我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第33号   2001年9月22日

        共産時代の借金を背負うには荷が重過ぎる
            年金だけでは生活が苦しい高齢者

   ゆりかごから墓場まで政府が面倒を見てくれることが大前提だ
   ったはずの共産主義。体制崩壊後は生活費が上がる一方で、表
   面に顕れれてこない本当のインフレに、年金が見合って上がる
   わけではない。日々の諸経費をどうにか切りつめながら生活し
   ている高齢者達。

   今年は秋の深まりが早い。徐々に寒くなる例年に比べ、8月下
   旬から気温が下がる一方だ。今週はついに暖房のスイッチを入
   れてしまった。

   ハンガリーではセントラル・ヒーティング・システムが主流だ
   が、各家庭の希望の適温には調節できない、建物一括型の暖房
   システムを導入しているところも多い。建物の管理人の体感温
   度によって温度調節がなされるので、寒い日なのにもかかわら
   ず窓を全開にしたり、なかなかスイッチオンにならない暖房を
   横目で恨めしく眺めながらセーターを着込んだりする。エネル
   ギーをソ連から格安で入手していた時は“省エネ”などという
   経済効果など考慮されなかったため、建物一括暖房システムが
   流行っていた。しかし今の時流には全く適していない。

   暖房をつける時期の2月と、窓を開け放しておくだけで快適な
   8月の光熱費の違いは非常に大きい。独立型セントラル・ヒー
   ティング・システムだが、我家の例を挙げると冬のガス代は夏
   の6倍程かかる。冬が近付いてくると、老いも若きも暖房費の
   悩みが声高になってくる。

   年金だけでは賄えない高齢者に至っては、毎年どこかの路上で
   暖房に対する請求書を手にしながら物乞いを始める。長い愚痴
   を聞くよりも、暖房費がいかに家計を圧迫しているのかを容易
   に窺い知ることができる。

   ハンガリーは1989年の共産主義体制崩壊後に少子化・高齢
   化が進み、現在では60歳以上の高齢者が16パーセントを占
   めている。都市ブダペストではその割合が22パーセントと跳
   ね上がる。観光客で賑わう目抜き通りのヴァーツィ通りや、ド
   ナウ川沿いのホテル群、国会議事堂や聖イシュトヴァーン大聖
   堂を含む5番地区では33パーセントだ。

   共産時代にブダペストの中心地に住んでいた高齢者達は体制崩
   壊直後、不動産の売買、市場の未整備の幸運の元に、既に居住
   していた部屋を政府から破格値で個人所有として買い取ったり、
   収入には見合わない広い住宅を購入する事が出来た。しかしそ
   のゆとりある家の広さが一つの原因で、年々上昇していくガス
   代や第9号(4月6日)でご紹介した電気代を年金では賄えな
   いほどになっていくとは、誰が想像しただろう。

   年金を完全な生活費として考えた場合に、光熱費だけでなくア
   パートの管理費も頭の痛い住居に対する諸経費だ。ブダペスト
   中心地は築100年以上たっている建物が多く、しかも修繕費
   を一度に出せるほどのゆとりがない中で、終わらぬ修復がいつ
   までも続く。そして電話線やエレベーターなどの近代設備は、
   元々建物内に存在しなかったところにつぎはぎして建物に貼り
   付けられており、故障は日常茶飯事である。修繕費を含んだ管
   理費は物価の上昇と併せて年々上がっていく。1平方メートル
   に対し数十から百数十フォリントと決められており、住居が広
   ければ広いほど管理費も必然的に高くなる。

   もちろん生活必需品のインフレを考えたらきりが無い。既に発
   行している“ジレンマ”で物価の上昇については少しずつご紹
   介しているので、ここでは割愛させていただく。

   例えばブダペストの7番地区での高齢者年金の平均受給額は4
   万フォリント弱(約17400円)、法律で定められた労働最
   低賃金4万フォリントより少額である。(年金最低額は更に低
   く1万8千フォリント程、約7800円)。社会保障の一環と
   して、低所得者に対しての光熱費や家賃の援助(世帯所得の3
   5パーセントを家賃・光熱費が超過した場合)が国や市からあ
   るが、上記の年金だけで都市生活を送るのは難しい。地方に住
   んでいる高齢者は、子供や孫からの深い絆の相互援助が都会よ
   りも少なくとも残っている。孫へのプレゼントの購入資金調達
   のために、自分の庭などで育てた野菜や花を近郊や地方から大
   きな荷物を抱えて、ブダペストの市場の周辺や貸し屋台で販売
   する。都市生活の高齢者は、少々体力があれば介護の必要な老
   人の世話をしてお小遣いを稼いだりするが、それでも社会保障
   で日々の生活を賄うには厳しい現状である。

   日本では高齢者の貯蓄額は、20−30代のそれよりも遥かに
   上回る。しかし政府が全ての面倒を見ることが建前の共産時代
   に働き盛りだった今のハンガリーの高齢者達は、その中のぬる
   ま湯の生活に慣れてしまったので、貯蓄の概念はないに等しい。
   そのしわ寄せが現在の生活に降りかかってしまった。テレビが
   部屋の電灯代わりとなり、出来る限り電気は点けない。市場で
   もキロ単位で購入していく肉は骨だらけの出汁取り用ばかり。
   毎月の光熱費の請求書と、1フォリントでも間違いはないか何
   時間も睨めっこしている。老後の旅行など夢のまた夢である。
   先進国の豊かな老後とはほど遠い現実だ。

   もちろん豊かな高齢者もいるが、ハンガリーの市井とは言えな
   い。旧共産党高官であったり、海外へ行くことが不自由だった
   時代に、特殊技能を持ち合わせていたお陰で民主主義を目の当
   たりにできた人々である。そのようなお宅へお邪魔すると、ご
   く自然にヘレンドの食器が日常の中で使用されていたり、芸術
   価値の高い骨董品を所狭しと棚の中に並べているのを見ること
   ができる。

   ところがどんなに豊かな人にも、他の高齢者と同様に先行きの
   不安は常に付きまとう。

   その不安に目を付けた新しいビジネスもある。そして、そこか
   ら犯罪が発生しているという残念な事実がある。特に子供の無
   い高齢者などが、終身介護と財産処理の手配を弁護士と契約を
   結ぶ。弁護士の報酬は依頼者の財産である。悪徳弁護士が不動
   産屋やマフィアと手を組んで、依頼者の生前中に財産を“合法
   的”に手中に収めてしまう事件が多発した。専門的な法律によ
   る事務処理がよくわからずに書類に署名をしてしまう高齢者を、
   不注意だったと責める事は誰にも出来ないだろう。

   第二次世界大戦、共産時代と、苦しい時代をやっと生き抜いて
   きた高齢者が、今度は資本主義の波にもまれている。しかし、
   日曜日や祝日の子供や孫の訪問で、果物から作ったジャムやシ
   ロップ漬、手作りのケーキを振る舞ったことを楽しそうに話す
   様子を見ると、日本では忘れ去られてしまった老人と若者のつ
   ながりに一瞬触れたような気がして何となく心がなごむ。平日
   は日本と同様に福祉センターで演劇や絵画の集まりもある。

   友人の母親は今年90歳の誕生日を迎えた。今は娘と孫と同居
   している。早くに両親と死別し、親戚中をたらい回しにされた
   りと若い時の苦労はたくさんあったが、自分で稼いだ給料で洋
   服を買い、いつもエレガントな装いをして楽しかったと、70
   年以上も前の写真を示しながら回想しているおばあちゃんの笑
   顔は本当にほほ笑ましい。たまに壊れたレコードのように話を
   繰り返すが、いつも元気な活力と朗らかな気持ちを分け与えて
   くれる。そんな素敵なおばあちゃんに来週お菓子を持って訪れ
   る予定だ。

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   秋が一番大好きなSzagamiにとって、毎日雨と寒さで冬に一直
   線だったブダペストにがっくりしていました。ところが何と、
   昨日は久しぶりに快晴で気温もあがり日中は半袖でも歩ける程
   に。マルギット島の銀杏の木を眺めた所、昨年は出足が遅かっ
   たようで、期待した結果は得られなかったのですが、もう実が
   たわわにギンナンが木にぶらさがっていました。来週辺りに茶
   わん蒸し?銀杏の葉っぱもまだ青々としていました。

   我家の前にあるセルビア教会で飼われている白と黒の2匹の大
   きな犬。夏はあんなにばててぐったりしていたのに、涼しい風
   がそよぎ始めた頃から元気一杯。通りすがりの人に挨拶してい
   ます。つい門越しになでてしまうのですが、あまりの獣臭さに
   家に帰ったら手洗い場に直行。でも背中にジッパーがついてい
   るのかと思うほど毛並みはふさふさ。

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