我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第50号   2002年4月3日

        自らの矛盾に気が付かない者達

   “ガチャーン!”“何の音?”“社会党が負けて中道右
   派のフィデスが政権を奪取したから、今日彼らはすごく
   機嫌が悪い。先程からやけ酒飲んで、大暴れしている。”
   社会党の友人の仕事場に挨拶に出向いたら、奥の事務所
   で酒盛りが進んでいた。4年前の1998年の選挙の日
   だった。

   イースター祭りが終わったばかり、そろそろ春の兆しが
   色濃くなり、ここかしこで花々が咲き乱れ始め、新緑が
   芽吹いてきたハンガリー。急に気温が上昇すると一挙に
   夏の装いになるブダペストっ子達。この春真っ只中、次
   の日曜日4月7日は、国民の直接投票による国会議員を
   決める総選挙だ。共産時代が幕を閉じた1989年以降、
   実に4回目を迎える。

   通りの街路樹や外灯には、立候補者のポスター用の掲示
   板が設置されている。立候補者達が最後のお願いに声を
   荒げ宣伝カーに乗って住宅地にやって来ることはなく、
   街角に選挙用ポスターを貼ったり集会を開いたりと、日
   本に比べればいたって静かである。4年前の選挙日間近
   にマフィア抗争が絡んで爆弾騒ぎが目立った時期もあ
   ったが、今回はそんな物騒な事件もない。それでも選挙
   日が近付くにつれ、各党の選挙事務所では慌しい動きが
   見られるようになってきた。

   ハンガリー議会は一院制が採用され、議席は386ある。
   176議席が選挙区別の直接投票となり、残りの152
   議席は県別リスト、58議席は全国リストから比例代表
   制で選出される。比例代表選挙では政党の得票率が5パ
   ーセントに達しなければならない。有権者は2票持ち、
   1票は選挙区の候補者に投票し、もう1票で政党を選ぶ。

   注目された1990年の初の総選挙では、ハンガリー民
   主フォーラムMDFが164議席を獲得し、小地主党と
   キリスト教民主党と連立を組んだ。当時、体制が崩壊し
   たばかりの大変革期で急激に社会状況が良くなるわけ
   でもなく、インフレと物質的な困難が長引いたために薔
   薇色の生活を期待していた民衆からの不満が集中した。
   1994年に行われた2回目の総選挙でハンガリー民
   主フォーラムは大敗し、共産党が前身の社会党MSZP
   が再び実権を握ることとなった。

   社会党は経済的・軍事的な面において西欧への仲間入り
   を進めたが、更なる自由化が逆に実質的な生活レベルの
   低下を導き、続く1998年の選挙でフィデス・ハンガ
   リー市民党FIDESZ Magyar Polgari Part(以下フィデ
   ス)に政権を取られることとなる。

   今回の総選挙は、現在の与党であるフィデスと社会党の
   どちらが勝利を収めるかが一番の焦点となっている。こ
   れは、今までに2期に渡って同政党が政権を握ったこと
   がないためだ。3月下旬の世論調査では、調査機関5社
   共にフィデスが5−12パーセーント有利であると結
   果を出しており、浮動票と投票率の行方が勝敗の鍵を握
   ると見られている。

   “わざわざ崩壊した社会主義に後戻りすることはない。”
   “フィデスはこの4年間何をしてくれたというの。大し
   ていいことはなかった。”“今更年寄り政党の社会党を
   選んでどうする。若い国は若い政治家が先導していかな
   くては。現在首相のオルバーン・ヴィクトルはこの4年
   間、小国ハンガリーの存在を世界中にアピールしてき
   た。”“サッカー狂いの彼がフランスのワールド・カッ
   プで特等席で観戦していたようなことがかい?”政治と
   いう名のゴシップ談議に花が咲く友人達。内容はどこの
   国でもさほどかわらない。

   “私は絶対投票に行くわよ、ハンガリー正義と人生党に
   投票しなくちゃ。”外国人である私は、ユダヤ系ハンガ
   リー人の若い彼女のブラック・ジョークに爆笑した。

   どちらの党が勝利を収めるのか、私にも興味はある。し
   かし現在、ハンガリーに住む外国人としてそれ以上に気
   になるのが、外国人排外主義政党、俗に極右と呼ばれる、
   ハンガリー正義と人生党MIEP(以下MIEP)の動きで
   ある。

   MIEPは、国粋主義と反ユダヤ主義を掲げ、トリアノン
   条約とパリ条約で失ったハンガリー領土の返還を謳っ
   ている。スキンヘッズを抱える団体の母体でもあり、同
   党を1993年に創設した党首のチュルカ・イシュトヴ
   ァーンCsurka Istvanは、いつもユダヤ人を敵対視する
   過激な発言をし、何かと物議をかもしている。また現政
   権下では14の議席を獲得している。

   外国に住む場合、帰化をする覚悟がなければ選挙権を得
   られなくても、外国人としてはいた仕方ないことである。
   その反面、その国にとってある外国人の有益性を認める
   のなら、その外国人は自国民同様の生存権が与えられて
   もいいだろう。

   共産主義崩壊後に各西側諸国からの投資を期待し、経済
   的に豊かな外国人が数多くハンガリーに居住するよう
   になった。戦争や経済を建て直すため、ユダヤ人やロマ
   (ジプシー)の人口・技術を導入した時期もあった。長
   い歴史を更に振り返れば、ハンガリー人に利益をもたら
   すために、外国人を利用することを奨励した時期も発見
   できる。

   排外主義に傾倒する者は、大概大きな矛盾を内側に抱え
   ている。生産性が満足のいく消費活動を上回らず、日常
   で慢性的な不満を持っている。本来の意味から遠のいて
   しまった愛国心という言葉を都合良く持ち出し、外国人
   に嫉妬や憎悪をぶつける。例えば、ハンガリー経済を牛
   耳られていることに対する嫉妬と怒りがユダヤ人へ、犯
   罪の温床と考える単眼的な思想と生理的嫌悪感がロマ
   へ、羨望やうらやみが経済的に豊かな欧米人へ、向けら
   れる。外国人や社会的・肉体的弱者に対する言葉と身体
   的暴力が表面化する。

   またハンガリー人は、トリアノン条約で失った土地と在
   外ハンガリー人に対し、未だ強い郷愁感を持っている。
   現実的な話ではないが、大ハンガリー帝国の構想が国際
   社会で認可されその土地の返還に成功した場合、そこに
   住むルーマニア人やスロバキア人などを一緒に包括す
   ることを、どのように考えているのだろうか。MIEPの
   突出している国粋主義が、勢い勇んで国が一番豊かだっ
   た時代を回顧することも、理に適っているのかもしれな
   い。しかしハンガリーにとって一番輝かしい19世紀は
   最も他民族国家な時代であり、ハンガリー人の割合が一
   番少なかったのだ。それこそ外国人を“有益”に活用し
   ていた絶頂期である。

   体制崩壊後に自由化の元、何でも受け入れることで己の
   首を締めてしまったことに気がついているハンガリー
   人が増えてきている。またハンガリーに既にいる外国人
   やユダヤ人・ロマ達という対称者を目障りで排除・排外
   したいのであれば、何故そこにその対象者が存在してい
   るのかを考えなければいけない。ロマ、ユダヤ人やその
   他の外国人、理由はそれぞれ違うが、遡ればハンガリー
   人にとって都合が良かった時代があり、最初から“有益”
   でなければその存在自体あり得るはずがないのだ。

   2004年正式にEUに加盟するとき、既存の加盟国か
   ら見ればハンガリーは外来者である。MIEPが排外しよ
   うと考える対象者と同じ立場だ。MIEPが、“EU加盟
   によってハンガリーが不利益を被る恐れがある場合、ハ
   ンガリー自らの力でそれを回避できるのであれば、EU
   加盟は意義がある。”と明言しているが、益々競争が厳
   しくなる国際舞台で、そんなきれいごとで立ち回ること
   ができるのならば、他の大国も苦労はしていないだろう。
   (以前は“EU加盟はハンガリーを消滅させる。”と声
   高にしていたのだが。)

   他国の地で外国人が自分を守るためには、相手に羨望や
   うらやみを抱かせないことは原則だ。しかし、いくら己
   のために虚栄心をはることを慎んでいても、自分に対す
   るその国民の嫌悪が、知らないうちに憎悪に変わってい
   ることがある。人はどのくらい他者に対して与えること
   ができるか、またどのくらい公共的な義務を負うことが
   できるかを考える必要がある。しかし他者に対する不安
   が恐怖に変わった時、内面的な感情を自己処理するだけ
   では足りず、対象物を見つけて言葉や身体的に攻撃する
   ことによって憂さ晴らしをする性を人間は持つ。そうい
   ったどうにもならない人間の本質を、MIEPは体現して
   いる。

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   現地に住むものとして外国人排斥の動きは怖いもので
   す。MIEPの排外主義的な部分をクローズアップしまし
   たが、古きハンガリー帝国時代の栄華を取り戻す夢を売
   りにしています。ここの所かなり右よりになってきたフ
   ィデスを援護するとも主張しています。フィデスが選挙
   に勝った場合、MIEPとは連立を組まないと言っており
   ますが、オーストリアがハイダー政権を生んだような愚
   行をとらないとも限りません。ちょっとこの先一ヶ月の
   政治から目が離せません。

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  ★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★★

  ●ハンガリー人にとって、家族が一緒に過ごすお祭りとし
   て、クリスマスの次に大事なイースター。3月31日と
   4月1日は絶好の天気に恵まれて、ハンガリー人は大喜
   び。燻製ハムを茹でて、お菓子も手作り、家族中が集ま
   ります。地方出身者は、家族の待つ場所へそれぞれ帰省
   しました。

  ●アルプスの雪溶けで水が溢れ出たドナウ川。先週ブダペ
   ストでは車道に少々水が被った程度ですみましたが、ヴ
   ィシェグラードの方面は通行禁止になった程。センテン
   ドレのドナウ川岸から50メートルほどしか離れてい
   ない所に住んでいる友人の家は水浸し。“家でカヌー漕
   いでるんでしょ?”の別の友人の辛口のジョークに、日
   常生活に不便をきたしていた友達は思いっきり“ムッ”
   としていました。

  ●3月31日に夏時間となり、日本との時差が7時間と
   なりました。ハンガリー人の友人達に確認しても回答は
   いつも同じ。“あれ、時計の針、戻すんだっけ、遅らせ
   るんだっけ?”現在、鎖橋の辺りが薄暗くなってライト
   アップが映えるのは、夕方6時以降。厚手のコートもそ
   ろそろタンスの奥へ、日増しに日が長くなっています。

  ●オランダに住んでいらっしゃる日本人の方が、ブダペス
   トを観光されました。“歴史の重みが残っていて、建物
   が重厚でいいですね。アムステルダムは新しいものを取
   り入れすぎて、日本人の憧れるヨーロッパ的な歴史が薄
   れてしまっているかも。”そうか。排気ガスで石造りが
   煤けてしまい、予算が捻り出せなくて修復できないまま
   に放っておかれる街中でも、全てきれいに掃除してしま
   うと、埃と供に重みまで掃除されてしまうのか。

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