我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第41号   2001年12月13日

   読者の皆様大変ご無沙汰しておりました。師走も近付き何か暖
   かい話題でもと思っているうちに時が過ぎてしまいました。言
   い訳無用ですが、やはりタイトル通り暗い話題ばかりでも、そ
   れを貫いていこうと再認識いたしました。またこれからも宜し
   くお願いいたします。

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        クリスマス・シーズンの光と闇

   キリスト教が国教であるヨーロッパの国々にとって、12月は
   一年で一番大切な、そして盛り上がる季節。ハンガリーの12
   月5日はサンタクロースがやってくる日。家族中でチョコレー
   トや小さなプレゼントを交換する。そして25日のクリスマス
   に向けて街中は益々熱気を帯びていく。市場ではご馳走用の七
   面鳥や子豚の丸ごと一匹が店頭に所狭しとぶら下がっている。
   共産時代には宗教の信仰の自由がなかったが、(9月1日発行第
   31号参照)2004年のEU加盟を準備をしている現在、10
   年以上前は宗教信仰者を迫害していたことなどすっかり忘れて
   いるようだ。

   普段は貯金など遠い夢と悲壮感を漂わせているハンガリー人が、
   この時とばかりクリスマス・プレゼント購入の消費活動に勤し
   む。実は内緒でタンス預金でもしていたのだろうかと思いきや、
   ハンガリーでは"13カ月目の給料"と称されるボーナスが、多
   くの企業から従業員に支給される。

   ところがこの13カ月目の給料とは全く縁遠い人々が、例年と
   同じく冬の寒さに震えている。少しでも雪や冷気を避けようと、
   地下通路に日増しに増えていくホームレスだ。数年ぶりに冷え
   込む今年の冬は、日中も連日マイナスを記録している。暖冬な
   年でさえ暖房費の支払いが一つの話題となるこの季節、老人の
   物乞いが例年より多く感じるのは気のせいなのだろうか。

   近年最も寒さが厳しかった1997年の冬は、76人のホーム
   レスが凍死した。クリスマスの休日にひっそりと息を引き取っ
   た者は17人。史上最高の凍死者を出したその年を、今年は上
   回るかどうかは来春にわかるだろう。

   ハンガリーのホームレスの出現が顕著になったのは、1989
   年体制崩壊直後である。建前上、国民が皆平等であることを標
   榜していた共産主義時代では、職に就かないことは“犯罪的行
   為”と見なされ、警察の職務質問時に留置所に入れられること
   もあった。多くの余剰人員を国営企業が抱え、経済活動とは到
   底呼べないような非効率な経営が存在した。しかし、“主義”
   が卓上の計算の上で最重要視され仕事が必ずあったために、
   人々は生活だけでなく精神的な安定も保証されていた。労働者
   用の簡易宿泊所も数多くあり、共産主義が続く限り、基本的に
   はホームレスが生まれない社会構造になっていた。

   その簡易宿泊所が体制が崩壊したと同時に、ブダペストだけで
   も2000−3000も閉鎖され、多くのホームレスを生み出
   したことは不思議なことではない。

   どの時代でも都市が発達すれば、必然的にホームレスは発生す
   る。ハンガリー国内では、1890年代から地方自治体が貧し
   い人やホームレスのために簡易宿と食事を提供していた。ブダ
   ペストにおいては、これらの簡易宿のベッドは単に経済的に貧
   窮した人々も自由に使用することができた。そしてこのような
   公共サービスは第二次世界大戦前まで継続した。

   体制崩壊後の1990年、労働者用の簡易宿の代わりにホーム
   レスのための施設がブダペストに誕生する。最初は37個所で
   あった。その後、1993年に全国に137施設、4000ベ
   ッドが用意される。1996年には全国でベッド数約7300
   と、確実に増加していった。現在はブダペスト内だけでも40
   00以上のベッドが用意されている。

   詳しい統計は算出されていないが、ブダペストだけで1万5千
   から3万人、地方ではその倍の数のホームレスが存在すると、
   多くの慈善団体が概算している。今年9月末での日本のホーム
   レスの数は、24090人(2年前と比較すると18パーセン
   ト、3639人増加)。人口対比で単純計算すると、ハンガリ
   ーは少なくとも日本の23倍のホームレスが居ることにな。ブ
   ダペストに至っては18−65歳の人口に限定すれば、80人
   に一人がホームレスだ。

   体制崩壊をソフトランディングできなかったハンガリーは、今
   もなお社会の様々な欠陥の修復の課題を残したまま、あっとい
   う間に10年余りを過ごしてしまった。そしてまた新しい年を
   迎えようとしている。日本でも最近見られるようになってきた
   貧富の差が、ハンガリーでは主義が変わった後、急速に、そし
   てあからさまに開いていった。ホームレスへと転落していった
   のは、その富の偏在によって最低の社会生活ですら営めなくな
   った人々だ。

   問題はホームレスの存在ではなく、ホームレスを大量に生み出
   す社会構造が闇に葬り去られていることである。主な原因とし
   ては、労働需要に当てはまらない未熟練労働者と雇用者間のミ
   スマッチ、就業人口の絶対数を満たすことができない労働市場
   が筆頭に考えられる。

   また急激な社会変化に対する人々の不安は、ホームレスだけで
   なく、一般市民にも見られるアルコールへの依存や逃避から容
   易に推測できる。因みにハンガリー人の10人に1人がアルコ
   ール中毒だと推定されている。1960年代は子供から老人ま
   で含めて計算して一人当たりのアルコール消費量が年間6リッ
   トルに対し、1990年代は11リットルと急増している。

   しかし更なる問題は、上記の増加したホームレスの背後に、慢
   性的な栄養不良である2万人の子供を抱えた貧しい家庭が予備
   軍として控えていることである。

   “母は看護婦で、仕事があるだけましだった。夜勤が多いのに
   もかかわらず薄給で、僕が子供だった頃は一週間分のスープを
   作って仕事に行っていた。朝昼晩同じ食事でね。母が必死に仕
   事をしていたから当然文句は言わなかったけれど。”ルーマニ
   アに接する国境町出身の24歳の彼。産業基盤が脆弱なため、
   ハンガリー東部・北東部は特に貧しい地域と言われている。こ
   の地域周辺では彼はまだ恵まれた方である。子供給食基金のレ
   ポートによると、“一袋(50kg)のジャガイモ、5kgの
   ラード、豚の肋骨とタマネギで、育ち盛りの子供のいる家族4
   人一カ月分の食料を賄う。子供達はタマネギで味付けられたジ
   ャガイモを一日2皿のみ。来る日も来る日も変わらず・・”

   共産時代に重工業地帯として発達した北東部の都市ミシュコル
   ツは、資本主義に移り変わった後、外資・西側企業の誘致に失
   敗した代表例である。また貧しい家庭からは高等教育を受ける
   機会が低くなるため、いつまでたっても低賃金の労働しかでき
   ない。悪循環から抜け出るためには外部からの援助がなくして
   は達成されない。

   多くの慈善団体や地方自治体がホームレスに対して食事の無料
   配給、無料医療サービスなどを行っている。クリスマス前後や
   年末年始はブラハルイザ広場などで恒例の無料の温かい食事が
   配られる。寒さに震えながら一杯のグヤーシュ・スープを待つ
   ホームレスの長蛇の列ができる。

   ある慈善団体に参加している知り合いは、普段は丘の上の大き
   な家に住んでいる。ホームレスへの食事無料配給の活動は1、
   2ヶ月に一度。仕出しの買い付けは高級車で出かける。ホテル
   で開催される豪奢なパーティに参加し、そこで募られた募金や
   収益が慈善事業に回される。温かい暖炉と雨漏りがない屋根の
   下で、テレビ画面の向こうで家がないことを訴える人々にたっ
   た一日だけスープを注いであげても、将来的にホームレスの
   人々に住む場所ができる状況などにならない。

   雇用創出、雇用機会の多様性が問題解決のキーポイントになる
   ことは明白だが、円熟した世の中の経済から更に捻出するには
   いささか無理がある。富める者が貧しい者に単に施しをして救
   済するのではなく、現在の自由勝手な市場経済における富の新
   たな配分方法を模索しなければいけない時期に来たのかもしれ
   ない。

   毎年延期されているハンガリーのEU加盟は今の所2004年
   予定。それも1989年体制崩壊と同規模のインパクトをハン
   ガリー社会に与えるだろう。加盟賛成者も反対者もそれぞれの
   意見を持っているが、彼らもまた1989年以降、屋根のある
   生活を営めずにもがいている人達と同様に、再び新たな波に飲
   み込まれてゆくであろう。

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   ★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★★

  ●マイナス6度の中のお散歩。屋台のホットワインを飲んではお
   店に入って身体を暖め、外に出た瞬間に体が冷えきる。そんな
   ことを1時間程続けて、ついにお散歩は諦めました。

  ●大理石の建築物程、自然の冷暖房が完璧な建物はありません。
   夏は涼しく、冬は暖かく。あまりの寒さに聖イシュトバーン大
   聖堂に逃げ込みました。ちょうどクリスマスの催し物の合唱の
   練習中。ろうそくの立ち並ぶ祭壇の前で、普段着で歌う合唱団
   の美声にしばし聴き入ってしまいました。

  ●ブダペスト郊外へのバスの中、木々に張りついている氷と雪の
   あまりの神秘的な光景にうっとり。青空の広がった日、木から
   舞う氷は陽の光に反射して七色に光っていました。

  ●木から舞う氷ではなく、ハンガリー人から振りまかれるウィル
   スには要注意。風邪を引いていないハンガリー人を探し出す方
   が難しいほど。コンピューター・ウィルスも最近多いですし困
   ったものです。

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  ●お知らせ:
   先日訪れたのみの市のレポートをHP上にUpしましたのでご
   覧下さい。詳細

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