我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第58号   2002年8月14日

        スポンサーが暗躍、祭のイベント化

   夏の風物詩である花火と盆踊りがたけなわであると、日本の皆
   様からメールやお便りを頂いている。寝苦しい熱帯夜の続く日
   本の夏が苦手な私も、蚊に刺されながら綿あめを頬張り、金魚
   すくいやくじ引きの出店をひやかしながら、暑い夏の夜を楽し
   んだことを思い出す。虫の音を雑音としか感じない欧米人とは、
   ゆっくりと夏の終焉を告げるヒグラシの鳴き声を懐かしむ感情
   を共有することは難しい。

   8月20日のハンガリー建国記念日には、ドナウ川で大々的に
   花火が打ち上げられる。5年前に鎖橋近辺から王宮を背にして
   初めてハンガリーの花火を見た時は、花火と打ち上げ技術が未
   熟で、規模も小さかったのでがっかりした。それでも花火の技
   術は向上しているようで、年々バリエーションも豊富になって、
   花火大国日本から来た私も楽しめるようになってきた。

   花火だけではなく、年間を通して大きな催物の一つである建国
   記念日の祭自体が、徐々に規模が大きくなり、組織だって整備
   されてきた。大聖堂では“聖なる右手”と呼ばれる、初代国王
   聖イシュトヴァーンのミイラ状の右手の入った聖体顕示箱を掲
   げ、練り歩く。王宮周辺では朝から工芸品の店が並び、観光客
   だけでなく地元民も楽しませてくれる。日暮れ時には、ドナウ
   川沿いの屋台から立ちこめる豚肉の串刺しやグリルチキンの煙
   が空腹を誘う。目抜き通りのアンドラーシ通りでは、多くの若
   者が蛍光に光る腕輪を巻いてそぞろ歩く。

   夏には海外からの観光客を見込んだ音楽フェスティバルや各種
   イベントが花盛りとなる。ブダペスト市内だけでなく、各地方
   で教会内部や城に舞台が付設され、オペラや劇、コンサートが
   催される。ライトアップに照らされた石造りの建物に囲まれて、
   星の煌く中でオペラを楽しめる環境を思い描くだけでも心が弾
   む。

   翻って地域や宗教に密着した祭は、春・秋に催されることが多
   い。寒い冬に別れを告げて春を歓迎する祭“ブショーヤーラー
   シュBusojaras”は、ブダペストから南190kmに位置する
   モハーチで行われる。日本のなまはげにそっくりのお面をつけ
   たブショーと呼ばれる地元民達に会いに、毎年欠かさず電車や
   バスを乗り継いでモハーチを訪れ、HP上でもご紹介させて頂
   いている。小さな街モハーチの通りの名前や、毎年殆ど変わら
   ないスケジュールを諳んじると、一度もこの祭を訪れたことの
   ないハンガリー人の友人に笑われる。

   日本の祭に比べて組織化されておらず、特別企画は中央広場で
   繰り広げられる民族舞踊ぐらいで、一日中大通りを練り歩くブ
   ショー達をカメラのファインダーに収めて終わってしまうよう
   な地味な祭が、年を追うごとに様子が変わってきた。

   コカコーラをスポンサーにつけたブショーヤーラーシュ祭は、
   なまはげの大行進の先頭を今年から消防車が先導するようにな
   った。通りには星条旗がはためき、アメリカ型大量生産のミニ
   ドーナツの屋台が、ハンガリー名物菓子を売る出店を脅かし始
   めた。観光案内所では、英・独語表記の日程案内を用意するよ
   うになった。“運営がきちんと整備されるまで、二度とこの祭
   には来たくない。”とは、ブダペストからツアーで参加したア
   メリカ人夫婦。彼らの言及する整備とは、地元民が楽しむため
   の祭の形態ではなく、来訪者である自分達が心地よくなれる祭
   の運営を念頭に置いている。

   ブショーヤーラーシュだけでなく、敬虔なカソリック信者によ
   るイースター祭、収穫を祝うワイン祭など、数々の各地方の伝
   統的なハンガリー祭に参加してきた。しかし昨今のグローバ
   ル・スタンダードが伝統祭までをも侵食し始めていることを見
   るにつけ心が痛む。メガ企業が国境を越えてスポンサーとなり、
   祭を単一化させている。祭は単調な日常生活の繰り返しの“褻
   (け)”から抜け出す晴(はれ)を演出する。晴と褻の定義付
   けが季候や人種、宗教や伝統により異なるからこそ、地域色が
   ある。メガ企業は財政的影響力を背景に、個性豊かな地域の祭
   の主体性を地元民から奪ってしまう。

   集客の見込める祭やイベントは、商品名やブランド名を多くの
   人の目に触れさせる絶好の機会だ。“イベント”はスポンサー
   有りきが出発点のため、多くの決定権をスポンサーが握る。ス
   ポンサー主体の整頓されたスケジュールでも致し方ない。例え
   ば、マンモス企業ペプシが主催する、ブダペスト市内ドナウ川
   に浮かぶマルギット島で行われる音楽イベント“ペプシ・スィゲ
   ットPepsi Sziget”は、近隣諸国の若者達を惹きつけ、ヨーロ
   ッパでも有数の規模を誇る夏の一大イベントとなった。

   祭は地域の歴史や宗教、祖先の思いが地元民の努力によって継
   承されるものであり、スポンサーの意向によって企画や運営が
   左右される販売促進用の消耗品ではない。イベントと違い、自
   然発生する伝統祭に巨大スポンサーの影が付きまとうと、祭自
   体がフランチャイズ化してしまう。ところが継承には資金が必
   要なのも事実である。祭の主催者側の当てにするスポンサーか
   らの資金や意向と、祭主催者側のそれとのバランスが崩れた時
   に、祭の意義が薄れてしまう。残念ながら、地域復興や村興し
   の起爆剤としてスポンサーとのタイアップを模索している自治
   体が増加中である。観光局の大まかな資料によると、ここ5年
   の間に祭、イベントの開催数は1.5倍以上に増加している。

   ブダペスト郊外、風光明媚なドナウの曲り角と呼ばれるヴィシ
   ェグラードは、14−15世紀に最も栄華を誇った古都。19
   85年から始まったヴィシェグラード国際王宮競技祭は今年で
   18回目を迎える。ヴィシェグラード市の主催で、中世の騎士
   や王様の井出達をした地元の参加者が、仮設舞台でハンガリー
   ご自慢の騎馬競争や剣闘を繰り広げる。村興しの意図が表れて
   いるためか、学園祭の域をでない催し物のレベルで終わってし
   まっているのは、17年という年月が、歴史を刻むのに短い期
   間であるという理由ではない。中央通りを埋め尽くす出店が、
   ブダペストや他市からの出張者ばかりであるのは、移動遊園地
   と同じだが、騎士や王様の衣装、騎馬隊を代表する旗や銀製の
   鎧が、徹夜で仕上げられたような一夜漬けの重みしか感じられ
   ないのだ。先祖代々から伝わる衣装や鎧などの製法技術は、言
   葉で説明できない縫い目一つ一つに魂が現れてくる。木で掘ら
   れたブショーのお面が、仮に昨晩徹夜で出来あがったばかりの
   ものだとしても、親や先祖から伝わる、込められた想いが人間
   の五感を通して感じ取ることができる。地元民の真剣さや村興
   しへの想いの不足が、17年の月日を無駄に過ごさせたのか。
   街自体には千年近くの歴史があり、古城が丘陵の頂上にそびえ
   立ち、材料は揃っている。外国資本のみならず、ハンガリー国
   内のトップクラス企業のロゴが連なるプログラムを手にし、前
   面に画一的な宣伝の入ったビールや飲料会社のパラソルの下で
   喉の乾きを潤しながら、私自身イベントと祭の合間をさ迷って
   いた。

   確かに歴史ある祭も古くから商業的スポンサーによって支えら
   れてきた。しかしそれは地域に密着したスポンサー活動の域を
   出るものでなく、地元の民による地元民のための祭として継承
   されてきた。祇園祭には室町の時代からスポンサーが存在して
   いたし、1773年に始まった両国の川開き花火を起源とした
   隅田川花火大会も、常にスポンサーは存在していた。

   資本主義の常套手段である強力な資金体制による派手な広告に
   影響されず、伝統祭を商業主義の毒牙から守ってきたのが、皮
   肉なことにハンガリーでは共産主義体制だった。しかし198
   9年の体制崩壊以降、共産主義の楔が外れてからは、目ぼしい
   伝統祭はことごとく世界的メガ企業の戦略に飲み込まれていっ
   た。地元の中で周りの人と価値観を共有し、連帯感が生まれる
   極自然な社会基盤の中で、自然の恵みに感謝し、宗教的、歴史
   的出来事を子孫に伝える瞬間が込められる祭。スポンサー主体
   の体質が続けば、今後祭が自然発生する希望は見込めない。

   過去の遺産である無形文化の祭をスポンサー頼みで維持しよう
   とすれば、無味乾燥で深みのないアミューズメント・パークが提
   供する画一的なアトラクションへと落ちぶれていく。だが、祭
   の運営側がその継続のためにスポンサーを求めている。徐々に
   面積の広くなるコカコーラの赤い垂れ幕の下、祭の主催者側は、
   受け入れなければならないスポンサー側の意向と徐々に根付い
   ていく画一的な祭の形式の狭間に、果たしてジレンマを感じて
   いるのだろうか。

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  ●なまはげ祭ブショーヤーラーシュ

  ●ヴィシェグラード国際王宮競技祭

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    ★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★

  ●明日からハンガリーの擬似海(バラトン湖)ではなく本物の海
   を見に、クロアチアのドブロブニクとユーゴスラビアのモンテ
   ネグロへ散歩に行ってきます。旧ソ連時代にハンガリーと同じ
   く共産主義であった場所。ハンガリーとの違いは如何に?HP
   の表紙で、モンテネグロより“今日の一枚”を皆様にご紹介し
   たいという“希望的”観測は、インターネット環境に振り回さ
   れそうです。

  ●ジレンマ前号でブダペストの冷夏をご案内しましたが、先週か
   ら雨続きです。本日もいつ降ってもおかしくないような暗雲が
   立ちこめ、嵐のような不気味な風の音が絶え間なくします。こ
   の豪雨はじめじめとした蒸し暑さではなく、タンスからセータ
   ーを引っ張り出す寒さを運んできました。夏ばてで集中力を欠
   いていたのに“夏は暑くなくてはいけない!”と、不機嫌な友
   人。実は降り続く雨のためにバラトン湖行きをキャンセルした
   ので、単にご機嫌斜めなのでした。

  ●春の雪解け時に水浸しになってしまったブダペスト近郊のドナ
   ウ川沿いに住む友人のアパート、この雨でまたまた水浸しに。
   “ハンガリーの雨ではなく、ドイツ・オーストリアから流れて
   きた水が原因でね。僕の住んでいる場所はもう大丈夫、荷物を
   運び出し、1時間暖房をつけて部屋は乾いてお終い。”ブダペ
   スト市内のドナウ川は溢れんばかりです。

  ●ハンガリーではあまり知られていないオクラを家庭菜園でどう
   しても育てて見たいと友人に言われ続け、日本より種を入手し
   てプレゼントしたのですが、そろそろ実がたわわになってきた
   とのこと。7月は雨が少なく水不足に悩んでいたのに、今の集
   中豪雨で彼の目は輝いています。トマトに茄子、メロンまで植
   えられている大きな彼の畑では、今年の王様は何と言ってもオ
   クラ。彼の義母は毎日“早く大きくなぁれ、オクラオクラ”と
   呪文のように唱えているそうです。

   旅行前こぼれ話:
   予約のために宿に電話をしました。セルビア語(ユーゴスラビ
   ア)しか話せなかった受付担当者、しばらくすると英語を話せ
   る人が電話口に。予約状況と値段を訊き、折り返し電話する旨
   を伝えると、“また電話してもらっても構わないけど、僕、こ
   この宿泊客なんだよね。”一瞬沈黙の後、電話口で大笑い。

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