我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第52号   2002年4月30日

           雇用創出と賃上げの闘い

   今シーズンの冬は農作物にとって降雨量が少なく、農家や個人
   的に畑を所有している人々には春の雨が待たれている。一度芽
   吹いた新緑が急にやってきた夕立と深夜の寒さで凍ってしまい、
   頭痛の種になってしまった。ブダペストでは暖房設備のスイッ
   チをひねることに別れを告げる季節になったが、春の総選挙で
   繰り広げられた熱戦で、5月の訪れをすっかり忘れていた。

   商業的な祭典と化した5月1日のメーデーになるが、総選挙で
   は労働者の代表である社会党(旧共産党)が勝利したため、当
   日の集会やパレードは多いに盛り上がることが予想される。働
   くことがあまり好きではないハンガリー人が、メーデーの一日
   だけは、労働者の権利を主張するプラカードを手に大通りを練
   り歩く。

   外国人雇用者から見れば、ある意味でハンガリー人は“扱いや
   すい”労働力であることは否めない。共産主義崩壊後、西側諸
   国の中・東欧に対する投資の約半分がハンガリーに費やされた。
   他の旧共産圏と呼ばれる国々と比べれば、質の高い教育がなさ
   れ、良質な労働力を格安で確保できることが大きな理由である。
   多くの西側企業が、先を争ってEU加入前の進出ラッシュに沸い
   ている。労働者が殆どストライキを起こさないハンガリー人の
   大人しさは、大きな“おまけ”である。

   体制崩壊後に西側に合わせ始めた法整備の一つに、労働者のス
   トライキ権がある。今まで共産圏にはあり得なかった概念だっ
   た。ストライキ法ができた1989年から2001年末までの
   12年間で、ストライキにまつわる運動が起きたのは僅かに3
   35件、実際にストライキに突入した例は、58件のみである。
   この数字は企業に対してだけでなく、政府の方針に反対した一
   部業界のゼネラル・ストライキを含んでいる。ストライキが少
   ないということは、労働者側の不満が少ないからであると捉え
   られるかもしれない。しかし当の労働者達は、労働力を十分に
   “詐取“されていると感じている。

   ハンガリーにおける多くのストライキは、元国営企業で起きて
   いる。2000年2月には国営鉄道MAVの労働組合による、賃
   金とリストラによる労働者の権利の保護を訴えた交渉が決裂し、
   2週間にわたる長期間ストライキが起こった。組合側の条件は、
   政府公式発表による2000年のインフレ等を加味した範囲内
   ではあったが、それでも話し合いは合意に達しなかった。スト
   ライキの後、向こう3年間ストライキをしないことが条件とな
   り、賃上げ交渉はほぼ成功した。

   今年3月上旬に賃金・労働条件の向上を訴えて、助産婦達が病
   院を相手に短時間(一日2時間ほどを数日間)のストライキを
   決行した。ハンガリーでの病院関係者の職業は、教師などと並
   んで低賃金の代名詞にされている。看護婦や助産婦の手取月給
   は3万から4万フォリント台(約1万5千円から2万円台)で
   ある。ほぼ毎年改正されている法で定められた最低賃金の境を、
   いつもさ迷っている低賃金職業の代表例だ。それに対し私企業
   では、目立ったストライキは殆ど起きていない。

   ハンガリー人労働者は、事あるごとに“法律では”と口にする。
   全ての労働者が労働法に詳しいわけではないし、内容は労働者
   側からのものであって、労働義務の概念が抜け落ちていること
   が感じとれるが、かなり正しく、そして詳しく法律の知識を持
   っている。“年齢によって有休休暇の日数が変わる。”“休み
   は連続で10日間は与えなければいけない。”“規定以上に労
   働をした場合の超過給料は以下の計算方法になる。”企業によ
   って雇用条件の違う日本と比べると、かなり好条件の共通した
   法規を持ち合わせる。

   また個々の企業で弁護士を介して法に則って作成された就業規
   則、賃金などの労働条件になると、雇用者側も労働者側も共に
   法律のグレーゾーンを自分にとって有利に利用しようとする。

   雇用における問題に妥協点が見出されない場合は、労働者が安
   易に駆け込み寺として労働局に飛び込むこともある。

   つまりハンガリーの労使問題においては、個々に雇用側と解決
   しようとする意識が存在している。そのため労働者はストライ
   キが交渉材料の一つになるという認識が薄い。“共産時代にス
   トライキなど存在しなかったから、多くの人達は本当の意味を
   理解していない。安月給でも生活の保障があったのだから。大
   体、数人が集り会社に謀反を起こす気配を見せただけで、どこ
   からともなく当局がやってきてしょっ引かれた。また、実際に
   手順を踏み、団体で労使交渉をするという方法は、ハンガリー
   人に向いていないと思う。”2001年2月5日から約1週間
   ストライキを決行したハンガリー国営航空MALEVの労働組合の
   様子を語る友人。

   どの企業でも労働組合を結成する権利は、一応は認められてい
   る。しかし零細企業・小企業の割合が高く、実際に労働組合を
   作るには労働者側の方が立場は弱い。全国77万の法人のうち、
   従業員数50−250人未満の企業は0.6パーセント、25
   0人以上の企業は0.2パーセントしかない。そのためハンガ
   リーでは全企業の2割しか労働組合は存在しない。

   日本での法律は雇用者に有利な労務事項が多いが、約束事の範
   疇を越えて雇用者が労働者側にある程度の恩恵を与えていたた
   め、お互いの信頼関係が醸造され易かった。前時代的ではある
   が、会社に忠誠を誓っていれば悪いようにはならないという仕
   組みだ。戦後の右肩揚がりの経済成長による雇用者側のゆとり
   も存在していた。それでも、築き上げてきた信頼関係が契約社
   会より強靭であっても、労使紛争は絶えず起きていたのだ。

   企業の役割とは、法で定められている労働者の権利を遵守しな
   がら経営を維持・拡大することだが、労働者の権利を全てまっ
   とうすることが困難であることはいうまでもない。労働者の権
   利を完全に守れない企業に商業活動が許されなくなれば、一定
   数の雇用を維持することなどできなくなってしまう。だからこ
   そ、共産時代にバランスシートを考えずに経営を継続していた
   ハンガリー国営企業が、突如として市場経済に投げ込まれ、労
   働者の待遇を変えずに利益をあげ続けることなど、できるはず
   がない。大きな赤字を計上している旧国営企業の経営のしわ寄
   せを真っ先に受け、旧依然の権利を振り回す労働者達がストラ
   イキを起こす。

   しかし西側並に整備されてきた法律の中には、共産時代の労働
   者側に対する多くの“生温い”権利が残っており、これが労働
   者側の甘い考えをいつまでも持たせ続ける原因となっている。
   先進国の築かれてきた地位は、成長過程での“過剰な”労働に
   負うところが大きい。十分な収益をあげながらも、多くの中間
   所得者層を作り出すということが非常に困難な時代に“過剰な”
   労働を避けていては、ハンガリーが西側諸国と同じスタートラ
   インに立てるかどうかですら疑問である。

   今の世の中、労働者に対して最低限の労働条件を遵守しても、
   どれだけの会社が生き残れるだろう。ドイツのフォルクス・ワ
   ーゲン社が雇用を守るために賃金を減らしたことや、オラン
   ダ・モデルによる雇用の創出こそは、皆が平等であることを体
   現してきた社会主義スタイルではないか。国が十分に潤った後
   に皆が職を持ち、そこそこの給与を得て、雇用者も労働者に十
   分に利益を分配できるという経済ボリュームのないハンガリー
   では、今はまだそんな真似はできない。

   企業の収益効率が先鋭化し、世界市場が円熟した現代では、成
   長過程にあるハンガリーでの賃上げと雇用確保の両立は難しく
   なってきている。雇用体系が社会主義のようになってきた一部
   の西側諸国だが、社会主義から決別して資本主義にまっすぐに
   突き進むハンガリーも、いずれその後を追うことになるのだろ
   うか。ハンガリー人達が、時代が逆戻りしていることに全く気
   が付かずにいながら。

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    ★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★

  ●4月21日第二回目の選挙が終了し、夜10時前には全ての結
   果が出され、社会党(旧共産党)が178議席、連立を組む自
   由民主同盟20議席で与党のフィデス188議席を辛くも破り、
   新政権が誕生しました。選挙率は70パーセントを越し、今ま
   でで最高だったとのこと。如何にハンガリー人が今回の選挙に
   注目していたか。フィデスの集会に参加していた程、現首相の
   オルバーン・ヴィクトルを支持していた友人は、“インフレ率
   が高くなり、以前のように生活が厳しくなるのが心配”と嘆い
   ていました。心配していた極右政党は議席の全てを失いました。
   でも得票数は前回よりも伸びているのは不気味な動き。

  ●今まで日曜日は休業だったスーパーが、日曜日も開店すること
   に。早速買い忘れのコショウを購入しに立ち寄ったら、休日出
   勤のためかレジのおばちゃんの機嫌が大変悪く、正当に買い物
   をしているSzagamiにまでとばっちりがきそうでした。

  ●家庭菜園を持っている友人にしつこく頼まれて、オクラの種を
   日本から取り寄せました。種をプレゼントした日はあまりの興
   奮に親戚中に電話したそうです。周りの友人達もどんな野菜の
   種類なのか質問攻め。5月20日に種を植えることを決定した
   そうです。でも何故その日に?まだまだオクラがメジャーな野
   菜ではないハンガリー。 

   昨年のメーデーの様子はここ
   
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