ペスト側マルギット橋のたもとのJaszai Mari広場でブレー
   ク・ダンスを披露する若者たち。流行遅れどころかあまりの下
   手さ(失礼)に、もう少し隠れたところで練習してから公共の
   場にでてほしいと思ってしまいました。でももしかしたらあそ
   こが彼らの練習場所だったのかも。

   前号でお知らせしましたカメラのオークションに月曜日に行っ
   て参りました。その模様をホームページでupしましたので、
   ぜひご覧下さい。

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