我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第63号   2002年9月20日

   現在“ジレンマ番外編バルカン半島”を平行で皆様にお送りし
   ていますが、今回は通常のハンガリーのジレンマをお届けいた
   します。

   先週の週末にかけて、王宮でワイン・フェスティバルが開催さ
   れました。我が敬愛するワイン蔵元のゲレ・アッティラ氏(2
   001年3月16日発行第6号参照)に氏出展のブースで会い、
   テイスティングさせてもらいました。既に他のブースでできあ
   がっていたSzagami、“何を飲みたい?”と訊かれて“Kopar!”
   と彼の最高ブランドを遠慮なく口にしてしまいました。氏出身
   のヴィッラーニ村Villanyで恒例になったボジョレー祭、今年
   は11月初旬。ゲレ氏が経営するペンションはそろそろ部屋が
   満室になってしまうとのこと。今年の天候は、短い日照、降り
   続く雨で大洪水。葡萄の出来が心配されています。ワイン・フ
   ェスティバルの様子をHPの今日の一枚でご紹介。

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          歯痛と治療費に弄ばれて

   今年の8月のドナウ川大洪水で、ブダペストは水浸しになった。
   2000人の避難民が出たものの、洪水があったことがうその
   ように、街全体は既に日常生活を営んでいる。しかし先週発表
   された中央統計局のデータでは、ハンガリーを訪れる外国人観
   光客数が微減したとのこと。オーストリア・ドイツでの同様の
   洪水被害が、旅行客の足を遠退かせている。

   しかし日本人が一般に思い描く観光とは違う形態で、ハンガリ
   ーを訪れる外国人達がいる。歯の治療である。

   ハンガリーの歯科医の腕の良さと安価な治療費は、ハンガリー
   に住む外国人の間では有名な話だ。オーストリアとスロバキア
   の国境の近くに位置し、農業が中心の街モションマジャローヴ
   ァールMosonmagyarovarは人口1万5千人だが、この小さな街
   には300人以上の歯科医がいる。16―17世紀のトルコ軍
   による戦火を免れ、ハンガリーでも数少ない昔の街並みが残る
   古都ショプロンSopronもオーストリアと国境を接するが、隣の
   オーストリア人には“歯の治療”の街として知られている。人
   口5万4千人に対して歯科医が230人、歯科学科を有する大
   学も2つある。

   ブダペスト在住のイギリス人の友人に、クロアチア国境近くの
   街でばったりと出会った。その街の近くで行われた祭に参加し
   たのかと思ったが、“僕はこれでね”と、チャームポイントの
   突き出た前歯を指差した。新しい差歯の具合にご機嫌の彼は、
   知り合いから紹介された著名な歯科医院へ通うために、毎週往
   復500kmの距離を電車で通っていた。

   最近ハンガリーに移住し始めた知り合いのイスラエル人夫婦、
   “イスラエルでは部分入れ歯で1万5千ドルの見積りを出され
   た。でもハンガリーでは2000ドルしか掛からないどころか、
   これは二人分の値段。治療技術は悪くないし、西側以上の最新
   設備も揃っている。歯の治療のためだけにブダペストに滞在し
   ても、十分安い。”

   外国人患者の大部分は、ハンガリーと国境を接している“西側”
   と言うことで、オーストリア人に占められている。ドイツやス
   イスからの患者も多い。一般にハンガリーよりオーストリアの
   歯科技術が劣ると言われ、その技術力と比較すると治療費が割
   高なため、多くの患者がハンガリーの歯科医院に通う。ハンガ
   リーで同じ治療を施すと5―10倍の治療費の価格差があるた
   め、必然的にハンガリーの歯科医を選択するようになる。ハン
   ガリー政府は歯科治療による外貨獲得を重要視し、歯科治療の
   高技術と低治療費の世界的名声を落さぬよう、歯科医の技術力
   とサービスに厳しい法律を課している。オーストリア歯科協会
   は海外での安い治療費に対して保険の適用中止のキャンペーン
   を行っているが、中・東欧の治療費の大幅な価格差により、患
   者の海外流出を防ぐ困難さを認めている。

   海外でのハンガリー歯科治療が抜群であるのに反比例し、ハン
   ガリー一般からの噂は残念ながらあまり良くない。歯が抜けた
   り欠けたりしているハンガリー人が目立つ。

   歯の痛みで髭も剃れず、不精髭で泣きながら鎮痛薬を求めてき
   た友人。ペンチで口の中をえぐられ、詰め物が半日で取れてし
   まう。他の歯医者に駆込んだが、ハンガリー歯科技術の外国人
   の間での評判とは程遠い。“低治療費”で済むからと彼が選択
   した2つの歯科医院は、完治までに結局のところ高い金額を払
   わせた。

   19歳でオフィスの清掃会社を興して現在は小さな工務店を経
   営し、繁忙期には朝5時から夕方6時まで週6日働く勤勉な2
   3歳の社長に、急に歯痛が襲ったのは夜中だった。24時間営
   業の派手な広告で近所に知られる某歯科医院に行き、治療を受
   けその場は落ち着いた。ところが翌日に痛みが再発、名医で知
   られる歯医者に泣きついた。先の24時間営業の歯科医院では
   一ヶ所の詰めものだけで2万5千フォリント(約1万2千円)。

   他の医療機関同様、医者達は腕が良いと外国人を相手にするか、
   海外に出てハンガリーでは得られない報酬を手にする。ごく一
   般のハンガリー人の患者を取り扱う医者は、安い治療費で患者
   数をこなす。(2002年6月27日発行第56号参照)

   ハンガリー人の予防医学に対する関心は低く、2000年10
   月から12月にかけて行われた440の地域、7000人の無
   作為に選ばれたハンガリー人からの聞き取り調査によると、3
   分の2がここ一年間で歯の検診・治療を行っていない。しかし、
   予防医療に対する無関心は、治療費の高さに大きく起因してい
   る。そしてこの無関心さが、結果的に深刻な口腔関係の疾病を
   増やす原因を引き起こす。患者数をこなして生計を立てる歯科
   医には、正当な治療より患者数の方が重要である。

   現在EUに既に加盟しているスペインやポルトガルが、牽引者ド
   イツやフランスと比べ物価や給与が低いことを見れば、ハンガ
   リーがこれからEUに加盟しこれらの国と肩を並べるには、更
   に相当の時間を要することは容易に想像できる。ハンガリー歯
   科協会の見解では、治療費も緩やかな上昇が起こるが“真の”
   EU諸国の治療費に届くまで依然一部のEU諸国の物価が安いのと
   同様に、ハンガリーでの治療費は当分の間、競争力はあるとの
   ことである。

   しかしこの緩やかに上昇する治療費とは歯科医院で正当に治療
   を受けた場合に支払う費用であって、多くのハンガリー国民に
   とって益々歯の治療が遠退くことが予想される。国内での歯科
   医の技術と費用のバランスは、海外の評判と大きくかけ離れて
   しまっている。外貨を稼ぐための手段ではなく、自国民のため
   の歯医者が増える仕組みが育てられなければ、歯科医の存在意
   義は多くの一般ハンガリー人にとって無意味となる。予防治療
   の重要性を患者自身に認識させる教育をすることも、国や医療
   業界の大きな責任であろう。残念ながら、多くの治療器具・材
   料を西側からの輸入に頼っていることも、治療費を押し上げる
   要因になっているのだが。

   人間の身体を治療するという基本まで、外国との物価の差によ
   り受けるレベルが変わってしまう。痛みがジレンマに弄ばれる
   のか。そして同時に、国境の向こうからも、安い治療費を提供
   するハンガリーに患者を取られ続けるオーストリアの、歯科医
   の溜息が聞こえてくるような気がする。

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    ★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★

  ●古本のオークションに行って来ました。今までのカメラや陶器
   ・絵画などのオークションとは違い、一般の冷やかしの客は少
   なく、研究者のような風体の人や古本マニアが席を占めていま
   した。1928年出版トランシルバニア地方の昔のガイドブッ
   クなど、興味深い古本が出展されていたのですが、お値段はあ
   っという間に上がってしまうばかり。1869年の漁業組合の
   ある証書は、1万6千フォリント(約8千円)から始まり、代
   理人を通して携帯電話で参加していた入札者、他の入札者が手
   を上げるより先に、自から“10万フォリント(約5万円)に
   払おうか?”と落札に執念を燃やしていました。

  ●生のバジルを買って密封容器に保存しておいたら、小さな白い
   花が咲いていました。冷蔵庫の中では寒くてかわいそうでした
   ので、机の上に並べておいたものの、最近のブダペストの急激
   な寒さでしょぼくれてしまいました。

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