我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第24号   2001年6月22日

   負けるな、ハンガリー名物料理グヤーシュよ!
   
   ヨーロッパで愛されているハンガリー料理。多民族が持ち込ん
   だ食材や技法を独自にアレンジして現在の形になってきたが、
   政変後自由と共に流れ込んできた外国の新しい味を取り入れな
   がら更に発展、郷土料理として本来の味も保ちながら持続して
   いくことが出来るのだろうか。

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   “味が複雑すぎて良くわからなかった。私にとっては美味しく
   なかった。”

   ベルギー料理はフランス料理の影響を多く受け、コンティネン
   タル料理としてヨーロッパでは人気がある。だから彼女の言葉
   には一瞬耳を疑い、その後絶句した。数々の香辛料を使用した
   り料理の最終段階のソースや肉の焼き具合など、絶妙のコンビ
   ネーションやバランスで美味しくなったり物足りなくなったり
   する料理の極意を、“複雑”という味覚表現で済ませてしまう
   とは。いや、彼女には味わう感覚さえ存在しないのだ。

   日本人の誰もが“美味しん坊”の漫画の主人公のように理論や
   言葉で味を表現することなどできない。しかし興味を引いたり
   共感する部分が多いからこそこの漫画が人気なのである。ここ
   ではハンガリー語版が出版されてもドラゴンボールのように流
   行ったりはしないだろう、なんてことを考えてしまう。

   ハンガリー人はよく喋るから、公共交通機関の中などで先日あ
   った親戚同士の集まりでどんなにおいしい料理を作ったか、ど
   んなに自分が上手にデザートを焼き上げ客人が喜んだかを事細
   かに説明している会話を頻繁に耳にする。それを真に受けて私
   が彼らから招待を受けてご馳走になった時は、いつものことな
   がらハンガリー人の人生の楽しみ方を称賛すると同時に物事へ
   の質のこだわり方に対し疑問を持ってしまう。

   私自身の彼らの味覚に対する不信感はこの国に住みはじめてか
   らずっと付きまとっていた。大味と言われているが、パプリカ
   やグヤーシュという言葉を世界の普通名詞にまで押し上げるほ
   どヨーロッパ各国でハンガリー料理は愛されているのだが。

   比較的淡泊な味を好む日本人にだけハンガリー料理の味が濃い
   と捉えられているのかと思ったが、お隣のオーストリア人やド
   イツ人にとっても脂が層になって浮いている特有の郷土料理は
   “あぶらっこく”てしつこいと評判である。それでも自国の料
   理の種類が乏しいドイツ人からハンガリー料理は非常に好まれ
   ている。

   そしてこの不信感は数人のハンガリー人コックに鯛の刺し身を
   試食させて確実となる。白身魚にある特有の“甘み”を感じた
   コックは一人としていなかった。皆一様に“味がない”と答え
   る。

   スープに浮かぶエビを虫と勘違いして驚いたという30歳前半
   の地方出身の女性のエピソードがたったの10年前のことだと
   聞いて逆にこちらが驚いてしまった。ブダペストに住み始めた
   頃あまりにも海の幸が恋しくなり、旅先のバラトン湖のレスト
   ランで目にしたメニュー上の“ロブスター”を即座に注文、エ
   ビチリに使用される程度の小エビが大きな皿にちょこんとのせ
   られた様子にがっくりした思い出がある。

   大型スーパーが市内に立ち並ぶようになり、冷凍ではないシャ
   ケが購入可能になったのもここ数年のことだ。

   “私達には海がないのだから海に囲まれている日本と比べない
   でよ。私達にも川魚があるし、魚の名物料理ハラースレー(鯉
   やナマズのスープ)があるのだから。”それは最もな意見であ
   る。

   我々日本人が繊細な味覚を感じ取る舌を持っていることを第三
   者の指摘により再認識する。

   料理とは常に長い歴史の中で、異民族が持ち込む新しい食材と
   の出会いにより料理方法が工夫されてその後独自に発展する。
   “ハンガリーならやはりパプリカ料理”と自他共に認めるパプ
   リカ(ピーマン)ですら、16−17世紀トルコに征服された
   時の置き土産である。ドイツ人からサラミ、イタリア人からニ
   ンニクなど中世にそれぞれの食材がもたらされ現地との料理と
   の出会いで鎖のように繋がり継承されて現在のハンガリー料理
   を形成している。

   最も人気のあるグヤーシュ・スープの昔ながらの作り方。“み
   じん切りのタマネギが黄金色になるまでラードで炒め・・脂だ
   け残るまで煮込み・・牛の骨のスープを加え・・”

   聞いているだけで胃に刺激的だ。短い旅行期間に楽しむ料理と
   しては絶対お勧めで、オランダ人の若い女の子にオランダにも
   グヤーシュという名前で存在し人気のメニューだと教わったが、
   毎日食することはできない。

   時間をかけてつくる数々のハンガリー料理はラードを使用して
   いる。ところがついに近年世界中で起こっている健康志向の波
   がここにも押し寄せた。ラードの替わりにサラダ油を使用、塩
   分も控えめなハンガリー料理に移行してきている。

   そして体制崩壊後のここ十数年で流入してくる外国の食材や料
   理の数々。“ハンガリー人にとっても味の濃い変化のないハン
   ガリー料理はもういい。”大多数ではないにしろ、愛国心の強
   いハンガリー人からこういう台詞を聞くだけでも興味深い。

   ここ2年間程で気軽に安く食べられるビュッフェ・スタイルの
   中華料理屋が竹の子のように増え、それに対抗するように以前
   流行ったトルコのケバブのビュッフェの数も更に増え、その反
   面ハンガリー料理のビュッフェができないのがそのいい証拠だ
   ろう。

   プロの料理人になるためには専門学校で基礎を学び、それぞれ
   の期間(短期の場合もあれば長期もある)実習した後免許を取
   得する。ところが教育現場で使用されている教科書は改版が全
   く行われない数十年前のものだ。イタリア料理もメキシコ料理
   も当然作れる、学校で習ったからと自信をもって答える彼らの
   “パエリアにカレー粉”は目を覆いたくなる程だ。料理人にと
   っては免許取得が出発地点、その後は当然修業という時間や実
   質的な味覚を増やす自己投資が必要になる。しかし投資への必
   要経費など自分の財布から出てこないから、大半はプロという
   看板を堂々と掲げながら“プロの味”を理解しないまま実社会
   で働くことになる。一般家庭でつくれない味を紹介することが
   プロの料理人が存在する目的の一つなのに。

   そろそろ食材の新たな出会いによる郷土料理の変革の時代がき
   たようだ。しかしそれを提供する側に意識の変化が見られない。
   本当に腕のいいコックは給料のよい海外に出てしまう。頭脳な
   らぬ味覚の空洞化。

   実習不足のためきちんと肉・魚をさばけずに何となく仕事を続
   けていく。厳しい修業に耐える精神を持ち合わせないのですぐ
   に職場を辞めてしまう。一番重要な味覚の鍛錬がなされない。
   肉類のうま味によってハンガリー料理のおいしさは表現される
   が、外国からやってくる新たな食材である魚貝類のうま味も知
   覚する自己投資ができずに更なる味を追及できない。

   大衆に対して思いもつかない美味しさやアイディアを創造し続
   けることによって、一般市民の舌を肥えさせるようにするのも
   プロの料理人の宿命。そのうま味を感じる日常がないために万
   人受けの大味を楽しむところからプロでさえ抜け出れない。

   通常一般大衆の食事にかけるお金は一番後回しになる。

   政変後に自由と共に多くの飲食産業が花開き、伝統料理を味わ
   うだけでなく世界各国の料理も楽しむことができるようになっ
   たことが逆に本場のハンガリー料理の衰退を招いているようだ。

   ハンガリーのプロのコックよりも外国人の大衆の味覚の方がレ
   ベルが高いのは経済的事情による事実も歯がゆい。市内で提供
   するハンガリー料理すら経営維持のために外国人大衆の味覚に
   合わせている。本来のハンガリー伝統の味がプロの腕を通して
   継承されにくくさせている大きな要因になっている。

   独自の文化や伝統は料理などの無形なものを含め、未来へ語り
   継ぐ努力は並大抵ではない。それにも負けずに一流の郷土料理
   はプロが継承・発展させて、大衆がそれを支えていかなければ
   ならない。

   ハンガリー人がオリジナルのハンガリー料理を美味しいと感じ
   る味覚を何とか維持し続けてほしいし、新たなる食材によって
   の発展を望んでいる。一度失われた味覚は戻らないのだから。

   ハンガリーの味を問題視をしている当のハンガリー人が余りに
   も少ないことに、私自身がジレンマを感じているようだ。

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   あとがき
   皆様今回も多くの励ましのお便りありがとうございました。刑
   事事件の方は全く進展なし、こう着状態が続いております。い
   つもは喋り過ぎると感じるハンガリー人にこんな時は言葉の数
   で励まされております。しかし最近知り合ったブダペストに住
   むグァテマラの女の子“ハンガリーに住んで何年?”とまずは
   月並みな質問。“3年になる”“ハンガリーは好き?”これも
   また当たり前の会話。“最初の一年はタフだった。ハンガリー
   人は冷たくてあまり喋らない。私の出身地グアテマラ・シティ
   ーでは皆親切でにっこり笑ってたくさん喋るのよ”絶句・・次
   の質問が見当たりませんでした。ハンガリー人がムクチだっ
   て?

   今回のテーマのハンガリー料理についてホームページでも紹介
   しておりますのでここを参照してみてください。

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