我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第44号   2002年1月22日

          あだ花になりえぬブダペスト

   日本から仕事や旅行でいらっしゃる方々にお会いしたり、ホー
   ムページの掲示板に書込をして頂いてよく耳にするのだが、ハ
   ンガリーには“何となくホッとする”雰囲気があるらしい。マ
   ジャール人のルーツは、カルパチア山脈の麓からやって来たア
   ジアの流れを汲む民族だとの自負がハンガリー人にあり、それ
   が日本人に説明のつかないアジア人の同胞的感覚をもたらせて
   いるのかもしれない。

   ドナウ川に隔てられた、ブダ側とペスト側の風景の絶妙なコン
   ビネーション、ライト・アップに照らされた格式あるヨーロッ
   パ建築の夜景を楽しむドナウ・クルーズ、スペイン・コレクシ
   ョンが豊富な美術博物館、トルコ時代に建てられた温泉、パプ
   リカがふんだんに使われたハンガリー料理、海外のコンクール
   でも数々の賞を獲得しているワインなど、観光資源には事欠か
   ない。

   それにもかかわらず、クリスマスを過ぎると観光客が激減する。
   日本人観光客だけではない。物価の安さが目当てで訪れる周辺
   諸国のドイツ人やオーストリア人、常に大勢でたむろうイタリ
   ア人やスペイン人の学生達。寒い時期になると一斉に暖かい国
   に矛先を変える旅行者。コートの襟を立てても、寒くて徒歩観
   光には不向きなブダペストにはなかなか訪れない。王宮周辺は
   世界遺産に指定されているとは思えないほど閑散としている。
   毎年の事である。

   加えて今年は9月11日のニューヨークの事件が引き金とな
   り、世界中で旅行者の出足が鈍った。自動車での旅行者すら、
   めっきり減ってしまった。ホテルや飲食業などのハンガリー観
   光産業が、他国同様に大打撃を受けたことは説明するまでもな
   い。2001年夏場まで順調な伸びだった観光客数が全体値を
   牽引したため、1月から11月までの累計では旅行者数は28
   85万6千人を超え、2000年の記録を割り込むことはなか
   った。ところが11月を前年と比べると、9.6パーセント減(2
   80万人)である。国際会議の会場として近年人気が高いドナウ
   川沿いのホテル群も、相次ぐキャンセルに悲鳴をあげた。知り
   合いの働く中流ホテルも、冬を前にして稼働率が15パーセン
   トまで落ち込み、どうすることもできないと意気消沈している。

   1980年以降30のホテル建設が着工されているが、そのう
   ちメルキューレ・グループや旧警視庁を改装したメリディアン
   などの14のホテルは、僅か1999年から2000年の2年
   間にオープンされた。現在も鎖橋正面のグラシャム・パレス・
   ホテルや19世紀末に一世を風靡したニューヨーク・カフェ近
   くのロイヤル・パレス・ホテルなどが建設中で、観光客を迎え
   るハード面を更に充実させようとしている。

   しかし建設ラッシュというハード面の充実さに比例して、観光
   客が何度も訪れたくなるような無形の観光資源の継続的な保
   全・インフラ整備は行われているかが大いなる疑問だ。

   通常旅行者は、自然、建築物、風景、人々に惹かれ、買物や食
   事、物価の安さなどの要因を加味して旅行先を決定する。それ
   に治安の良さや政治情勢の安定性も考慮される。ブダペストで
   一時期問題になった外国人観光客を狙った偽警察犯罪も、警察
   の大量検挙が功を奏したため最近は殆ど見かけなくなった。

   日本人観光客の間では、ブダペストはよくチェコのプラハと比
   較される。共に海がなく、元共産主義国であり、団体旅行のス
   ケジュールではウィーンと共に含まれる。持ち味や雰囲気に大
   きな違いはあるが、観光客にとっては両都市ともそれぞれ魅力
   的だ。

   大まかな計算ではあるが、ハンガリーを訪れる観光客数はチェ
   コの約1.5倍にも係わらず、残念ながら一人当たりの消費額
   はチェコを訪れる観光客の2分の1以下である。ハンガリーに
   在住する私としては少々ショッキングである。両国の観光促進
   プロモーションの違いが、一つの原因だろう。ハプスブルク帝
   国時、貴族の街プラハ、商業のブダペストと言われた通り、
   一級の芸術品や博物館、建築物がプラハに集まっている。ブダ
   ペストも19世紀末に建築バブルが起こり、ウィーンやイタリ
   アから多くの芸術家がなだれ込んできた都市である。そしてそ
   の建物にある彫刻はどれをとっても素晴らしいのにもかかわら
   ず、チェコの整備・維持が、ブダペストのそれに勝っている印
   象がある。

   旅行会社やホテル、土産物屋などの観光業に従事している者は、
   外国人観光客が落としていく消費額を学び、西側諸国に近い値
   段設定をし始めた。観光施設等の外国人御用達の値段はその国
   の物価と違うのは古今東西共通することだが、それでも昔は安
   価だった。そしてその外国人御用達の値段に安さを感じなくな
   ってきた。

   日本でのミネラルウォーターの値段を聞かれたので回答する
   と、同じ値段をメニューに載せてしまったレストラン・オーナ
   ーの友人。旧西ドイツ出身の友人がブダペストを訪れたとき、
   洋服屋で子供服を眺めていたが、予想以上の価格に何も購入せ
   ずに帰国した。

   夏の観光収益だけでは旅行業に従事する者が冬を越せないた
   め、シーズン中に冬の不足分を補おうとするのも、“お値ごろ
   感”を打ち壊す要因の一つだ。

   ハンガリー人が更なる収益を求めるのであれば、サービスやイ
   ンフラの質を上げないと観光客には不満が募るばかりだ。安値
   のために甘んじていた“共産的”サービスだが、今や値段が高
   くなったせいでご愛敬では済まなくなっている。“お値ごろ感”
   の低下と歴史的建築物・史跡の整備の不備が目に付くようにな
   ってしまった。ソフト面の充実性が急がれるが、ハンガリー人
   自身が気が付いていないため、ハード面とソフト面の距離が
   益々開いていく。

   私が旅行者としてハンガリーを訪れた1991年の冬、ブダペ
   ストの市内交通機関の1日券が80フォリント(当時の両替レ
   ートで約80円)、2002年の新料金では850フォリント
   (約415円)に値上がった。同時期リスト音楽院ホールでの
   コンサートは僅か50フォリント(約50円)だった。

   ブダの王宮周辺などの落書きの多さは、インフラ不整備の代表
   的な例だ。“漁夫の砦”からのペスト側の絶景が無料でなくな
   り、入場料の値上げ率も年率2割だ。隣のマーチャーシュ教会
   もついに入場料をとるようになった。そしていつまでも消され
   ない落書きに対する行政の取り組み姿勢。

   EU加盟予定の2004年が近付くにつれ、西側のサービス、観
   光資源の整備がより求められる。確実にEU内の物価に近付いた
   とき、サービスを含めた観光資源の魅力と内容だけでパリやロ
   ーマと競争することになる。その時に初めて今までの観光産業
   の戦略の違いに気が付いても既に遅い。過去の建築物の遺産や
   無形文化に観光業が依存するのであれば、その維持に対する経
   費と努力を惜しんではならない。

   第一次世界大戦時に失った沿岸部などの土地に、今でもノスタ
   ルジーを馳せるのと同様に、“ブダペストは昔、観光客で賑わ
   った”などのぼやきをハンガリー人から聞きたくない。そのた
   めにもホテル等、箱だけのインフラだけでなく、サービスや観
   光資源としての街並み、建築物の整備といったソフト面の強化
   も継続してほしい。人によってつくられた都市の美しさは、人
   の手を介さなければその魅力は色褪せ、朽ち果てていくだけな
   のだから。

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   ★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★★

  ●クリスマス後で、道を行き交う人々のコートや靴、鞄が真新し
   いのが目に付きます。家族同士のプレゼント交換でもらったの
   でしょうか。友人は頭のてっぺんから足の先まで、“これは父
   から。これは妹から。”と一つずつ説明してくれました。でも
   彼女が彼氏へのプレゼントは小さなヒーター。家の暖房器具の
   調子が悪く、大変喜んでくれたとか。

  ●ブダペストの南にあるチェペル島の端っこ、ラーツケヴェ
   Rackeveをぶらぶら散歩してきました。何と完全に凍ったドナ
   ウ川でスケートをする子供達の姿が。つい嬉しくなって、
   Szagamiも走って氷の上に降りたってしまいました。遠くにみ
   えるドナウに掛る橋を川の真ん中からパチリ。HPの今日の1枚
   にしました。少しだけ溶けている水の中ですいすい泳ぐ鴨さん
   や白鳥さん達。うっすらと積もった雪に残る彼等の足跡。冷た
   い空気のもやの中に浮かび上がる景色。ヨーロッパのシーズ
   ン・オフは博物館や美術館の閉館や、交通機関の減少など不便
   さが増しますが、乾燥した冬の空気の物悲しい雰囲気での散歩
   もいいものです。

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