我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第28号   2001年7月27日

   ハンガリー人のトランシルバニアへの想いを3回に渡って綴っ
   て来ましたが、今回が最終回になります。着実に流れている時
   間によって、ハンガリー国民の過去の領土への意識も変化して
   きているように見えます。

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   ハンガリー人のトランシルバニア地方に対するノスタルジー
   
   ▲▲トランシルバニアに住む生粋のマジャール人もそろそろ世
     代が代わる▼▼

   ▲▲理想は相互理解か▼▼

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   ▲▲トランシルバニアに住む生粋のマジャール人もそろそろ世
     代が代わる▼▼

   “ルーマニアに住むマジャール人は何十年もルーマニアに住ん
   でいるのだから、もうルーマニア人と言ってもいいのでは?”
   と、再び前述の若い世代に質問をする。

   “それは絶対にない。ハンガリー・コミュニティーに囲まれて
   ハンガリーのメンタリティーと国民性を受け継いで暮らしてい
   るのだから、彼らがマジャール人であることを忘れるわけがな
   い。”

   地域や国という大枠は、同民族で束ねられる小さなコミュニテ
   ィーという結束力を簡単に打ち破る。自国から遠く離れると、
   そのアイデンティティーを保つために、却って自分達の言語や
   民族色を頑なに守ろうとする。しかしそれは国という大海原で
   浮かぶ小さな浮輪に過ぎない。次世代に文化を引き継ごうとす
   る意志がどんなに強くとも、ハンガリー村自体がルーマニアと
   いう国の中に存在する限りルーマニア文化に影響されるのは当
   然だ。

   ニューヨークに住む中国人がチャイナタウンで毎日食しても、
   中国から50年間離れて暮らせば子供や孫の代には考え方がニ
   ューヨーク仕込みになる。

   国際情勢を常に意識している30歳の女性の意見は違った。“1
   9世紀までオパールの鉱山がハンガリーにあったという話題を
   先日したわよね。家で調べ直したらスロバキアのことだったの
   よ、ハンガリーじゃなかった。”彼女の父と3人での立ち話だ
   ったのだが、その瞬間に父親が横から口を出してきた。“ちょ
   っと待ちなさい。その時代までスロバキアはハンガリーだった
   のだからその鉱山はハンガリーに位置していると言って構わな
   い。”しばらくの間親子は口論していたが、最後に娘が折れた。
   “そうね、パパ、あそこはハンガリーだったものね。”

   上記の彼女のように社会問題に目を開いている者と、トランシ
   ルバニア地方を訪れたことすらなく、学校や家庭や世間で引き
   継がれる教育や思想に純粋に従う者との意識の差も存在する。

   “ルーマニア人とマジャール人はどう違うの?”一体ハンガリ
   ー人はルーマニア人をどう思っているのか。

   “全く違う!ルーマニア人は非常にプリミティブ。未だに国中
   の至る所で道路が舗装されていない。”

   ルーマニア出身のマジャール人の知り合いに、5分で戻ってく
   るからと言ってバッグを預けようとした瞬間、“僕にこんなも
   のを持たせていいの?人はルーマニア人を泥棒と言うじゃない
   か。”と指摘されてはっとした。

   ハンガリー人がどれほどルーマニア人を嫌悪しているのか。結
   局同民族と考えているはずのマジャール人を、ルーマニア人と
   どう混同しているか。そしてルーマニア人と“ルーマニア出身”
   を同一視されていると、ルーマニア出身のマジャール人が強く
   感じ取っている。彼の口からふと衝いたその言葉は全てのこと
   を端的に示していた。

   余談になるが、ブダペストの書店でルーマニアのガイドブック
   を見つけることができなかった。ハンガリーの一部だと主張す
   るトランシルバニアを、ルーマニアとして紹介するのにも嫌悪
   感を抱くのか?

   学校や家庭に大帝国時代の地図を貼り、歴史を忘れさせないよ
   うにする親の世代と、トランシルバニアをハンガリーとは考え
   ない若い世代との隔絶。ルーマニア人とマジャール人を混同す
   る若者の増加。領土をもぎ取られた苦しみを直接感じず、理屈
   と教育で歴史を理解するハンガリーの若い世代が、日常的に肌
   が触れ合わない同民族を彼らの嫌う隣人とどう区別をつけると
   いうのだ。

   トリアノン条約によって新しい国境が敷かれた。そして今、親
   と子の世代、若者間の意識、そしてハンガリー人とマジャール
   人との間にも見えない境目が確実に生まれてきている。

   “もしも現在のトランシルバニア地方がハンガリーに返還され
   るとしたらどう思う?”“それは現在の国際状況から見て絶対
   無理なのは承知しているから、考えようとも思わない。”

   “トランシルバニアを単なる場所として捉える場合、人にはど
   のように紹介できるかな。”“山があって緑にあふれて、自然
   が本当に美しい場所。何といっても豊富な鉱山で有名。”

   厳重な警備の向こう側に存在する国への想いは、民族問題を置
   き去りにしている。森林や水源、石炭などの溢れる資源が、領
   土に対するノスタルジーの念を色濃くさせる手伝いをしている。

   ▲▲理想は相互理解か▼▼

   どの世界でも、国家間のいがみ合い、民族間の嫌悪感が存在す
   ることは否定できない。国を司るのは政治家であるが、実際に
   国を造る担い手はそこに住む国民である。住民同士がお互いに
   理解しようとする歩み寄りは必要であるが、それは理想論でし
   かない。“同”民族同士のはずが、戦争、宗教や時間によって
   それぞれの“異”文化を形成するまでになり、時として区別ど
   ころか差別までをも生み出しているのは何と不幸なことだろう。

   土地だけでなく、手の中にあった物への喪失感を忘れるには時
   間がかかる。喪失感というマイナスの感情を打ち消すのには、
   更なるプラスの代償が必須だ。しかし第一次世界大戦の敗戦国
   として得たものなどなく、残ったのは悔しさだけだった。

   スロバキアやユーゴスラビアに比べ、トランシルバニアへの想
   いがずっと強いのは、日常的にハンガリー人が接する問題が割
   譲された領土の大きさと人口の多さに比例するからであろう。

   過去の地図を憧れと悔恨を持って見つめる人口の減少といった
   世代交代と共に、トランシルバニアが歴史への単なるノスタル
   ジーへと変換していく過程で、そろそろここをハンガリーであ
   ると公言するのはお終いにしなければならない。過去に捕らわ
   れ“昔は良かった”と懐かしむだけでは、相互理解に向かうた
   めの出発点に立つことすら出来ないからだ。

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   ★★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★★

   昨年は猛暑のため5月頃から夏の終わりまで市場は果物で溢れ
   かえっていました。もも、木いちご、野いちご、プラム、スイ
   カ、めろん、ぶどう・・それも味が濃くどれも1キロ50円か
   ら150円ぐらいだったのです。毎日何を食べるか困っていた
   のに。ところが今年は雨続き、冷夏でどの果物もあっという間
   に市場から消えてしまいます。
   ハンガリー人の友人曰く、2年間のスパンで実りがいい年と悪
   い年があるから、来年はきっとまたたくさん市場にでてくるよ
   と言われました。
   どこまで本当の話かなぁ。別荘が立ち並ぶバラトン湖でも、見
   事なアプリコットの木を持つ農家でも、今年は全く実がなって
   いなかったとのことでした。

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