我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第34号   2001年9月29日

          人のふり見て我ふり直せ

   ユダヤ人が多いハンガリーを語る上で避けては通れない大きな
   話題。どの時代、どの地域でも迫害されてきた歴史を持つユダ
   ヤ人。彼らはハンガリー社会の重要なポストを握っている。し
   かし、現在もハンガリー人のユダヤ人に対する差別意識は強い。

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   “私には丸一日絶食なんてできない!”物が溢れる今の世の中、
   飢えに対する経験が乏しい事は仕方がない。20歳になったば
   かりのハンガリー人の女性が眉をひそめた。

   “最近ではこの戒律を守らないユダヤ人も多くなったけど、こ
   れはユダヤ人の神聖な宗教的行事なんだ。”伝統を重んじるユ
   ダヤ人が彼女を諭す。

   9月17日のユダヤ教の新年のお祭りに引き続き、一昨日は最
   も聖なる祭日、ヨム・キプール祭であった。ユダヤ人の罪を贖
   うために山羊を生贄にする、旧約聖書に規定された断食日であ
   る。(罪を山羊に負わせたことから“スケープゴート”という
   言葉が生まれた。)

   多くのユダヤ人が前日の日沈から一昨日27日の日没まで、カ
   フェイン、煙草、アルコール類は勿論、水以外一切の食事を口
   にしない。“一年間で体に溜まってしまった毒素を全て吐き出
   し、体の組織をきれいにするんだよ。”終日絶食を未だに納得
   できない女性に説明を続ける先のユダヤ人。労働もしてはいけ
   ない。テレビも見ない。読書は許されるが(不謹慎な雑誌等は
   勿論御法度)、書く行為は労働に値するので許されない。この
   戒律を守るユダヤ人達は、この日は部屋でおとなしくしている
   か、シナゴーグ(ユダヤ教会)にお祈りに行く。ハンガリーで
   も休日となったユダヤ企業は多い。

   “子供の頃は厳格にこの戒律に従ったけれど、今は気にせず食
   事もするし、アルコールも飲むよ”と言うハンガリー育ちのユ
   ダヤ人。

   ブダペストの中心に位置する、収容人数3000人を誇るヨー
   ロッパ最大のシナゴーグ。併設されている博物館の内部見学の
   際は金属探知機をくぐる。ユダヤ人であったシャガールの展示
   会が現在開催され、市民や観光客で賑わっている。シナゴーグ
   周辺では、黒い服に身を包み、彼らのトレードマークである髭
   を蓄えた戒律を厳しく守る信者をよく見かける。

   第二次世界大戦終了時まであったブダペストのゲットー(ユダ
   ヤ人強制移住区域)は、このシナゴーグを取り巻くように位置
   していた。この地区には更に幾つかのシナゴーグが現存し、今
   もなお多くのユダヤ人が住んでいる。

   ハンガリーでのユダヤ人の歴史はマジャール人よりも古い。紀
   元3世紀前半に古代ローマ帝国はドナウ川流域にまで勢力を伸
   ばしたが、同時に現在のハンガリーの土地にユダヤ人が移住し
   てきた。ヘブライ語で書かれた石碑も発掘されている。

   中世においてユダヤ人の生活に制限があったのは当然だが、ハ
   ンガリーでは彼らは他のヨーロッパの国々に比べて安全に住む
   ことが出来た。1251年ベーラ4世はユダヤ人に対して、“税
   金さえ納めれば庇護を与える”という単純明解な特権を認めた。

   16−17世紀ハンガリーがトルコに占領された後のハプスブ
   ルク帝国統治時代に、更にユダヤ人が流入。国内のユダヤ人人
   口は、1769年の2万人から1787年には8万人へと急増
   する。マリア・テレジア没後の翌年1781年には、革新的な
   ヨージェフ2世によって都市の居住許可を与えられる。そして、
   学校の設立、商業活動の従事、土地所有の権利を手に入れた。

   20世紀初頭にはブダペストの人口の4分の1がユダヤ人で占
   められるようになる。反ユダヤ主義者達が“ジュー・ヨーク”
   と併せて“ユダペスト”と揶揄したのも、笑える話ではない。

   大戦時にハンガリーはナチス・ドイツの手に落ち、多くのハン
   ガリー内のユダヤ人がアウシュビッツに送られ、60万人がホ
   ロコーストの犠牲者になったと言われている。現在ハンガリー
   全体では7−8万人のユダヤ人が住み、その半数は65歳以上
   の高齢者でホロコーストの帰還者も多い。

   2001年4月20日発行第11号で、ドイツ人などの選民意
   識が強い民族に比べれば、ハンガリー人のユダヤ人に対する差
   別意識は低いと思うと紹介したが、それでも彼らに対する差別
   は確実に存在する。“外部からの人々に寛容的な私の国から見
   ると、ハンガリーはアンチ・ユダヤだと思う。ユダヤ人に対す
   る嫌悪感は少なくとも私の周囲には見当たらなかった。彼らが
   知識人だから尊敬していたぐらいよ。”とポルトガル人の女性。

   単なる嫌悪感に起因するユダヤへの罵声は、労働者の口から簡
   単に聞くことが出来る。“今の会社を辞めなかったら、お前と
   は絶交して会社を潰してやる、と昨日友人に脅かされたよ。”
   と困った顔で相談してきたのはユダヤ人の会社に勤めるガード
   マン。

   対ユダヤ人との直接的な係わりは少ない労働者だが、普段の生
   活の不満を民族主義者の扇動に “上手”に迎合させられてい
   るように見える。(因みに極右でアンチ・ユダヤを標榜する政
   党は国会の386の議席の内14つを占める。)

   “ハンガリーの重要機関で幅を利かせているユダヤ人の駆除に
   立ち向かわなければいけない。何かのときには手を貸してく
   れ。”冗談として聞き流すことが出来ない内容の言葉をかけら
   れたのは、博物館館内でのこと。風貌は国粋主義者(完全にネ
   オナチ)。ハンガリーでは経済界や不動産業界、マスコミ界は
   ユダヤ人コミュニティーが掌握していると言われている。

   表紙に鉤十字のマークが描かれているナチス・ドイツの本やヒ
   ットラーについての本を、堂々と販売しているブダペストの多
   くの本屋。

   逆に、ビジネスや学問界などで、ユダヤ人と実際に接する機会
   がある(または避けることのできない)中流層や知識層では、
   どのような感情が醸造されているのだろうか。特に知識階級に
   属するハンガリー人からは、ユダヤ人に対する直接的な偏見や
   嫌悪を通常の会話から聞くことは非常に難しい。彼らの“リベ
   ラリスト”を貫ぬく態度は、人種差別意識を表すことを許さな
   い。

   オーストリアのハイダー政権に対するヨーロッパ諸国の反応は、
   反ユダヤ主義・民族主義の拡散を恐れたものだった。政府や国
   が制御しようとしても、経済の成長が鈍化すれば民衆が自ずと
   “保守的”に傾倒していくのは回避できないことなのだろうか。
   民衆から見てユダヤ人は、それこそ社会に対する不満への“ス
   ケープ・ゴート”なのか。

   反ユダヤの原点は何か?ユダヤ人が多いハンガリーでこの問題
   の紐を解くことは、ハンガリー社会やハンガリー人を更に理解
   するために不可避である。

   ただ私個人としては、友達として、会社として、また知り合い、
   ご近所さんとして多くのユダヤ人と接してきたが、人を受け入
   れる最初の間口は非常に広いと感じる。しかしお金を取り巻く
   各種の卑見は、あながち嘘ではないことも見えてきた。

   また私は彼らにストレートに質問を投げかける、“何故ユダヤ
   人は嫌われるのか?”

   “わからない、でも私達は何も悪いことをしていないのに皆が
   嫌う。”

   問題の原点を自己に見いだそうとしない出発点が、彼らの過ち
   ではないか。相手が嫌うのはそれなりの理由があるわけだ。そ
   の理由についてはテーマが違うのであえて列挙はしないが、彼
   らも自分にも問題があると気が付かなければ、いつまで経って
   もハンガリー人の嫌悪感がなくならないだろう。

   外国に住む日本人として、ハンガリーに受け入れられるために
   何が必要なのか。どの時代、どの地域においても迫害されてき
   たユダヤ人の行動を見れば、自ずから見えてくるような気がす
   る。ユダヤ人は私の行動学の反面教師になってくれている。

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   エディー・マフィーの映画作製のため、王宮周辺で大きなセッ
   トが設置されていました。既に解体準備に入っていたのでごみ
   の山となり土煙がもうもう。クラーク・アダム広場から王宮に
   上がるまでのケーブルカーの横に大きな電灯が設置されていま
   したが、一体どこを照らしていたのでしょうか。

   ブダペストのシナゴーグを今日の一枚に載せました。

   最近訪れましたヴィッラーニのワイン訪問記を明日UPします
   ので乞うご期待。

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