我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第29号   2001年8月5日

   共産主義協奏曲を奏でて

   Szagami編集のメールマガジン“ジレンマ”の発行理由のひと
   つは、カーテンの向こう側にある元共産主義の香りをご購読者
   の皆様にご紹介することだ。西側諸国の文化や経済を目覚しい
   勢いで取り入れているハンガリーは、もう日本人にとって覗い
   てみたい“甘い蜜”ではなくなってしまった。だからこそ住ん
   でみないとわからない、まだ微かに残る蜜を少しづつ舐めなが
   ら、その味の分析を皆様にご紹介してきたつもりである。

   ところが風に吹かれて棚引いていたにすぎないカーテンが、突
   然吹きこんできた強風によって捲れ上がり、共産交響楽団の序
   曲と共に共産国劇が幕開けしてしまった。埃をかぶっていた舞
   台は今回の小劇のために掃除され、私Szagamiは突如主人公と
   して舞台中央に一人立たされた。観客は固唾を飲んで舞台進行
   を待っているのに、監督、脇役と裏方がどこに隠れているのか
   主人公である私だけがまったく知らなかった。滑稽な劇の台本
   を渡されていないのは、主人公を演じる私だけだった。

   骨の髄まで共産主義が抜け切っていない役者達には、こんなシ
   ョート・ストーリーを演じるのは朝飯前だったろう。いや、更
   なる大作が控えている大舞台に忙しくて、こんな奥にある小さ
   な舞台には裏方すらいなかったかもしれない。

   しかし主人公には共産劇場での晴舞台は初めてだったのだ。し
   かも、これからも数々の人生のシナリオを自分で選んで演じて
   いくにしろ、自分自身が監督になって舞台を進行させる側にな
   るにしろ、今回の脚本を演じるのはあまりにも難しかった。

   大量に舐めるつもりのなかった“甘い蜜”の入った壺に不本意
   に手をいれて、手が猛毒で爛れてしまった。

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   読者の皆様、暑中お見舞い申し上げます。ついに8月に入りま
   した。日本は猛暑で毎年記録を塗り替え続けているようですね。
   夏休みはいかがお過ごしでしょうか。会社の休みやお盆休みを
   ご利用されて、ハンガリーだけでなく東欧圏にご旅行される方
   も数多くいらっしゃることでしょう。

   2カ月前に刑事事件に巻き込まれてしまい、皆様への“ジレン
   マ”の配信が滞ってしまったことが度々ありました。(励まし
   のメールも数多く頂きました。)そろそろ事件も片付ける方向
   に向かってきましたので(“片づく”ではないのが残念ですね)、
   “共産主義協奏曲を奏でて”とでも題してSzagamiの実体験を
   皆様にご紹介したいと思います。

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   私はレストランを持っているが物件として賃貸することにした。
   ハンガリーでのレストラン賃貸とは机や椅子、お皿、などの道
   具と料理場などを込みで貸すことが多い。(保健所の指導で冷
   蔵庫は8つ以上、洗い場は5つ以上必要などという規定があ
   る。)契約書などの書類を弁護士と共に作成し、数ある賃貸応
   募者の中から店子を選び、全て何事もなく終わった。

   後でわかったことだが、この店子は自己資金が少なく、最初か
   らかなりの額のお金を知り合いから借りていた。あっという間
   に運転資金がなくなり、店じまいすることになった。毎月の賃
   貸料の支払いにも苦労していた。しかしそれ以外の事務・問題
   処理は日本人以上のものがあった。

   そして契約を中途解除の話が終わり、事件の起こったその日、
   保証金を返金するために店で待ち合わせをした。

   店内は蛻の殻だった。店の物を全て盗まれていた。店子が合鍵
   を持っていたこと、ドアがこじ開けられた形跡がないことで、
   犯人は店子でしかありえない。彼の数ある借金返済額は、今回
   私が返却する予定だった保証金額を大幅に越えていたようだっ
   た。それで手っ取り早くお金を作るため私の店の物を盗んだの
   だろうか。テーブルや椅子は勿論のこと、調理機器や空調シス
   テムなどの重機器から換気扇、水道の蛇口に至るまで。当然8
   個の冷蔵庫も。

   警察を呼び、4時間待たされた後に来たのは私服の刑事コロン
   ボ。ところが調査らしい調査もせず写真を撮って帰ってしまっ
   た。そして被害届を作成するために警察署へ直に足を運んだ。
   一枚の紙を渡され、名前や住所、被害額などを記入。事情聴取
   を待っていると、“進捗状況を知りたければここに電話するよ
   うに”と内線電話番号を告げられただけだった。

   これから警察の連絡を家で待つだけなのか見当がつかず、ハン
   ガリーに住み始めて以来、大変お世話になっているゴッドファ
   ーザー(と密かに呼んでいる)に事情を説明しに行くことにし
   た。共産時代に内務省で勤務し、未だに警察や軍部の上級幹部
   に知り合いが数多くいる。彼は一番仲のいい元ブダペスト市警
   察長官に連絡、優先的に犯人逮捕を急ぐこと要請してくれると
   を約束してくれた。

   静かに共産協奏曲序曲が始まった。警察の事件調査の進行状況
   に疑問が湧き起こった頃、逃亡生活をしていると思われる店子
   から電話がかかってきた。

   “ハロー、保証金を返してくれ。まだ店を使う権利が僕にはあ
   る。”あまりにも予想外のことで絶句。“僕は車から落ちて病
   院に入院していたんだ。”アリバイも既に用意しているようだ
   った。

   警察から呼び出しの電話があり“今更何を事情聴取?”と思い
   ながらも約束の日時に担当刑事の部屋に行くと、そこには手錠
   も掛けられていない店子が単なる参考人として席に座っていた。
   不思議なことに刑事は保証金の話しかしない。“あなたの説明
   は聞かない、全てイエスかノーで答えろ”と語尾を荒げる。“店
   子はあなたが保証金を返す気がないので物品を持っていったと
   主張している。”不動産の契約内容など刑事には関係の無い話
   だし、私は契約上の返済すべき保証金を持って店に行ったのだ。
   そしてその状況説明を刑事が許さない。“バカにするとお前の
   首を切ってやる!”と怒鳴り私の首を切るジェスチャーをした。
   いつ私が保証金を返さないと言ったのだ?しかも店からの物品
   を“持ち出した”と表現する。家主の許可なく内装品全てを根
   こそぎ持っていくことをハンガリーの警察では盗難と呼ばない
   のか?保証金が返金されないからその代わりに家具を持ってい
   きました、なんてどこの世の中で通用するというのだ。

   盗難された被害額の正確な提示を促された。“この被害届には
   こんな高額が申告されているが、こんなにするわけがないだろ
   う。うその申告をしやがって。”

   おかしい。何か変だ。事実は盗難、これだけだ。ところがまる
   で私が加害者扱いされているようだ。

   腐敗刑事だ。賄賂が既に担当刑事に渡っている。いや、違う、
   保証金が店子の手元に返金されたらその数十パーセントが刑事
   の手に入るはずだ。だから事件の前後関係を無視した保証金の
   話に焦点がいく。余りのばからしさに“密室での事情徴収など、
   気の弱い人なら何でもでっち上げられてしまうな”などと感心
   してしまった。

   警察を後にしゴッドファーザーのところに急いだ。彼は犯人逮
   捕に協力すると約束してくれたではないか。

   “まあそう怒りなさんな、大したことではないから。どうして
   警察へ弁護士と一緒に行かなかったのかね。警察なんて誰も知
   る者がいなかったら、外国人などバカにされてお終いだよ。”

   “店子に警察関係の知り合いがあったなんて。”“まあまあ、
   こちらにもこうしてコネがあるのだから心配しないで。”とに
   やりと笑いながらウィンクをした。要は職権乱用には同等のも
   ので報復ということか。その力は法律や良識が及ぶ範囲を超え
   て、遺憾無く力を発揮する。

   コネを使っての闇の駆け引きなどいらない。単に刑事事件とし
   て解決してほしいだけなのだ。しかし相手が不当な権力を行使
   するならば、ゴッドファーザーの腕に期待するしかない。しか
   し彼は完璧な演出を出し惜しみしてた、明らかに。殺傷事件で
   もないし、“まだ”身の危険が迫っている段階でもない。

   ゴッドファーザーの“助ける”とは、私が加害者になることが
   あっても、事が不利に進まないよう手をまわしてくれる、そう、
   今回の店子のような立場になっても、ハンガリーで生きていけ
   るようにしてくれることだったのだ。

   私立探偵を雇うことをゴッドファーザーは薦めてきた。初舞台
   で難なく劇を進行させるのであればそれも妥当かもしれない。
   事件の重要性と身の安全、コネの使う順番と経費の重りが天秤
   に掛けられている。台本は各種用意され、そのめくり方はゆっ
   くりしていて緻密に計算されている。見せ場は最終段階まで隠
   している。

   状況に応じて見せ場を最初に作り一気に片を付けるか、時間を
   かけて最後に作るかは、ビジネスや政治でも同様に当然のこと。
   しかしこれは単なる事件であって、調査する機関は警察、何の
   損得関係があって私は舞台にあがらなければならないのか。そ
   して共産主義という舞台の上で踊らされる俳優となった。

   ゴッドファーザーにとって、友達としての私に闇の部分を見せ
   たくなかったのかもしれない。以前彼が酔っ払って上機嫌のと
   きに話してくれたことだが、現役時代は軍用機で北朝鮮やキュ
   ーバに出かけ、政府高官と会談したことがあるそうだ。昨年の
   夏、彼の家族はギリシアに出かけたが、“民間機”で旅行する
   のは初めてだった。共産主義は嫌いだが、生きるために共産党
   員になったと語る彼が、その時代どのように“暗躍”していた
   かは想像に難くない。暗黙の了解で誰も昔の話を彼に訊ねる者
   はいない。コネを使って一気に片付けるということは、瞬間だ
   が暗部を白日の元に曝さなければならなくなる。

   日本でも警察の職権乱用、身内の事件もみ消しなど頻繁に発生
   しているが、権威と肩書きをありとあらゆる場面で利用する彼
   らの概念に今更ながら驚いた。そして国民がそれを容認してい
   る。今回の事件で加害者になっても高ランクのコネ・影響力に
   よっての身の保証を実感した。人間の権利、平等、平穏に暮ら
   す、そんな甘い言葉などここではメッキにすぎない。

   事件の早期解決を諦めていた頃、担当刑事が代わり、改めて調
   書を作り直すという連絡が弁護士から入った。弁護士が知人を
   伝って手を回したのか、ゴッドファーザーが何かしたかはわか
   らないが、ごく正常な事情聴取が進んだ。本来ならば最初から
   こうあるべきの。再度同席した店子の顔は真っ青だった。私の
   持つコネが店子の持つそれよりも大きかったとは全く考えてい
   なかったようだ。彼は平常心を失い、声を震わせながらの供述
   は矛盾だらけになった。店子が犯人と確定し、後は警察に全て
   お任せするだけになった。

   事の顛末をゴッドファーザーに報告にしに行った。“そうか、
   そうか、よかった。もっと悪い状況に陥っていたかもしれない
   からね。”店子側の腐敗刑事主導のまま事が進んでいたら、身
   の危険にまで及んできたかもしれないという解説だった。

   ゴッドファーザーは全て知っていた。台本は全部見せてくれな
   かったが、何が闇で進行していたかはわかっていた。それとも
   彼がその暗闇で裏方に指示を出していたのか、観客として傍観
   していたのかわからない。

   共産主義協奏曲はまだ終わらない。共産主義はまだ健在、血管
   から毛穴から体の隅々に染みついている。ドラスティックな変
   化による新陳代謝だけでは不十分なようだ。事あるごとに政変
   から10年以上も経っているのにという言葉は余り意味がない
   かもしれない。もっと長い目でこの国を見守り、そのとき評価
   すればいいのだ、30年後か50年後かわからないが。

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   それでも何故?こんな目にあってもSzagamiはまだハンガリー
   にいる。一体ここに自分を引き止めているものは何だろう。だ
   からハンガリーに惹かれる何かを発見して皆様に報告していき
   たいですね。

   弁護士によるとハンガリーでは裁判は日本と同様、時間がかか
   るようです。

   来週にも話があるというので弁護士の事務所に行きます。その
   前にちょっとショート・バカンスということで金曜日から彼ら
   の家族は出かけております。奥様の実家がセルビア教会で有名
   なラーツケベ(ブダペスト南部)にあり、この時期はいつもト
   マトの収穫に忙しいです。冬の保存食用に畑で刈った100キ
   ロのトマトをぐつぐつと大釜で煮るそうなのですが、その様子
   を30分かけて話してくれた時の様子は忘れられません。スー
   ツを着てしゃっきりした弁護士さんが、ジャージ姿でトマトを
   おたまでぐるぐるかき回してる姿を想像するだけでも・・

   先週はサーカスを見てきました。HPでUPしましたのでここを
   ご覧下さい。
   
   Szagamiにもちょっとバカンスを、来週は誠に勝手ながらお休
   みさせていただきます。

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