我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第32号   2001年9月15日

   先週から今週にかけてハンガリー南部へ急遽出かけていた
   Szagami、2月に訪れたヴィッラーニ村へも足を伸ばしました。
   丁度ケークオポルトーkekoprtoというブドウを摘み取る農繁期
   に当たり、朝早くからブドウをいっぱい摘んだトラクターが忙
   しく走り回っていました。そしてすぐに除梗機(じょこうき・
   ブドウの粒だけにする機械)に通して、発酵槽と呼ばれる入れ
   物に入れます。ヴィッラーニ村での様子をホームページのトッ
   プの“今日の一枚”で数日間にわたって紹介していきますので
   ご覧ください。  

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       生活の基本の“食”も植民化されるのか

   主要食物ですら海外に流れてしまい、自国内の国民の需要にす
   ら満足に提供できない食糧事情。旧ソ連の支配が西側諸国の経
   済植民に単に移行しただけなのだろうか。

   5月から続いた昨年の猛暑と比較すると、短く感じられた今年
   のハンガリーの夏。9月半ばにして若者の小麦色の肌を秋風が
   撫でていく季節が過ぎ、短くなった日が真夏の寝不足を補って
   くれる。今年の夏の涼しさは過ごし易さを提供してくれたが、
   食が人生の楽しみの一つである私にとって、各々の野菜や果物
   のうま味を与えるはずの日光不足を恨めしく思った夏だった。

   酷暑の中で市場に到着した昨年は、山と積まれた果物の豊富さ
   とその価格に夏ばても吹き飛んだものだった。日本ではなかな
   かお目にかからなかった木苺、野苺、カシスが1パック100
   円にもならない。プラムや桃、スイカやメロンなどは食べきら
   ないうちに冷蔵庫で熟成仕切ってしまうほど。強い日差しの下
   で育ったコクのある農作物の、一度に襲うようにやって来た旬
   に嬉しい悲鳴をあげていた。

   今年もその自然の恩恵を受けようと6月から待っていたのだが、
   残念ながら天候不順のために味の薄い果物にしかお目にかかれ
   なかった。

   ブドウも今年は糖分が少ないとのこと。近年良質続きのワイン
   に顔をほころばせていた各ワイナリーのオーナーや従業員が、
   農繁期の今、今年のブドウの出来に愚痴をこぼしている。

   そろそろ秋野菜の本格的な時期になりその味を心配する中で、
   以前ハンガリーの地方に短期間住んでいたときのことを思い出
   した。

   広大な平地に位置するオーストリアとの国境に近い街。春先か
   ら順にポピーの花、ヒマワリが咲き乱れ、背丈が2メートル以
   上にも達するトウモロコシ、ジャガイモなど人々の生活にはな
   くてはならない主要作物が周囲の畑に植えられていて、視界全
   体に力強い新緑が広がる。マーコシュ・テースタ(ポピーの黒
   いケシの実パスタ)をハンガリー人の家庭に招待されてごちそ
   うになった。ヒマワリの種は食用油として使用される。

   当然農作物に溢れている地方都市なのに、スーパーマーケット
   にも市場にも新鮮な野菜が見つからないことに気が付くのにそ
   う時間はいらなかった。3万人都市でありながら市場が一つし
   かない。陳列されたジャガイモは芽が伸び、タマネギやニンジ
   ンは殆ど腐っているのに、地元民はたいして落胆もせずに購入
   していく。輸入品と思われるレモンはカビで真っ青、バナナは
   皮が真っ黒だ。貧しい街ではない、価格の安い格好の買い物場
   所として、週末はオーストリア人で溢れている。そのため物価
   がブダペストより高くなってしまった。

   畑の農作物に違いがあることにある日ふと気が付く。トウモロ
   コシの苗の背丈がばらばらで手入れの悪い畑がある境界線を境
   に続いていく。最初は働き者の農家とそうでない農家の力量の
   違いと考えていた。しかしよく見ると、きれいに手入れされた
   トウモロコシ畑に西側食品メーカーの小さな表示が掲げられて
   いる。西側の大手食品メーカーが農家と直接契約、新型の農業
   機器や良品種を導入し、作物を一貫管理しながら全てを買い取
   るとのことだった。食品メーカーと契約をしていない周囲の農
   家は高品質の農作物の育成を横目に低品質の農作物に甘んじて
   いる。

   “最近の食料品の値段上昇は異常だ。野菜だけではないよ、穀
   物類も乳製品も含めてだ。一方で品質は明らかに落ちている。”
   40歳過ぎの知り合いがため息と共につぶやく。最初は、19
   89年の共産主義体制崩壊後の単なるハイパー・インフレーシ
   ョンの一つと考え、彼の愚痴は軽く流していたのだが。

   “共産時代は計画経済の元に農作物や工業製品が生産されてい
   た。体制崩壊にドイツやフランスの企業が、質の高いハンガリ
   ーの農作物に目をつけたんだ。根こそぎ買い占め、良質の野菜
   がハンガリー市場に出回らなくなってしまった。”

   体制崩壊直前酪農家に、生産余剰品を出さないために一定の乳
   牛を処分するようにとの通達が来た。A酪農家は通達に従い決
   められた頭数の乳牛を処分し、B酪農家は処分を見送った。明
   らかな差が出たのは体制崩壊直後だった。値段と比較すれば品
   質がかなりよいとされた牛乳を新しい供給先と考え、西側諸国
   の食品メジャーが殺到した。一括大量調達ができるB酪農家と
   早速契約を結び、食料メジャーは品質指導・管理・設備を投入、
   供給源・市場をほぼ独占的に押さえた。

   国内生産の主要食料品自体の物価上昇率は比較的抑えられてい
   るはずが、農作物で有名なハンガリーの農家は大手の欧米食品
   会社と契約して良い農作物をどんどん輸出し、国内向けに2流、
   3流の商品を出荷するため、

   国内生産の食料品の物価上昇率は、毎年比較的押さえられるよ
   う努力されるべきであるが、農業国として有名なハンガリーの
   農家が大手の欧米食料品会社と契約し、良質の製品を順次輸出、
   国内向けには各落ちの製品を出荷するので国内需要が不足する。
   そのため海外から農作物を輸入するという逆説的な現象が起こ
   る。(主要品であるはずのトマトをカナリア諸島から、イタリ
   アからパプリカ、ギリシアや南アフリカからオレンジなど。ま
   た西側に輸出するためにドイツ語表示されたハンガリー産牛乳
   や各種ペーストも出回っている。)

   “本当に質の良い野菜は田舎だったら尚更知り合い(イシュメ
   ローシュismeros)からしか手に入らないよ。ブダペストだっ
   たら地方から行商しに来るネーネ(neneおばちゃんやおばあち
   ゃん)と顔見知りにならなくてはね、明日の何時にそこの角で
   待ち合わせという風に。”とアドバイスしてくれた知り合いも、
   乗せてもらった車の中に、郊外型のショッピング・センターの
   レシートが落ちていた。スピード時代の世の中では、二日後に
   約束した場所で田舎のおばちゃんと待ち合わせをするほどの時
   間はないし、そんな不便にはつきあっていられない。

   体制崩壊前、共産圏内で優良な農作物を生産し、旧ソ連に運び
   こんでいたハンガリーは、石油やガスなどの燃料を格安で手に
   入れていた。ブダペストに空の貨物車が入ってきたら、その向
   こうがモスクワだと揶揄されていた。(話は飛ぶが、モカ・コ
   ーヒーの地で有名な中近東のイエメンのモカで、本場モカ・コ
   ーヒーの購入を期待し市場に出向いたが、良質の豆は全て外国
   に輸出されるため、ここでは手に入らないと店主から聞いた。
   これも同様の例である。出がらしのコーヒー豆を指さして、悲
   しそうに笑う店主はハンガリーと似ていた。)資金力が現地の
   主要食料までをも奪う食料メジャーの脅威である。

   安い労働力に目をつけて中・後進国に乗り込み、農業製品・工
   業製品が力のある先進国へ献上される現象は、このボーダーレ
   ス化時代には避けられない宿命だ。日本は第二次世界大戦後ま
   もなく、献上する側から安価な製品を第3国から輸入する側に
   変わった。

   人間の基本である主要食品までをも海外に輸出、その代わりに
   質の悪い食品が自国民に回ってくるか、物価の高い海外から逆
   輸入して、自給自足するより単価が高くなってしまう価格上昇
   の悪循環から抜けられないハンガリー。

   価値観が“共存”ではなく欧米の“弱肉強食”が広がるこの時
   代、体のいい旧ソ連の食料供給地から脱却したものの、EU加
   盟を目前としたハンガリーがEUの“合法的な”植民地になっ
   ていくのは明らかである。

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   ちょっと一言:

   ニューヨーク・ペンタゴンの事件について。グアムで結婚式を
   挙げたSzagamiの従兄弟の親類達が事件の影響で足止めを食
   らってしまいました。間接的な被害にあったと言えるでしょう
   が、この事件を客観的に捉えれば、欧米の価値観の世界的拡大
   への“報復”と感じます。

   外国籍の友人達や知り合いと意見交換してみますと、欧米国籍
   出身者達はやはりテロ犯人への全面的非難とそれに対する報復
   を唱えています。植民地として詐取された過去を持っているア
   ジア、アフリカ系出身者達も当然事件には批判的ですが、原因
   を作った方にも非があるとの意見です。

   欧米国籍の価値観が、世界の価値基準であるという概念がはび
   こる世界情勢では、アメリカに対する完全同情の感情が自然に
   は湧いてこないようです。

   肉弾戦の戦争からバーチャルに切り替わった湾岸戦争、そして
   次なる戦争の新しい形の封印が解かれてしまったことは大変残
   念です。

   またアメリカが世界の同情を背負うことにより、報復を免罪符
   としてしまうことも更なる悲劇を拡大させるでしょう。西側の
   価値観では今回の事件はテロであり、違う価値観を持つ人々に
   は聖なる戦争で英雄的な事件。この価値観の相違を埋めること
   は不可能でしょうが、もう一度何が彼らを追い込んだのか、何
   が原因なのかを客観的に見る必要があるのではと感じておりま
   す。

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