我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第27号   2001年7月20日

   ハンガリー人のルーマニアに対する想いを考察した第2回目を
   お送り致します。ルーマニアに住むマジャール人を同民族であ
   ると主張するハンガリー人の心の奥底には、結局彼らを自分達
   と区別する気持ちが潜んでいるように見えます。

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   ハンガリー人のトランシルバニア地方に対するノスタルジー
   
   ▲▲当時のマジャール人という民族の人口比率を他の民族と
     比べるてみると?▼▼

   ▲▲ハンガリーにとって領土が小さくなりマジャール人の濃
     度が高くなったが国力が強くなったのではないか?▼▼

   ▲▲ハンガリーに住むハンガリー人はルーマニアに住むマジ
     ャール人を二流市民と見なしている事実▼▼

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   ▲▲当時のマジャール人という民族の人口比率を他の民族と
     比べるてみると?▼▼

   殆ど単一民族の日本人という観点でマジャール族という単位の
   人口比率の歴史を追ってみると、興味深いことに気が付いた。

   15世紀末のハンガリー国内で400万人の人口のうち、マジ
   ャール人は75%であったという。トルコとの戦いでは国土に
   壊滅的な打撃を受けただけでなく、人口も大幅に減った。トル
   コ軍撤退後大規模な移民政策がとられ、17世紀初頭には人口
   を何とか保持したが、マジャール人の割合が45‐50%と減
   少する。

   トルコ時代に減少した人口の補充は、トルコとの戦いで痛手を
   受けたバルカン地方からの難民や住人とハプスブルグ帝国から
   の組織的なドイツ人移植であった。

   18世紀末にハンガリー国内の人口は800万人に達し、マジ
   ャール人の占める割合は約40%と低下し続ける。トランシル
   バニアなどの一部の地域では既にこの時期マジャール人は小数
   派となった。

   広い領土を保つためには人口を確保しなければならない。しか
   し現在もハンガリーの土地であると特に声高に言われるトラン
   シルバニア地方で、主要であるべき肝心なマジャール人が既に
   この時に少数派民族のカテゴリーに属することになってしまっ
   た。

   19世紀に入り国民の90%が農業に携わる中、遂にハンガリ
   ー全体でもマジャール人の人口が約半数となる。残りは少数民
   族(ルーマニア人、スロバキア人、セルビア人、クロアチア人、
   ドイツ人、ウクライナ人)という構成だ。

   ▲▲ハンガリーにとって領土が小さくなりマジャール人の濃
     度が高くなった方が国力が強くなったのではないか?▼▼

   簡単なマジャール人の人口推移の歴史的背景をたどってみたが、
   現在のハンガリー国内マジャール人は98パーセント以上だ。

   異民族の集約が、一国を成り立たせるための基盤を支えるとい
   う概念は日本人から見ると奇異に映る。しかし実際には世界で
   多くの国がそうして成り立ち、政治権力や経済を握るのは少数
   民族派であったりする。現代社会でも大多数派の民族が少数派
   の権力に対して燻る不満が大きな暴動に発展する。

   現代社会では一国として宗教別、民族別に自治を認める政策(例
   えばオスマン・トルコ時代のミッレト制−ギリシア正教、ユダ
   ヤ教、アルメニア教を単位とした自治制度)が非常に取りにく
   い時代となった。民族意識が強くなってきた今、分離独立へと
   進みやすい素地がつくられやすい。領土を拡張し、経済発展の
   ために人口を増やす行為によって国力は強くなるが、異民族を
   まとめあげるには多大な労力と予算を必要とする。

   大陸の面積は決まっている。大きくはならない。しかし複数の
   支配者が出現して領土拡大を目指せば隣の土地の侵略を考え始
   める。戦いを交えながら、そうしてヨーロッパ諸国は国を拡大
   したり縮小させられたりしてきた。同時に様々な民族を抱え込
   む。長い歴史だ。多種多様なものを抱え込むことは、異民族・
   異文化を受け入れる寛容度は高くなる。しかし国家統一といっ
   た一つの目標に進む場合には、民族間での利害の不一致が要因
   で、その目標を達成させる際の障害と成り得る。

   トリアノン条約で失ったトランシルバニア地方は、当時少数派
   で支配側のマジャール人に対し、大多数の他民族が結集してマ
   ジャール人への嫌悪的感情を抑揚させていた。

   ▲▲ハンガリーに住むハンガリー人はルーマニアに住むマジ
     ャール人を二流市民と見なしている事実▼▼

   “ルーマニアに住むマジャール人がハンガリーに流入してくる
   ことは受け入れられるのか?”かなり直接的で単純な質問をも
   っと若い世代に試みる。

   “彼らはマジャール人なのだからハンガリー内に住むことを受
   け入れるのは当然。逆にどうして拒否する必要があるの?”

   “彼らがハンガリーに入国してきて困ることはないの?”“同
   じマジャール人に対してどうして困るという感情が湧くと思う
   の?仕事を奪われるというわけでもないし。彼らには専門職が
   ないからここでできる仕事は限られているのだから。”

   結局ルーマニアに住むマジャール人をハンガリーに住む者と同
   等視していないことが、考え方の起点につながる。自分達の安
   定した地位、住む場所や知的生産に関する仕事を脅かさない絶
   対的な安心感の条件での寛容さだ。旧東ドイツ出身というだけ
   で、旧西ドイツの従業員との給料格差に不信感を募らせる友達
   のことを思い出してしまった。

   “電気もなく、家畜と同じ敷地での生活はもう2度と御免だ。”
   と愚痴をこぼし、不法就労していたトランシルバニアの田舎に
   住んでいたマジャール人、20歳の女性。いつも姉と一緒に労
   働ビザ・滞在許可証の必要ない旅行者と偽りブダペストに滞在、
   いわゆる3Kの仕事を転々とし、旅行者の最長滞在期間ぎりぎ
   りの1カ月が近付く頃になるとルーマニアの実家に帰っていた。

   パスポートにはページが真っ黒になるほどの国境のスタンプの
   跡が。ハンガリーとの往復を頻繁に繰り返しているパスポート
   を持ったルーマニア国籍の人間が、簡単に国境を越えられるわ
   けがない。彼女と顔なじみの国境警備隊は、彼女が国境を越え
   る度に渡す賄賂でどれだけ潤っただろう。そしてそのような事
   情で国境をすり抜けているのは彼女だけではない。

   ハンガリー人が出稼ぎのために国外を脱出、低賃金の割に質の
   高い労働をするため特に西側諸国で重宝されるのと同様に、ル
   ーマニア国籍のマジャール人はハンガリー語を話す付加価値と
   共にここでは大変重宝される。貧しいルーマニアへは決して戻
   りたくないので仕事を選べない。そして国境越えすら出来ない
   マジャール人が背後に何十万人も控えていることだろう。

   庭師から始めた知り合いは長時間労働を続けながら夜間の専門
   学校に通い、現在は会社で課長クラスとなった。7年間ブダペ
   ストに住んだ後、ハンガリーに帰化した。彼が結婚する前、彼
   女とトランシルバニア内のカルパチア山脈を寝袋を抱えて旅行
   した写真を私に喜んで見せてくれた。

   彼らには帰る場所がないという事情をよく理解し、ハンガリー
   人より劣悪条件で雇用する。これが国境の外に住む同民族への
   寛容さだ。3Kの仕事に携わっている間は彼らに十分同情する
   し受け入れもする。

   非常に若い美人なルーマニア国籍マジャール人の女性と結婚し
   た別の男性は、彼女の家族をハンガリーに呼び寄せるため必要
   な書類を揃え、警察に非合法な金を支払った。第23号で紹介
   した国際結婚が海外への脱出方法の一つになるという例の、ハ
   ンガリー側へ脱出してくる良い例である。ルーマニアに住む者
   から見れば、ハンガリーは豊かな国だ

   通常移民一代目は移住地に根付くまで、言葉や習慣に慣れるま
   で、そして自分の存在に対する地盤を固めるまで苦労する。知
   的生産者にならないことが暗黙の了解の元で、ハンガリーへの
   流入を寛容に受け入れられる。その後ふるいにかけられた一握
   りの賢いニ代目、あるいは三代目が自身の可能性を生かし、ハ
   ンガリー人の地位と対等になったとき、その存在を疎み始める。

   自分の生活に満足のいかないハンガリー人が、人生の出世をし
   たルーマニア出身者に対し“あいつはルーマニアから来ている
   くせに”という妬みを明らかに心の底に抱く。“同民族”とい
   う心地よい甘い言葉は、自分の地位を脅かさない条件の元に存
   在する非常に脆い寛容さと結束力だ。

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   次回予告

   ▲▲トランシルバニアに住む生粋のマジャール人もそろそろ
     世代が代わる▼▼

   ▲▲理想は相互理解か▼▼

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   ★★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★★

   クノールから販売されているインスタント・スープの新シリー
   ズ“黄桃”と“メロン”がでました。牛乳を入れてかき混ぜる
   だけ、Szagamiのお気に入り“木いちご”の袋と一緒にテーブ
   ルに並んでいます。明日牛乳を買ってこなくては。

   中央市場の地下の魚売り場でザリガニが売られていました。ち
   ょっと甘さが足りなかったかな。そう、飼うためではなく、食
   べるためです。

   Szagamiの居間は教会の中庭に面していますが、教会からしか
   入れません。なんと観葉植物を日に当てていたら風で見事に中
   庭に落ちてしまいました。植物を拾いに教会の中を通してもら
   ったら、カギのかかったドアと壁画のきれいな回廊を通ること
   に。いつも修道士の卵達がサッカーをしたり、試験に備えて頭
   を抱えていたりした中庭についに足を踏み入れました。

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