我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第49号   2002年3月26日

     本物の“社会主義”と実質的な“社会主義”の終焉

   “世界で社会主義が一番成功した国は日本だと言われている。”

   この度の3年ぶりの祖国日本への帰国の際、お会いした数人の
   方から幾度となく耳にした言葉だ。過ぎ去った3年間に日本で
   起ったことを、元社会主義のハンガリーからどのように眺めて
   いたかを振り返ってみた。小渕元首相の死や森前首相の暴言・
   失脚、小学生の大量殺人、ゼロ金利、デフレ・スパイラル・・

   友人や読者の方々から頂く“暗い日本”を憂うメール。簡単に
   人々が“キレル”状況や人間関係の希薄さを嘆く様子。それに
   よって引き起こった殺傷事件の記事の数々。しかし、衣食住は
   満たされ、次にどの対象物にお金を支払うか迷うほどの日本の
   どこが暗いのか。日本ではそこら中に、気分が良くなれるサー
   ビスがころがっていた。

   長蛇の列の夕方のスーパーマーケットのレジ。並んでいる買い
   物客に対し、放送が入る。“ご来店ありがとうございます。お
   客様をお待たせいたしまして、大変ご迷惑をおかけしておりま
   す。”商売繁盛の感謝に加えて、謝罪までされてしまう。ある
   本屋での支払時。両手を添えてレシートを渡され、同時に頭を
   深々と下げられる。次回も同じ本屋で購入することを懇願され
   ているようであった。居酒屋で勘定をお願いすると、給仕がテ
   ーブルの横で腰をさっとさげて膝立ちになる。支払いをする客
   より目線が高くなることなど断じて許されないようだ。

   最初は非常に気持ち良く感じていた快さが、いつからか、捉え
   所のない妙な気分に変わり始めた。

   近所の薬局屋に入店した時のこと、一斉に“いらっしゃいませ”
   の店員の掛声が飛び交った。彼らは私に一瞥もせず、商品陳列
   の手を休めない。別の客が入店する。“いらっしゃいませ、ど
   うぞごゆっくりご覧下さい。”またもや彼らは客をちらりとも
   見ない。仕事をする手は相変わらず平行して動いている。店員
   は買物客である生身の人間へ挨拶するのではなく、自動ドアが
   開くと同時に鳴るチャイムに反応しているのだ。チャイムが店
   内に響くと同時に、反射的に来店者に対する決められた台詞を
   繰り返す。商品の搬入をする業者に対しても、野良犬に対して
   も変わらない。客かどうかを認識することが重要なのではなく、
   接客のマニュアルに書かれていることの遂行が使命の如く。マ
   ニュアルは、買物客に対しても、そこに記されている以外の行
   動を極力慎むよう、無言の圧力をかけてくる。

   昼食をとるために入ったイタリア料理屋。5種類のランチコー
   スの内、2つのコースの内容を尋ねた。大きなため息と供にウ
   ェイターは、“それでは上から順番に説明させて頂きます。”
   と機械的に、マニュアル通りメニューを読み始めた。彼は模範
   対応をしたつもりだが、声の抑揚に、“一個人の客”に語り掛
   けている気持ちを発見できなかった。

   ある駅で乗車ホームへの階段を下りた。階段のどちらが上り側
   でどちらが下り側か下る時には表示がなくわからなかった。階
   段を上がってくる多くの乗客達は、すれ違いざまに無言で私の
   肩を突き上げてきた。私が下りるべきであった側は逆だったの
   だ。その証拠に下から階段を見上げると、下りと表示してある
   階段のスペースはきっちりと空いていて、上がっていく乗客達
   は誰もそのスペースを使おうとしない。初めてその駅を利用し、
   状況を把握していない異端な私を、他の乗換客達は冷たい目で
   見ていた。

   交通・情報網の発達で、世の中のスピードが益々速くなってい
   る。全員が同じ方向を目指さないと、一つのプロジェクトを成
   し遂げるのに余計な時間を取られてしまう。異なる意見や質問
   に納得いくまで説明・回答している時間と体力などない。用意
   されたマニュアルの中で、全員がそれぞれの部品になることを
   求められる。日本の現代社会では、落ちこぼれとは個人の能力
   差を意味するのではなく、団体行動に当てはまらない基準を持
   つ者のことを指すのかもしれない。

   社会主義だったハンガリーは、主義として失敗した。働かなく
   ても家も仕事も平等に与えてくれる主義は、労働を苦痛と感じ
   る怠け者にとっては極楽だった。懸命に働く市民にとっては逆
   平等が発生する。常にお互いが嫉妬し、何でも他人と比較し監
   視する習慣がついた。

   “日本人だって隣の金持ちには嫉妬するよ。”“でも君達は隣
   人がいい車を持っていたら、同レベルの車を購入できるように
   更に仕事に励むでしょう。ハンガリー人は働かずしてその車を
   如何に手に入れようか考えるから、嫉妬に苦しんでついには相
   手の車を壊してしまおうとする。”

   皆が同じ質と量の仕事をする前提の基に社会主義は機能するは
   ずだったが、生産性がなければ主義など経済学者が好き勝手に
   捏ねくり回す単なる学問の一つだ。主義・体制がどんなに理想
   的でも、それを活用する人間の理念が噛み合わなければ、立派
   な主義も机上の計算で終わってしまう。

   日本では勤勉なのは勿論のこと、社会の狭い枠組みから排除さ
   れないために他と同質でいることで、全ての人の能力・力を同
   じベクトルに向けることができた。身体や心を休めるための休
   暇を返上して仕事をし、永く健康であるために“神経質に”健
   康・食事に留意し、水不足が起これば徹底的に節約する。政府
   や会社の方針にしても、地域社会内部の自然発生的なものにし
   ても、一つの指針、価値観に沿って動く人々の力を大きなうね
   りとして活用してきた。

   これはまさに社会主義の理想を見事なまでに遂行していると言
   えるだろう。そして卓上の社会主義の理念と同様、そこには個
   人の思考や判断が存在しない。人は簡単に怠けることができる
   ため、常に自制心が必要である。三流国へ凋落することへの恐
   怖と不安に慄いて自分の尻を叩き、更に懸命に働く日本人を、
   自制心がきく民族だと表現せずに何と言おう。但しその底力は、
   一億二千万の総数が同じ方向に向かっているからこそのことだ
   が。

   戦後、日本を経済大国にするマニュアル作りには一応の成功を
   収めた。そして、このマニュアル通りに行動しないと社会が受
   け入れてくれない息苦しさが、“閉塞感”を生み出す一つの原
   因であることを、日本人は既に感じ取っている。人は自由がな
   いと息苦しくなるが、主義もスローガンもなく国民全員がこれ
   ほど安定して平等でいるのは、世界中どこを探しても日本ぐら
   いだ。

   “経済的に成功した社会主義”の終焉が近付いてきた日本が、
   向かうべき新たなる方角を模索し始めていることを、欧州の辺
   境地から見ても感じ取ることができる。ボーダーレス化時代を
   迎え、欧米のように仕事の職種にスペシャリティが求められよ
   うとも、脱没個性が謳われようとも、すぐに皆同じ方に向かっ
   て突き進む。そして更に高い質が備わり先鋭化され、新しいス
   タイルの“社会主義”が創出されるのだろう。日本人は、日々
   感じるストレスとジレンマを次の成長への肥しとして学習し、
   より良いものを作り上げる国民だが、“閉塞感”という副産物
   を常に従えることは単なる国民性による宿命のようである。し
   かしこれから一体何処へ向かって行くのか、さまよう時間もそ
   れ程長くはないのではないのだろうか。

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   前回と今回は日本滞在中に私が感じた日本のジレンマをお送り
   いたしました。次号からは、また、ハンガリーで日々感じてい
   るジレンマをお送りしたいと思います。お付き合いしていただ
   きありがとうございました。

   ★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★★

  ●月曜日は市場が早く閉まってしまうので、夕食の材料を買いに
   早めに出掛けました。帰り際、市場前の47、49番の路面電
   車発着場所で、ドイツからの大型観光バスに突っ込んだ小型車
   を発見。柵とバスに挟まれていましたが、幸い事故の規模は小
   さく、けが人は一人もいない模様。警察官の事情聴取にバスの
   中で待っている観光客はうんざり顔でした。でも一番がっくり
   しているのはバスに乗っていた観光客でしょう。せっかくの休
   日、残念・・

  ●先々週、ドナウ川の水位がかなり低くなり、からからと干上が
   っていました。ところが一昨日は今にもあふれそうな程の水量
   が、ゆっくりと下流に向かって流れていました。そろそろアル
   プスの雪解けが始まったようです。

   2月に行ってきました恒例のブショー・ヤーラーシュ詣でのレ
   ポートをHPにUPしました。併せてご覧下さい。また、ヴィッ
   ラーニ村の赤ワイン道中第3弾も近日中にUPする予定です。

   また、ついにエステルゴムとシュトロヴォ(スロバキア)を結
   ぶマリア・ヴァレーリア橋を渡り、スロバキア側に行ってきた
   レポートも少々お待ちください。

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