我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第48号   2002年3月18日

   購読者の皆様、大変お待たせいたしました。3年ぶりの約3週
   間の日本滞在を終え、3月6日にハンガリーへ戻って参りまし
   た。物に溢れ、素晴らしいサービスを受け、故国の美味しい料
   理に囲まれて、いい滞在をしてきました。新聞や雑誌を賑わせ
   ている治安の悪さや閉塞感は、意識しないとあからさまには見
   えませんでした。しかし目を凝らしてみると、日本が、日本人
   が、何処か歪んでしまっているように映りました。ハンガリー
   のジレンマをお届けしている通常とは少々趣向を変えて、
   Szagamiが感じた日本のジレンマを、外側から捉えて徒然なる
   ままに書こうと思います。2、3回程のおつき合いを宜しくお
   願いいたします。

     若年層のコミュニケーション・ツールが生み出す逆説

   今年2月、3年ぶりに我が祖国日本に帰国した。通信網が発達
   している今の世の中、様々な方法で海の向こうの母国の情報を
   得ることは、さほど困難なことではなくなってきた。テクノロ
   ジー立国日本の状況を、常にインターネットや時々手にする週
   刊誌等で確認しているつもりであった。

   ところが百聞は一見にしかずである。老若男女、成田の入国カ
   ウンターに並びながら、手に手に何やらメタリック色の四角い
   小さいハイテク・グッズを取り出し始めている。

   成田に到着したばかりで入国手続きを済ませていない日本人は、
   書類上まだ日本にはいないことになっているが、日本国内の電
   波を携帯電話で受信することができる。海外から戻ってきた旅
   行者やビジネスマン達は、携帯電話に入っているメッセージの
   確認作業を待ち切れない様子だ。

   “俺、25通しか送られていなかった。一週間もいなかったの
   に。100通ぐらい入っているかと思った。”“私も同じ25
   通よ。”どうやら一週間の海外旅行で日本を空けている間に知
   り合いから送付されたメールや留守電の伝言の数らしい。社会
   に出ることなどまだ先であろう若者達の日本不在中に、一体ど
   のような急を要する重要な用事があるのだろうか。

   3年前の冬に帰国した当時、折りたたみ式の携帯電話は普及し
   ていなかったことが思い出された。携帯電話各社が普及を促す
   ため、国民に安値で販売し始めた頃だったように思う。電車内
   での携帯電話乱用による他の乗客への迷惑や殺傷事件のニュー
   スが頻繁に目についていた。病院や学校でも電話の呼び出し音
   が鳴り、電波による医療機器への影響、授業の中断などの社会
   問題へ発展しているという状況を、別の理由で携帯電話が普及
   した遠い国ハンガリーから眺めていた。

   成田から都内に向かう電車の中での光景は、かなりの期間日本
   を不在にしていた私にとって随分と奇異に映った。それぞれの
   駅で車内に乗り込んでくる乗客が、次々と鞄やポケットから携
   帯電話を取り出す。そして片方の手の指でメールと格闘し始め
   る。それも一心不乱に。さほど混んでいない車内で数えてみる
   と、1車両につき8人から12人。

   ハンガリーでも一部の携帯電話でメール送付やインターネット
   の閲覧は可能だが、未だに通話を中心に使用されている。日本
   のようにメールが主となりつつある携帯電話の使用方法は世界
   的に見ても特殊なため、ハンガリー内では数年後でも携帯電話
   からのメール送付はあまり一般的にならないことが予想される。

   距離がある場合のコミュニケーション方法は、手紙からテレッ
   クス、固定電話など、通信技術の発達により時代と共に変化し
   てきた。しかし、携帯電話の使用方法は人とのコミュニケーシ
   ョンとしての機能だけではない広がりを続け、特に若年層の生
   活パターンまで変えてしまった。

   共産主義時代のハンガリーでは、家庭での電話設置は申請して
   から3年も5年も待たされた。数年前ですら、新規に敷設する
   のに何カ月もかかっていたし、夜の公衆電話から若者達が長電
   話をかけている様子をよく見かけた。一般のハンガリー人がア
   パートを探すときに電話がついているかどうかを確認するのは、
   物件選びの一つの条件である。ハンガリー電話会社Matavが申
   請から一週間以内に電話設置をするという、まともなサービス
   を提供し始めたのは近年のことだ。家庭での固定電話の普及率
   が低い国では、通常携帯電話の普及は爆発的な勢いで広がる。
   現在では携帯電話会社3社が熾烈な競争を展開しているため、
   申し込みの即日に通話が出来る便利性が、普及率を更に高めて
   いる。

   ハンガリーの携帯電話は7年前では通話料が非常に高かった。
   そして軍隊の無線電話のような3、4kgもある“携帯”電話
   を弁当箱のように持つことが、金持ちのステータス・シンボル
   であった。その後、文庫本半分程の新型が発売され、現在はこ
   の国で開発された製品ではないが、日本で2、3年前の型落ち
   した程度の機種へと急速に様変わりしてきた。

   一時期は携帯電話を持つ喜びからか、携帯所有を誇示したかっ
   たのか、ホテルのロビーや映画館などでも呼び出し音が鳴り響
   き大声で喋っていた。話している内容も大したことではなかっ
   た。最近では使い方もスマートになりマナーも浸透してきてい
   る。

   携帯電話が日常生活を営むための不可欠な道具となったのは日
   本もハンガリーも同じだが、この度使用方法に多少の差異を肌
   で感じた。

   年に4、5通手紙を送ってくれていた日本の友人がコンピュー
   ターを導入し、メールによるコミュニケーションへと変わった。
   そしていつからか携帯電話からのメールを受信するようになっ
   た。私の受信する回数は増え、文字数は年間で受け取っていた
   手紙より多くなったが、無味乾燥な内容が大部分を占めるよう
   になった。元々友人であった人間関係のコミュニケーション方
   法の簡素化が、その関係すら軽くしてしまったのだから、もし
   出会いからこのような軽くて薄い伝達方法が取り入れられてい
   れば、今世間で言われる“希薄な人間関係”を作り上げるのは
   簡単だったはずだ。

   携帯電話はいつでも簡単に人と繋がることのできる道具として
   その威力を発揮しているが、通話を簡素化して短いメールを数
   多く送信することで、近年の日本での人間同士の繋がりを希薄
   にした原因の一つをつくった。ハンガリーでの携帯電話使用目
   的は、話す内容が日本と同様のことでも、人との繋がりを更に
   強靱にするための道具以上にはならない。通話相手と面と向か
   って“会う”ことを、最終的なコミュニケーションの構築の大
   前提としている。

   父親、母親、兄弟などの家族や親戚を通話相手の筆頭に置き、
   今日の出来事を携帯電話を通して話す。“明日見に行く映画を
   雑誌で確認したから、後で話そうね。”家に着けば同じ事を話
   すに違いないが、帰宅して伝える内容を電話で先回りする。家
   族との通話は、会うことが出来ないための埋め合わせの行為で
   はない。顔を合わせて会話をすることを料理と例えれば、携帯
   電話での会話はワインで、2つのいい所を引き立たたせ合って
   人間関係をより深いものにする。

   日本のように携帯電話を持っていないからと言って、友達や家
   族とのつき合いが疎遠になることはないし、友達から仲間はず
   れになることもない。

   “携帯電話がない時代に、どうやって恋愛していたのか想像が
   つかない。”日本で携帯電話が日常生活には欠かせない道具と
   して当然のように使いこなす学生から突き付けられた言葉に、
   返す言葉を失った日本の友人。

   相手方の親に取り次いでもらったり、相手が不在の場合は伝言
   を残したり、それどころか相手の家族に気に入られていないた
   めに、門前払いを食らったりなどという現実の世界で出会う、
   自分の思い通りにはならないくやしさやほろ苦さ、緊張感を感
   じる場がない。

   その一方で、携帯電話で人との繋がりを常に持つことで手に入
   る安心感を求めている。そしてその安心感は、心を本当に豊か
   にしてくれる友人の暖かい一言や気遣いなどではなく、何通メ
   ールや伝言が届いたかという数量から計られる。メッセージの
   大量生産を読むことにより、数多くの他人の中に存在する自分
   を確認する。

   全てが便利であると感じた今回の日本滞在だったが、人間関係
   にまでも便利性と効率性が持ち込まれ、自己中心的な人間同士
   のつき合いが確立されつつあると感じた。その反対に自分の都
   合だけでは完成されない、面倒で時間と手間がかかる本来の健
   全な人間関係の構築が、今まさに日本人が求めているものでは
   ないか。

   昨晩焼酎を土産に、普段から世話になっている友人を訪れた。
   夜が更けても、日本滞在の様子やお互いの家族の報告などの話
   はつきない。距離があるために頻繁に訪問はできないが、友人
   の喜ぶ顔が私を気持ち良くしてくれる。

   忙しい都市生活を営む若年層の、希薄になった人間関係の問題
   は、日本に限ったことではなくハンガリーや世界中で嘆かれて
   いる問題である。それでもまだ日本人から見れば、ハンガリー
   の中に旧態依然の濃い人間関係を見出すことができる。

   人との繋がりを強くする補助的な道具だった携帯電話が、どこ
   かで使い方を間違えたために使う人が弄ばれてしまっている。
   道具に“使われる”ようになった瞬間、自分が道具に期待して
   いたことと反対の結果が生まれるものだ。もし自分が相手から
   見て大量生産のリストに載りたくなければ、相手を自分の便利
   性や効率性のリストからはずしてつきあう余裕を持つことが必
   要だろう。それが本来の人間関係の築き方なのだから。

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   オフ会のご報告

   去る3月3日、東京銀座のインド料理レストラン“ハリドワー
   ル”でメルマガ・ホームページの初のオフ会を行い、お忙しい
   ところ20名もの方々にお集まりいただきました。この場を借
   りて重ねてお礼を申し上げます。さて当日細かい打ち合わせを
   するために早めにレストランへ向かったSzagamiでしたが、何
   と急遽レストランをテレビ撮影すると言うことで、隅っこの席
   でじっと待つことになってしまいました。(日本テレビ系列で
   視聴者のカレー王座?決定をする番組らしい)1時間ほど経っ
   てテレビクルーが帰り、店の人と打ち合わせをしながら
   Szagamiの好きなエビカレーとナンを急いでほおばりました。
   そして店内の半分を背の高い装飾品で区切り、6・8・8人の
   テーブルを急いでつくって貰い、そうこうしている間に6時半
   前から読者の方々がお越し始めました。予定時間の15分過ぎ
   にはご連絡をいただいたほぼ全員がお揃いになりました。会の
   始まりの挨拶など派手なことは行いませんでしたが、各テーブ
   ル盛り上がっていたようで、Szagamiも3つのテーブル交互に
   お邪魔させていただき、楽しくお話を伺うことが出来ました。
   参加者は20代前半から80代の方まで幅広かったため、単に
   ハンガリーという枠にとらわれない年齢や職業を超えたお話が
   飛び交い、お店の看板時間を超えて10時半頃まで皆様におつ
   き合いをしていただきました。これに味をしめて?またオフ会
   を行うかもしれませんが、日本に一時帰国する際には調子に乗
   らない程度に、東京だけではなく他の都市でも行いたいと思い
   ます。

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