我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第31号   2001年9月1日

   共産主義という宗教が再度キリスト教化するのは
   1000年の時を経ても変わらない西側諸国へのアピールか
   
   8月20日建国記念日には、毎年ドナウ川でブダペスト市をあ
   げての花火大会が行われる。花火の技術が世界一の国日本から
   来た私は、最初の年に円形のはずの花火が楕円に花開いたのを
   見てがっくりしたものだった。しかし花火の技術も催し物も年
   を追うごとにレベルが高くなり、十分に楽しめるようになって
   きた。

   マジャール民族(ハンガリー人)が現在のこの地に移り住んで
   から100年以上経った996年、当時の支配者であったゲー
   ザ公は、既存のヨーロッパ諸国から見て単なる蛮族が存続する
   には、西欧社会の一員になることが絶対的に必要であると悟る。
   父の意志を継いだ息子ヴァイクは、カソリックの主教座である
   エステルゴムにて洗礼を受ける。キリスト教国家に改宗するこ
   とにより、ハンガリーは晴れて西側諸国の仲間入りとなった。

   8月は暑い日が続くが20日を境に一挙に秋に向かう。“収穫
   の日”とも呼ばれ、小麦等の穀物を刈り、取り新しいパンを作
   る風習が残る村もある。ヴァイクこと初代王イシュトバーンの
   名前の日が8月20日のため、この日が建国記念日とされた。

   “ハンガリー歴代の指導者で誰が一番優れているかという討論
   になると、聖イシュトバーンだという人が多い。”“35歳で
   首相となったオルバーン・ヴィクトルでもなく、日本文学をこ
   よなく愛するゲンツ・アルパード元大統領でもなくて?100
   0年も前の王様を?”“何と言ってもハンガリーの存在を西側
   に知らしめ、一国家に仕立てたのだから。”

   ブダペスト中に貼られた今年の花火大会のポスターは、金色に
   輝く聖イシュトバーンの銅像がモチーフとなった。鎖橋の上に
   は王冠を型どった仕掛花火も用意され、花火大会もたけなわの
   頃に点火、多くの見物客の歓声で湧いた。

   5日前の8月15日、聖母マリアの被昇天の祝日であり、聖イ
   シュトヴァーンの命日でもあるこの日には、ハンガリー王冠が
   厳重な警備の中、現在展示されている国会議事堂からエステル
   ゴムの大聖堂に持ち運ばれた。

   聖イシュトヴァーンが感謝の意味を込めて、王冠を聖母マリア
   に捧げているモチーフは、美術館や教会の祭壇上の絵画に頻繁
   に使われている。エステルゴムへの王冠運送に使われた税金は
   5000万フォリント(約2200万円)だ。

   一国の存命をかけるために1000年前にキリスト教国となっ
   たハンガリー。しかし共産主義下では自由な宗教活動が許され
   なかった。宗教が断絶されていた期間は1000年という時と
   比較すれば短い。しかしその短い期間と言えども国民の心には、
   宗教に対する断絶感が形成されなかったのだろうか。

   ソ連式管理が衛星国に次々と導入されていった第二次世界大戦
   後の1948年、3148カ所の神学校が国営化され、エステ
   ルゴムの大司教Mindszenty Jozsefが逮捕された。これを期に
   国内での宗教活動が禁止となり、12500人の修道士・修道
   女が修道院から強制的に追い出されて路頭に迷うことになった。
   1951年には更に教会を管理・監督するための機関が設立さ
   れる。宗教活動の制限は着々と進み、高位聖職者には共産党の
   息がかかった者が監視役として据えられるようになる。熱心な
   信者の信仰心は別として、宗教行事が生活様式のほんの一部に
   しか係わらないような多くの市民にとって、宗教への観念がこ
   の時に急速に衰えていった。

   現在の体制に変わった1989年から宗教団体は、急速に以前
   のその地位を取り戻そうとする。国勢調査の統計を見ると、カ
   ソリックが71パーセント、プロテスタントが20パーセント
   と、殆どがキリスト教系に区分されいる。また政変を挟んでの
   2度の調査の推移を追うと、宗派は別として、自国を信心深い
   信者だと思う国民が15パーセントから19パーセントに増加
   し、単に信仰心があると答えた国民に至っては47パーセント
   から62パーセントへと上昇している。統計上では“自由”が
   信仰者の急増をもたらした。

   多くのハンガリー人は体制が変わったことで、社会的道徳心の
   源を共産主義から宗教界に期待した。共産時代では反社会的と
   されていた宗教への係わりに消極的だった国民は、1990年
   の国民選挙で旧共産党(現ハンガリー社会党)が大敗したこと
   により、積極的に宗教を捉えるようになった。

   国会議員は礼拝・行事のために教会へ頻繁に足を運ぶことを必
   要以上にアピールするようになる。

   1991年7月22日、国が一般学校、文化施設などに使用し
   ていた教会施設を、公共性の高い施設はその機能を残すという
   条件つきで、元の所有者であった宗教団体へ返還した。それだ
   けではない、新体制の政府は、共産時代での国営化という強制
   接収のつけを、修復費や補助金という名目で支払うことになる。
   各宗派への補助資金は、単純な“信者数”によって振り分けら
   れた。

   ところが民主主義体制が共産主義にとって代わり、ゆっくりと
   根をおろしていく一方で、新興宗教やカルト教団が確実に増加
   していった。

   政府が既存の宗教を必要以上に保護するために、新興宗教が合
   法的に承認されるハードルを高くする法案をある議員が提案し
   た。例えば“宗教団体として承認できた信者数を今までの10
   0人から1万人に引き上げること、若しくはハンガリーでの宗
   教活動が最低100年以上あることを証明すること”などであ
   る。

   国際的な抗議行動が起こったためにこの法案は見送られたが、
   世界的なカルト教団と単なる新興宗教との差異性を詳細に表し
   ていないこの法案が議題にあがったこと自体、既存の宗教への
   強力な保護体制が透けて見える。

   1992年、キリスト教主国を意図するルター派の牧師の
   Toth Albertは“破壊的なイデオロギー”を説いた4つの宗派
   に対する補助金の取消しを提案し、これを受入れた国会は19
   93年、エホバの証人、Krishnas(市内でインド・レストラン
   も経営している奇抜な一団)、統一教会、サイエントロジー教
   会(ジョン・トラボルタやトム・クルーズが信者)を国の補助
   金の対象から除外した。

   共産主義は強制的な圧力と引き換えに国民へ生活補償の“平等”
   を約束し、民主主義は競争や新規産業進出において国民へ精神
   の“自由”を約束する。しかし、政府が暗に特定の宗教に補助
   金を出したいという遠回しの支援や、新興宗教を合法的に排除
   しようとする法案は、政治が宗教を法律や国会に取込み、一般
   市民の新たな宗教参入の“自由”を再び制限する矛盾を示して
   いる。

   殆どのヨーロッパ諸国の政党は政教分離の原則があるものの、
   某かの母体となる宗教法人によってサポートされているのは周
   知の事実であるが。

   1997年の国勢調査では一般的な信者、信心深い信者共に減
   少しており、体制崩壊後の宗教への高い期待は、資本主義の厳
   しい現実の前にはあまり役に立たなったことを意味した。しか
   し共産時代によって破壊された、宗教観の脆弱な基盤上に成り
   立っているハンガリーの宗教界は、政党が宗教団体を使って支
   持者の囲い込みをする余地がまだ多く残っている。

   聖イシュトバーンは国家的指導者として、ハンガリーの存命を
   かけて異教徒であった単なる一部族をキリスト教国家に仕立て
   上げ、西欧社会に認知させることに成功した。ローマ法王から
   授かった当時の国家主権の象徴であった王冠は、政治的理由に
   より長い歴史の間数々の国を彷徨った後、2001年1月から
   国会議事堂に燦然と輝きながら展示されている。(蛇足だが、
   それ以前に展示されていたブダペスト国立博物館は、王冠を手
   放してから来館者数が減少している。)

   ハンガリーにとって最大の課題である2002年にEU加盟を
   目指し、必要以上のパフォーマンスの元、“再度”キリスト教
   化して西側の仲間入りを果たそうと努力しているように見える
   のは、単なる私の思い過ごしであろうか。

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   今週から急に秋めいてきたブダペスト、朝晩の気温は15度前
   後と肌寒くなってきました。季節の変わり目、私の周りのハン
   ガリー人は次々に風邪をひいていきます。ハンガリーに限った
   ことではありませんが、この時期ティーシャツ一枚だったり、
   腹出しルックをつらぬいたりと、彼らはいま一つ風邪をひく身
   体のメカニズムがわかっていないようです。

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