我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第61号   2002年9月8日

   第一回目の“番外編バルカン半島”でご案内しました、NAT
   Oに橋を爆撃されたユーゴ第二の都市ノヴィ・サド。今回は、
   ユーゴに住むハンガリー系住民の話題と絡めて、通常のハンガ
   リーのジレンマを皆様にお送り致します。

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    ユーゴのハンガリー系は、民族紛争の狭間に揺れる浮遊橋

   6つの国と隣接するハンガリー。南部は1990年初頭にユー
   ゴ政府に事実上自治を剥奪されたヴォイヴォディナ地方と国境
   を接する。現在セルビア共和国とモンテネグロ共和国の連邦制
   で成り立つユーゴ。セルビア共和国にはヴォイヴォディナ地方
   と同様に、自治を失ったコソボが含まれる。

   今回の旅で、かつてのヴォイヴォディナ自治州の首都、現在は
   セルビア共和国第二の都市であるノヴィ・サドNovi Sadへ向
   かう電車の中、セルビア人の中年女性と席が隣になった。ヨー
   ロッパ社会では国単位より地域や地元への帰属意識が強く、食
   事や言語、冠婚葬祭などの話題になると地域名が先に口に出る。
   セルビア語と僅かなドイツ語しか話さない彼女と会話は困難だ
   ったが、身振り手振りでヴォイヴォディナの美しさを語ろうと
   する彼女に、“ヴォイヴォディナ人”の誇りを感じた。

   第一次世界大戦後のトリアノン条約締結前まで、ヴォイヴォデ
   ィナ地方はハンガリーの領土であった。大戦で敗戦国となった
   ハンガリーはこの条約により、アドリア海沿岸部を含む3分の
   2の土地を失い、300万人の同朋の居住地を新しい国境の外
   に残すこととなった。現在ヴォイヴォディナの人口約197万
   人のうち、約30万から40万人がハンガリー系である。

   ノヴィ・サドはブダペストと都市の形成が酷似している。中心
   部をドナウ川が流れ、街は丘陵地と平地に分かれている。丘陵
   地側には街のシンボルである要塞が聳え立ち、旧市街を含む平
   地側は現在の商業・居住の中心地区を成している。両岸を結ぶ
   3つの橋を展望できる要塞からの風景は、ブダペストと同様に
   旅行者の心を和ませてくれる。

   3つの橋の一つ、平地側の大通りから丘陵側を結ぶヴァラディ
   ン橋(Varadinski most)は真新しい。石油コンビナートが背
   景に横たわる鉄道橋(Zezeljev most)も同様に真新しい。そし
   て、車の往来が一番頻繁であるもう一つの橋を、橋と呼んでい
   いものか。廃船になったタンカーを2艘両岸に接岸させ、橋脚
   のない浮き橋の上が道路になっている。流されないように横に
   ある頑丈そうな古い橋脚に、細いワイヤーで括りつけられてい
   る。錆止めのせいか、橋全体は赤茶色い。

   3つの橋の他に、現在は橋の機能を為さない、吊橋式で作られ
   た自由橋(Most Slobode)が遥か向こうに見える。機能を為さ
   ないというのは、無残にも真中が折れてドナウ川に突き刺さっ
   ているのだ。

   1999年3月24日から始まったユーゴ全域に渡るNATO
   の空爆の作戦初期段階において、ノヴィ・サドの橋全てが爆撃
   を受けた。ヴォイヴォディナ地方の他の都市でも、ドナウ川に
   架かる7つの橋がNATOに空爆され、両岸がそれぞれ分断さ
   れた。NATOとユーゴ側の発表には食い違いがあるが、この
   空爆で民間人が亡くなっている。ハンガリー国境から10km
   に位置し、市民の70パーセントがハンガリー系であるヴォイ
   ヴォディナ第二の都市、スボティツァSuboticaの住宅地も被
   弾した。

   空爆から既に3年以上も経つが、空爆直後1999年9月に仮
   設橋としてつくられた浮遊橋は速度が制限されているため渋滞
   しやすく、また、将来的に仮設のまま継続して橋が使用される
   のかどうかも未定である。修復されないままの自由橋は、空爆
   の記憶を市民から片時も忘れさせない。

   空爆が始まる2週間前、ハンガリーはチェコ、ポーランドと共
   にNATOに正式加盟した。共産時代にNATOと対峙するワ
   ルシャワ条約機構の一員だったこれら3国が、NATOの防衛
   戦略に組み込まれるとは、歴史の皮肉だ。新加盟国ハンガリー
   はNATOの傘下に入ることで、旧ソ連からの軍事的脅威の軽
   減、EU加盟に向けた段階的な地位向上という2つの条件を手
   に入れる。しかし直後に、空爆目標国に隣接する唯一のNAT
   O加盟国となってしまった。ハンガリー政府は空爆作戦には同
   意したが、ヴォイヴォディナ地方のハンガリー系住民の安全を
   危惧し、直接NATOの作戦には参加しなかった。軍用機の上
   空通過と飛行場の使用を許可したため、私が当時を思い出すだ
   けでも、連日ハンガリー上空を軍用機が飛んでいた。

   ハンガリー政府は、ヴォイヴォディナ地方でのハンガリー系が、
   徴兵でコソボの最前線に送り込まれないようセルビアへ要請し
   たが、戦時下の敵対国がそんな微細な事柄に耳を貸すわけがな
   い。当時、多くの在ユーゴ・ハンガリー系がこの紛争を“我が
   国家”の一大事として捉ることができず、徴兵を嫌ってハンガ
   リーへ逃げ込んだ。そして、ユーゴの逃亡は即射殺と言われた
   状況下でハンガリーを越境してきた彼らにとっての、帰るべき
   ヴォイヴォディナの場所は失われてしまった。

   コソボ紛争はセルビア人中心の政府によって引き起こされたと
   言えるが、その紛争が自分達に無関係と捉えるハンガリー系ユ
   ーゴ人の祖国は何処になるのだろう。少数派であるため、公然
   と母国語を使用できない国に身を置くハンガリー系にとって、
   自分の民族に繋がらない民族紛争とは何の意味を持つのか。今
   住む土地に自分のルーツを根付かせることは、100年では不
   十分のようだ。過去に国家の間に定規で線引きされ、国境の“外”
   に縛られる運命を受けたその子孫達は、ドナウ川にかかる仮設
   橋と同様に浮遊している。

   ハンガリーはNATOの傘下に入ることに成功したが、勿論ハ
   ンガリーの都合のいい条件を聞いてくれるわけもない。いつも
   紛争の火がくすぶり続け、ハンガリー系を抱え込む隣国に強気
   に対応できないでいる。

   今回のNATO空爆で、ユーゴのハンガリー系が“ユーゴ人と
   して”爆撃の危機に直面し、ユーゴの内政からは“優先的な”
   徴兵、つまり人間の楯として爆撃の矢面に立たされた。もし紛
   争が再燃すれば、ハンガリーに対して、何度でも切ることので
   きる使い勝手の良いカードになるだろう。

   NATO加盟国としての立場とハンガリー自国民、在外ハンガ
   リー系の安全保障。これらを同時に維持することの難しさが露
   呈してしまった3年前の隣国への空爆。ユーゴのNATO・E
   U加盟という空想が実現するかもしれない数十年先まで、この
   ジレンマは決して終わらない。

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    ★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★

  ●ジレンマ番外編バルカン半島でご紹介しました、モンテネグロ
   でお世話になったサーニャが出張でブダペストに来ました。エ
   グゼクティブ・クラスになっても、3年前と同じく今回も中国
   市場に行ってディスカウントを楽しんでくると意気込んでいま
   した。東欧で一番大きいデパート、ウエストエンド・シティー
   センターにも早速出向き、友人の結婚式用のスーツを購入。モ
   ンテネグロより、ブダペストの方が何でもずっと安く揃うとの
   こと。お転婆すぎて彼氏がいない彼女に、“サーニャの結婚式?”
   とからかうと、“私の結婚式には招待するから、ちゃんと来て
   ね。”と拗ねてしまいました。

  ●久しぶりに聖イシュトヴァーン・大聖堂に入りましたが、現在
   一部の絵画が外され祭壇を中心に大掃除が行われていました。
   入口付近には展望台へのチケット売場、宝物展示室のチケット
   売場が隣接しており、この大聖堂入場無料なのですが、まるで
   入場料を取られるような雰囲気。展望台からの眺めは素晴らし
   いので一見の価値ありですが、宝物展示室は不機嫌になること
   間違いなしの30秒も必要ないほどの展示物のみ。相変わらず
   何も知らない旅行者を勧誘し続けるチケット売りに憤慨。

  ●とうとうSzagamiもハンガリーで花粉症が発症。短い時期であ
   っという間に終わり鼻炎かなと思うほど。でもテレビニュース
   でも原因になる植物を紹介していましたし、何人かの友達も花
   がぐしゅぐしゅしていました。

  ●昨晩ドナウ沿いを歩いている時バーベキューの香りに誘われて
   鎖橋横の科学アカデミー前の広場に辿りつきました。夜に行わ
   れる6.5kmの競歩大会が始まる直前の仮設会場でした。パ
   ンフレットをもらって見ると上位3位までには賞金が出るとの
   こと。普段は“空気が(排気ガスで)汚染されていますので徒
   歩での通行はお勧めしません。”との看板が掲げられている鎖
   橋正面のトンネルも、このときはクリーンな空気でいっぱいの
   はず?

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