我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第55号   2002年6月9日

          著作権と言う船を襲う海賊

   “その小さいコンピューター、すごい高性能だね。日本ではい
   くらぐらいするの?”日本では既に古い型番になってしまった
   ミニ・ノートを、友人が羨ましそうに覗き込んできた。日本の
   ハイテク製品に日頃から憧れている彼を、少々からかってみた。
   “半年毎に新しい機種が発売されるから、これは既にごみ。”
   一瞬言葉を失った彼は、“つまり日本のごみ捨て場に行けば、
   ハンガリーに輸入できるコンピューターが山積みになっている
   ということかい?”と食ってかかる。中古でリサイクルするよ
   りも、廃棄時に有害物質が出ない生分解性プラスチックをコン
   ピューターのボディーに使う試みがなされていることや、半年
   前の最新情報誌の内容は古い情報になってしまうことも伝えた。

   ハンガリーではコンピューターは、“プロパー”商品として販
   売されるよりも、顧客の要望により一台一台を組立てる方が主
   流である。CPUはペンティウム4で、メモリは256Mb、モ
   デムは**、モニターは**、といったように。このような小
   売店は市内の至る所にあり、店独自に組立てられたコンピュー
   ターの市場のシェアはかなりの割合に上ると推測される。IBM、
   Philips、Nokiaがハンガリーに進出し、輸出用ハードディスク
   を生産し始めたのは1995年以降であるし、ブダペストに進
   出したドイツ系の大型店などで“プロパー”のコンピューター
   を大々的に発売し始めたのもここ数年のことだ。

   共産時代にはココム規制として、西側からの精密機器の輸入は
   基本的には禁止されていた。しかし実際にコンピューターは、
   “その他の項目”として密輸入されていた。これが現在小売業
   を営んでいる人達の古くからコンピューターに触れ続けてきた
   方法であり、コンピューター・ソフトウェアの小売店が個人経
   営のような形態を取る理由である。大型店が市場に乗り込んで
   来ても、未だに横丁の個人商店の“手作り”コンピューターや
   中古品が活躍する場は多い。“プロパー”の新製品とOS・そ
   の他付属ソフトが抱き合わせで販売される機会は少ないし、小
   売店は安価だけを追求する。

   友人が働く会社は、コンピューター・システムのメンテナンス
   を外部に委託している。委託先のコンピューター技術者は、事
   務所に来る度に自分自身の技術の売込みに熱心だ。(2001
   年2月23日発行第3号参照)“ウィンドウズでもエクセル・
   ワードでも欲しいソフトがあったらいつでも相談してね。友達
   価格で安く設定するよ。”本来であれば、モラルと抑制心が最
   も要求されるはずの秘密保持技術者が、取引先で個人的に海賊
   版を流布させる先陣をきっている。もしかしたら会社のコンピ
   ューターの基本OSですらコピーなのではないかという疑念を
   私が抱くのも、ごく自然のことだろう。

   数年前に頻繁に利用していたコピー屋は、大量発注の際、原本
   を渡しておくと指定時間までにコピーを済ませてくれたので非
   常に便利であった。日本ではサービスとも呼べない当然のシス
   テムかもしれないが、ハンガリーに来たばかりでコピーやファ
   ックスの用事でホテルのビジネス・センターに立ち寄っていた
   初期に比べると、格段に進歩したサービスだった。他店と比較
   して魅力的だった破格値は、2、3坪の小さい店舗で何時も修
   理が必要なおんぼろ大型コピー機が2台しかなかったからだ。
   この店は紙だけでなく、CDやソフトウェアのコピーも請け負
   っていた。入口の看板には堂々と“コピーなら何でもいたしま
   す”という謳い文句を掲げていた。マニア向けでもなく、学生
   を中心とした普通の若者が“紙物”と一緒にCDを携えて頻繁
   に訪れていたのだ。

   海賊版の“公式”データほど眉唾なものはないので参考程度に
   述べるが、あるソフトウェア開発会社の昨年の調査によると、
   ハンガリーの小企業の6割がOSに海賊版ソフトを使用してい
   る。先月末の新聞に掲載された2000年の各国海賊番ソフト
   普及率は、ハンガリーでは51パーセント、ヨーロッパではロ
   シア、ギリシアに続き、スペインと並んで高い割合になる。違
   法ソフトを販売し検挙される店舗のニュースも度々報道される
   が、それも氷山の一角に過ぎない。

   横道にそれるが、ビデオ・ソフトの分野も、吹き替えの入った
   多くは海賊版であり、レンタル・ビデオ・ショップで正規のビ
   デオ・ソフトは余り置いていない。1998年、白昼堂々暗殺
   されてしまったハンガリー最大のメディア・グループのオーナ
   ー、フェニョー・ヤーノシュは、80年代後半にレンタル・ビ
   デオ・ショップで身を立てた人物だった。元手の掛からない濡
   れ手に泡の商売が大成功し、僅か数年で数多くの出版社を買収
   するに至った。

   ハンガリーはフィリピン、アメリカに次いで1983年にコン
   ピューター・プログラムの著作権保護をいち早く民法で定めた
   のにもかかわらず、法的抑制力、海賊版の普及の歯止めは他の
   ヨーロッパ諸国に比べかなり遅れてしまっている。

   1992年から反海賊版キャンペーンが行われ、音楽用カセッ
   トテープなどの低価格品に関してはかなりの成果をあげた。ハ
   ンガリー国内では西側の情報は十分に氾濫しているのに、残念
   ながらソフト・CDに対する市民感覚と市場価格の相違は大き
   い。著作権の重要性を一般市民が認識し、海賊版市場を無視す
   る意識が生まれない限りは、海賊版流通の潮流が緩まることは
   ないだろう。

   最近立ち寄ったある大型店では、1枚のCDから5枚のCDに
   同時コピー可能な製品を販売していた。これらの製品は、海賊
   版を許容するハンガリー人気質に起因するだけでなく、経済を
   基盤とするとモラルや道徳心が一瞬に吹き飛んでしまう世の中
   の風潮に後押しされている。素人ですら大量コピーが可能にな
   った技術革新に対する諸刃の剣。“無断でテープその他に録音
   することは法律で禁じられています。”という標語など、何の
   防御にもならない言葉遊びだ。

   日本では高度経済成長後、カラーテレビやビデオ、ステレオが
   順々に家庭に揃っていった。しかし一般のハンガリー人に手の
   届かないはずのコンピューターが、未だに普及品ではなく贅沢
   品であるビデオやステレオの購入の順番を飛び越し、手を伸ば
   せばそこにある存在となった。これはハンガリーだけでなく、
   他の元共産主義国でも同様であろう。

   “貧しかったが適度に物が揃っていて、そこそこに皆が平等だ
   った。西側の状況を知らなかったわけではなかったが、実際に
   この目で確かめるまでは知っているとは言えない。知らないと
   いうことの幸せがそこにはあった。”とは、年寄りからも若者
   からもよく聞く言葉だ。

   人は知ってしまうと欲求を押さえることが困難になる。経済発
   展の速度と欲望対象物の開発・生産速度が一緒であることが理
   想なのは言うまでもない。何十年にも渡り閉ざされていた門戸
   が急に開かれ、何世代も違う未知の世界が怒涛の如く押し寄せ
   てきたハンガリー。国家として共産主義は破綻し、人々の生活
   も破綻していた。そこに、自ら生産する前に自分達の欲求を満
   たす製品が突如として現れた。

   EU加盟後も先の加盟国の生活水準に達するまで2、3世代掛
   かると言われている。ソフトとは形の無い物で、見えない物に
   は特に注意を払わなければならない。しかし、今のハンガリー
   には目に見えない物に支払う“金銭的”・“気持的”余裕はな
   い。手っ取り早くコピーすることによって知ってしまった欲望
   は、何時になったら満たされるのだろうか。

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    ★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★

  ●サクランボや苺や桃が市場に溢れる季節となってきました。“杏
   子は調度実がなる頃に雨が降ってしまったので、今年はあまり
   良くないらしい。”との友人の情報に、“それでは、もうすぐ
   出て来るプラムは大丈夫?木苺は?カシスは?メロンは?”と
   質問攻めにしたSzagami。気象庁でも農園経営者でもない友人
   の顔はむっとしてしまいました。

  ●ワールドカップに盛り上がっているハンガリー人ですが、“日
   本人は素晴らしいプレーをするね。”とのお褒めの言葉。でも
   彼らの興味の一番の対象は、日本人プレーヤーの“金髪”です。
   “いつからヨーロッパ人になってしまったの?あんなに素敵な
   黒髪がもったいない。”私も同感。

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