我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第22号   2001年6月8日

       “我が愛すべきハンガリーのジレンマ”
          御購読者の皆様へご挨拶

   先週金曜日はハンガリー人が感じる数々のジレンマ、私がハン
   ガリーで感じるジレンマのレポートを休ませていただきました。

   刑事事件に巻き込まれてしまったことだけを報告しましたが、
   読者の方から多くの励ましのお言葉を頂きました。
   この場を借りて御礼申し上げます。

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        子供達の成長は待ってくれない
       ジレンマなんて言っていられない

   世界各地で問題になっている教育現場。共産主義時代に抑圧さ
   れた教育方式から折角自由になったのに、勉強をしない自由ま
   で手に入れてしまったハンガリー。教育とは子供にはある程度
   強要するべきもの。制度の改革は必須だが教育現場も問題を抱
   えているようだ。

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   “共産主義時代に父親がレストランを経営していてうちはブル
   ジョワだった。ある日我家に警察が押し入り父はどこかに連れ
   ていかれた。父が帰ってきたのは半年後。それが原因か不確か
   だけど私は高校卒業後進学できなかった。一年間働いた後、や
   っと専門学校に行ったのよ。”

   彼女は小・中学校時代、学校が始まって以来の秀才で、高校時
   代の友人はそれぞれが国を担う専門職に就き活躍していた。彼
   女自身学問への熱意は人一倍強かったが父親の職業が災いし、
   1948年に始まったソ連型のイデオロギーに満ちた政治的な
   影響があった教育方式に巻き込まれて希望通りに進学できなか
   った。

   僅か15年前に高校時代を過ごした知り合いは学生時代の規律
   はまるで軍隊のようであったと教えてくれた。“朝礼で先生に
   対して一斉に起立し挨拶していました。怖かったですよ。”

   ところが現在の高校の授業を見学して驚愕した。教師の言うこ
   とに耳は貸さない。授業中にお菓子を食べる。授業に遅刻して
   も生徒が機嫌を損ねてしまうため注意することができない。

   現在思春期にかかる10歳から15歳の少年少女達の親は、体
   制崩壊後に一番働き盛りだった若者の世代である。誰もが労働
   者で仕事があった旧体制から資本主義に移行した不安定な生活
   の始まりが幼い子供を抱えて家計を支えるという時期と重なっ
   た。

   当初は生きることに精一杯であった。自由の意味を理解し始め、
   経済成長とともに暮らしが少しづつ豊かになり、思春期にさし
   かかる子供達の成長期に物質社会を謳歌し始めた。

   親が享受しはじめた物質の豊かさを子供にも享受させる。言論
   の自由がなく教育すらも抑圧され閉ざされていた時代を知らず、
   物心ついた頃から物質的な豊かさに慣れている子供たちが西側
   製品を西側の規格で建設されたデパートで買い漁る姿は、改革
   の波に乗れず暮らすことすら苦しい老人と比べると非常に対照
   的である。

   14歳になったばかりの娘と一緒にマニキュア・サロンやエア
   ロビクスに行く母親。彼女の真っ赤な爪には娘とお揃いにした
   と言って自慢する花柄模様のデザインが入り、胸の大きくあい
   たTシャツと転べば足首を挫くかかとの高いサンダルを娘に用
   意している。

   中学卒業の卒業パーティのレストラン会場ではまるでホステス
   のような奇抜な服と厚い化粧をした幼い顔の女子生徒が他の客
   に迷惑をかけている。そしてそれを止められない教師達。

   年頃の娘を厳しくしつけている友人は憂いを見せる。“思春期
   になった娘の友人達が色気を出しそろそろ男の子を意識し始め
   た。うちの娘は益々内向的になっている。”

   日本だけでなく世界各国で教育現場の崩壊が危惧されているが、
   ハンガリーも例外ではない。

   もう少し上の世代の20歳から25歳の世代と話すと、やっと
   手に入ったものは壊れたら修理して大事に使うという感覚がま
   だ少し残っている。旧体制時代を小学校で過ごした世代達だ。
   今年26歳になる友人は年の離れている妹に母親に代わり説教
   をする。“何でもすぐに買い替えを求める。新しいコンピュー
   ター、携帯電話も最新式のタイプ。修理すればまだ使用できる。
   でも両親はすぐにお金をあげてしまう。母親はあきらめていま
   す。”

   物への感謝をすっかり忘れてしまっている。勉強をしたくても
   できなかった渇望感もない。

   日本よりまだましかと思えるのは、頑固じいさんにガミガミば
   あさんが健在することだろうか。公共の場でローラー・スケー
   トやスケート・ボードで遊ぶ子供達に買い物帰りのおばあさん
   が叱り飛ばす。道をふさぐ若者達にじいさんがどなりつける。
   そして“ごめんなさい”の言葉とともに引き上げていく子供達。

   好きな分野を自分で決める選択肢が広がり、何年も好きな研究
   を誰もが続けられる時代になった。政治が絡んで教育を受ける
   権利が奪われる時代ではない。時代が変わったのだ。

   共産主義時代の教育方法に戻れと言うのではない。共産主義の
   政策による国語や社会の内容に偏重が見られる教育方法がいい
   わけがない。冒頭の友人の経験の後ろには同じような不幸がた
   くさんあるのだから。ここでは過度の自由により規律とやる気
   が失われていることについて言及したい。

   誰にでも与えられる“平和と平等”という機会は少々押さえつ
   けられた方が力を発揮できる性質の人間を怠惰にさせている現
   象にほかならない。ぬるま湯が用意されれば適度に浸かってい
   る方が気持ちがよいものだ。次なる機会を手に入れたいという
   エネルギーを生み出すものは、物事がうまくいかなかったり手
   に入らない時の緊迫感や渇望感である。全てがそろったぬるま
   湯の中で心が干からびている現在の日本の状況を見れば、ハン
   ガリーの子供達がこれからどのように成長していくか容易に想
   像がつく。

   子供に完全な自発性など求めるものではない。自分の行動を自
   ら決定できるタイプは大人ですら一握りしかいない。ぬるま湯
   から子供達を引っ張り出して勉学の大切さを子供に解くのは周
   囲の教師や親の役割である。子供達に勉学の動機づけを教える
   ことも教育のひとつとなったのではないか。

   自由になり過ぎて自由を持て余している今、理屈は抜きで頭か
   らたたき込まないと身につかない規律という教育がある。人間
   とは甘い道に行くのは当然の摂理なのだ、特に子供にとっては。

   時代が変わったのだから西側経済の基準に早急に合わせること
   だけでなく子供達に対し制度や法律という環境を整えていくべ
   きであろう。

   ところが学校制度の急変が必要な状況にあって当の教育現場が
   混乱している。

   ハンガリーのような中進国では学生の夢は先進国に国費で留学
   することだ。語学留学ですら自費でいける日本のような経済的
   に豊かな国から比べると、先進国に行くことは正に切実な夢で
   ある。

   そしてこれは学生達だけの夢ではなく、教師・教授達の夢でも
   ある。

   教師や教授になっても収入がよくないので生活が厳しくなるこ
   とは誰もが知っている。非常に熱意があり研究の継続希望のあ
   る優秀な学生が教育現場への参加に誘われても、待遇が良くな
   い以前に生活をする最低の生活費が全く保証されなければ留意
   は不可能である。教育現場に残るということは給料が安いと公
   言しているようなものだと、将来を思い悩む優秀な友人は打ち
   明けてくれた。

   生活のために教師達のアルバイトは当然となってしまう。教育
   の質が下降するのは避けられない。民主化が進み時代の変革を
   読みとった敏感な教師達は、民間企業に移ったり自ら事業を起
   こしたりして教育現場から離れていった。

   また共産主義時代では自分のポストを固守することが生き残る
   道だったため老教授陣が教育現場から若手を締め出したことも
   教育現場での活力を失わせた。民主化以降教育関係の予算が削
   られたあおりでポストが削減されて老人が残る現状を引き起こ
   した。退職したり留学している教授の後任や代行を新たに採用
   せず、現状で運営を切り抜けることを強要する学校側。

   今こそ若い力を導入し閉塞的な空気を入れ替える必要があるの
   に、若い人材が入る門戸を益々狭めるシステムができあがって
   いる。共産主義時代の老人達が退職すれば教育界も変わると確
   信する学生もいる。

   ハンガリーは元共産圏の国々の中で教育レベルが高いと言われ
   ていたが、現在教育側の問題のために学生のレベルも落ちてき
   ていることが明白になってきた。

   今は通訳の仕事をしている留学経験のある女性の“教育や教え
   ること、研究することが大好きだから将来は教職に戻りたい、
   教職の収入の低さは副収入でカバーする”という言葉と熱意を
   聞くとほっとするが、数多くの若い教育者のジレンマを聞いた
   ような気がする。
  
   “教職よりずっと実入りのいい仕事もしたけれど自分には合わ
   なかった。教育の方がおもしろい”と、教師を続ける人もいる。
 
   第7号でも書いたが、自由をうまく扱いきれないハンガリー人。
   共産主義という規制に対応するよう生きる術を何十年もかけて
   身につけた人々。

   親の世代が少々豊かになり生活に余裕ができた頃、思春期を迎
   えている子供達は勉強するかしないか選択できる自由を生まれ
   てから持っている。授業中に先生の言うことを聞かない自由と
   一緒に。

   変わらなければいけない教育側は、過去のポストを守るための
   保身行為が自分の首どころか子供達の首まで締めることになっ
   てしまった。

   時代の変化は早くなる一方、人が歳をとるスピードは昔から変
   わらない。早く解決しないと新たなる子供達が犠牲者となって
   しまう。西側に留学するのもいいが、頭脳の流出を極力避ける
   よう引き留めて自国の教育現場の足場を固め始めなければこれ
   から未来を司どり国造りをする次世代が育っていかない。

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   ★★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★★

   実は精神的にかなり落ち込んでいるSzagamiですが、昨日はち
   ょっとだけいいことがありました。

   なんと“我が愛すべきハンガリーの首相オルバーン”を昨日
   Vorosmarty広場で真近に見ました。3月15日革命記念日で一
   緒にパレードをしたのでこれで2回目になります。詳しくは

   何やら長蛇の列と多くの警察官を発見したので野次馬Szagami
   は列の元をたどってみました。並んでいる人々は皆分厚い本を
   抱えていたのでどんな芸能人のサイン会なのか一番前にたどり
   着いてみると首相のオルバーン・ヴィクトルが!首相の対談が
   載っている本を皆購入してサインしてもらうのを待っているの
   です。列に並ぶ人に聞いてみるともう3時間も待っているとの
   こと。用を足すために席を離れた首相(何と近所のレストラン
   のトイレにたった数人のSPと共に直行)を追いかけてつい“オ
   ルバンさん!”と叫んでしまったSzagami、一瞬こちらに振り
   向いてくれました。随分と暇な首相だなぁって?何時間もの間
   椅子から立ち上がって一人づつに笑顔で握手し、名前を本にサ
   インし、少なくともひとり3分以上対応している様子を見ると、
   38歳の若さとパワーに感心するばかり。来年の春に任期がき
   れますが、あの気遣いと笑顔に首相の大ファンのSzagamiです。

   しばらくの間お休みしていたホームページの“今日の一枚”を
   彼の写真でアップしました。

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