我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第40号   2001年11月21日

      “自然保護”とは一見きれいな言葉だが・・

   “この研究に携わるまでビーバーのことなんて考えてみたこと
   もなかったけれど、大人しくて人に危害を加えないし、本当に
   可愛いのよ。今ではこのプロジェクトが終わってしまっても、
   自分の担当している追跡調査は継続したいと思うほど、この小
   さな動物にのめり込んでいるの。”

   ボジェール・オルショイアさんはまだ大学5年に在籍している
   が、1996年当初にWWF(世界野生生物基金)主導で始ま
   った、ビーバーをハンガリーに甦らせるというプロジェクトの
   生態追跡調査を担当している。ビーバーを他国から連れてきて
   定住させる試みだ。毎年ドイツやポーランドで捕獲されたビー
   バーをドナウ川支流、ティサ川などで数頭づつ放流している。
   今年は10月31日に、ティサ川上流に位置するオレグ・トゥ
   ールOreg-turで10頭が放たれた。まだハンガリーでの総数は
   50頭にも満たないが、少しずつその数を増やしている。

   北米では19世紀、激減したビーバーを繁殖させる計画を推進
   し成功を収め、ヨーロッパでも繁殖計画が導入された。ビーバ
   ーが絶滅の危機に瀕していたオーストリア、ドイツ、ポーラン
   ドで成果を上げたため、続いて既に絶滅してしまったハンガリ
   ー内でも再びビーバーを、という計画だ。

   あまり知られていない事だが、19世紀までのハンガリーは水
   に覆われた大地であった。雨期には実に国土の25パーセント
   を河川や湿地帯・氾濫原が占めた。水鳥の楽園でもあり、ビー
   バーの貴重な住処でもあった。ところが1820年代に近代化
   の名のもと、広大な平原を自由に蛇行しながら流れていた川に
   堤防が築かれ、湿地帯・氾濫原には治水工事が行われ、ビーバ
   ーは住処を失った。

   また16世紀頃からビーバーの分泌液が万能薬として珍重され
   るようになり、19世紀には毛皮や食肉の用途として狩りの対
   象になったことも、ハンガリーからビーバーが1854年以降
   完全に姿を消してしまった理由だった。

   ブダペストの観光名所である鎖橋を建設し、河川の治水工事、
   鉄道などの交通網の整備を大規模に行い、19世紀のハンガリ
   ー近代化の父として崇められているセーチェニ・イシュトヴァ
   ーンは、自然界という観点から見れば破壊の帝王といえるだろ
   う。治水工事により、氾濫原や湿地帯が持っていた大洪水の安
   全弁の役割が消滅し、毎年のように河川流域での大規模な洪水
   を引き起こす原因となった。(3月30日発行第8号参照)乾
   期に適度に水を供給し、養分を運んでいた経路が断たれた湿地
   帯は乾燥していった。

   近代化の波はハンガリーだけでなく、欧米においてもでビーバ
   ーを激減させた。1866年、アメリカで初めて保護が実施さ
   れ、1920年代に北欧やロシアで保護活動が行われ始める。

   自然保護団体としてのWWFの最終目的は、今ある生態系を崩
   さず以前の自然環境をハンガリーに取り戻すことである。19
   世紀中頃に絶滅した以前の生息域にビーバーを定着・繁殖させ
   ることが、プロジェクトの幹となる。

   しかしここで問題なのが、ビーバーを放つだけでは食物連鎖を
   断ち切らないのか、自然破壊にはならないのか、19世紀の自
   然状態に実際にはどの程度戻るのかということだ。ハンガリー
   内において絶滅または減少したのはビーバーだけでない。オオ
   カミやクマ、そして森林も保護されるべき対象だ。

   実際には北米で、20世紀初頭に人工繁殖が成功し、逆にビー
   バーの数が増えすぎて問題化してしまった。WWFオーストリ
   ア支部では、ビーバーが街に出没し木をかじり始めるという、
   ビーバー企画の被害が報告されている。オーストリア政府が被
   害対策への費用を捻出するという、何とも滑稽な話である。

   以前の“本当の”自然環境に近付けるには、食物連鎖を考慮し、
   ビーバーを保護すると同時にビーバーを補食するオオカミや熊
   の数も増やす必要がある。それだけではなく、動物の繁殖のス
   ピードに合わせて、森林などの環境も同時に備えなければなら
   ない。ところがオルショイアさんはこともなげに言う。 “ビー
   バーの方が、オオカミや熊より現地住人に受け入れられやすい
   でしょう。”人間の身勝手な“都合”で危険な害獣になりうる
   オオカミや熊は、その自然のスケールに合わせて放つことがで
   きないというのだ。

   “将来的にビーバーが人間生活を妨げるようになったり、数が
   増加し過ぎて人間に不利益をもたらすようになったら、またコ
   ントロールすればいい。”コントロールとはつまり、ビーバー
   が絶滅してしまった最大の理由、ハンティングのことである。

   自然環境が崩壊した原因は、人口増加や便利な人間生活のため
   に、都合よく自然に手を加えたことだ。それが研究で十分に立
   証されているにもかかわらず、再び破壊した元凶である人間の
   手で自然を戻そうとしている。私にとって、欧米の自然に対す
   る概念は“人間の生活は壊さず”を基本としていると確認した
   瞬間だった。

   ビーバーに関する他国での被害が既に明らかなのに、それでも
   企画を遂行しようとする。予定より繁殖数が超過したり、プロ
   ジェクトの進み具合で自然体系のバランスが崩れてきたら、再
   度人間による狩猟で数をコントロールする。

   厳しい自然環境のヨーロッパでは、人々にとって自然とは、畏
   怖するものであり征服すべきものであった。近年、自然環境保
   護を先頭切って訴えるのは欧米人であるが、ジャン=ジャック・
   ルソーが自然回帰を説き大衆がそれを受け入れ始めた。自然に
   対する概念が180度変わって人間が自然の一部だと認識する
   のは、18世紀になってからのことである。人の生活が自然との
   調和の中で営まれてきた日本人的な発想とは、全く相反してい
   る。切り立ったアルプス山脈や深い森は恐怖の対象であり、自
   然を“愛でる”という発想が存在しなかった。

   ビーバーと現場で触れ合い、“保護活動”の現実を見てきてい
   るボジェールさんの端的な回答の中にも、その欧米的考えをは
   っきりと認める事ができる。人間が自然界の頂点に立つべきだ
   という概念は全く揺るがない。“人には自然が必要であるけれ
   ど、今の時代では人間がコントロールしないと自然は減少する
   一方だわ。だからその手助けをしているの。”
    
   未だに手付かずの自然に人間が手を差しのべることが、現代社
   会の“自然保護”である。完全に以前の姿に自然を戻すことは
   無理だが、コントロール(手を加える)することで、少しでも
   元の環境に戻ればいいという考えである。減少した動植物も人
   が積極的に関与すべきであるとの概念が非常に強い。“自然と
   の共存”ではなく、“人間による自然支配”である。自然のサ
   イクルを肌で知っている日本人から見れば、欧米の自然保護に
   恒久性は見えてこない。そして、世界的な経済第一主義が次第
   に“自然をコントロール”の方向に向かわせていることは、日
   本のエゾシカやニホンザルの問題にも同様に発見できる。

   “自然保護”という名目で人間の一方的な有益性を重視した行
   動は、更なる“自然破壊”への道を切り開いているだけである。
   それが近代社会の自然への基本的概念であるならば、“自然保
   護”など単なる建前でしかありえない。

   ハンガリーでは今年から“セーチェニ・プログラム”と名付け
   られた2カ年計画が始まった。主に交通網の整備、住宅、外資
   との合弁に対しての援助などが行われ、約6300億フォリン
   ト(2800億円)の予算がつぎ込まれる予定である。科学や
   医療・文明が発達したと人間自身が自負しても、150年以上
   前に近代化が推し進められた時と何ら変わることはない。

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   ★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★★

  ●近所に住んでいるおばあちゃん、買い物の時もお散歩の時も飼
   い犬の黒いダックスフンドといつも一緒。このワンちゃんはと
   ても賢く、必ず小さな買い物篭を口にくわえ、おばあちゃんの
   身の回り品、ティッシュやたばこを運んであげていました。と
   ころが先日おばあちゃんとばったり会って、涙目で訴えられま
   した。“彼の篭が心無い人に盗まれたの。”“え?彼は盗まれ
   ていないですよね?”“ええ、それは大丈夫。ちょっとした小
   物も買って篭に入れておいたけれども、それも一緒に。彼は今
   部屋でとっても落ち込んでいるのよ。”ハンガリーでは紐で繋
   がれていないワンちゃんも多いので、彼が盗まれなかっただけ
   でも不幸中の幸いだと思ってしまいました。

  ●先日、友人のアパートを訪れた時の事、何と階段に乾燥したう
   んちが転がっていました。それも”ローズの家んところの犬
   の!”という、ワープロでタイプ打ちしたA4の紙の上にご丁
   寧に”置かれていた”状況。ここの建物の住民関係はどうなっ
   ているのでしょうか?

  ●急に寒くなってきたハンガリー、今週には雪が降るだろう毎日
   皆ささやいています。紅葉も急に進み、朝もやは10m以上の
   視界さえ遮っています。

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