我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第66号   2002年10月19日

          後からやって来た運命

   去る10月10日、今年のノーベル賞受賞者の発表が行われた。
   日本ではサラリーマン研究者の受賞や一年に2つの受賞で、多
   いに湧いたことだろう。ハンガリーでは初のノーベル文学賞受
   賞者として、ケルテース・イムレKertesz Imreが選ばれた。

   知り合いのハンガリー人に会えば、彼らの慣習であるお国自慢
   を聞かされると思っていたが、ニュースや新聞で騒がれるほど
   には殊更話題にならなかった。一般人にはノーベル文学賞とい
   う話しには興味がないのかと思った。

   “我家にはたくさんの書物があるけれど、彼の本は一冊もない。
   何故ノーベル賞を受賞したのかわからない。海外での評価は高
   いらしいけれど。”

   現在ベルリンに居を置く受賞者のケルテースは、ブダペスト生
   まれのユダヤ人。第二次世界大戦終戦間近の1944年に14
   歳だった彼は、ブダペストからアウシュビッツ収容所に移送さ
   れた。その後ブッヒェンヴァルトの強制収容所に送られたが、
   幸運にも生き延び、ブダペストに戻って来た。戦後、フロイト
   やニーチェの著書をハンガリー語に訳す。1975年、アウシ
   ュビッツでの自己の体験を元にした処女作、Fateless(原題
   Sorstalansag・日本語版未発表)を出版した。多くの文学賞
   をハンガリーで受賞しているが、国内よりドイツやアメリカで
   の名声の方が高い。

   16日にはベルリンから一時帰国し、故国に錦を飾った。サイ
   ン会で見せていた、絶やさない笑顔と暖かい物腰、そして対照
   的に飾り気のない文章が多くの人の心を揺さぶるのだろう。

   毎年5月下旬から6月にかけて、ブダペストの中心地ヴォロシ
   ュマルティ広場で開催される各出版会社の見本市。著名な作家
   のサイン会が行われることもあって、会場には老若男女が訪れ
   る。実績を積んだ堅実な作家がいる各ブースには来場者が群が
   る。前首相オルバーン・ヴィクトルが人気を取るために、共同
   出版した著者のために自ら赴いてサイン会を行った年もあった。
   近所の本屋でも、頻繁に作家のサイン会が行われる。その長蛇
   の列には携帯電話で仲間にサイン会の知らせを連絡する若者も
   おり、どれだけ熱心な読書家が存在し、また作家がどんな読者
   層を掴んでいるのかを直に確認できる。

   ところが大盛況の見本市に対して、出版点数はここ数年減りつ
   づけている。1998年の新刊書本は1万626点だったが、
   2年後の2000年には15パーセント以上も減少している。
   人口対比において図書館数は日本の15倍以上あり、どの街に
   も個性的な小さな図書館が点在し、一館当たりの蔵書数は少な
   いが図書館会員になれば身近な場所で気軽に多くの本を手にす
   ることができる環境であった。しかし、一般市民が利用できる
   3908館の図書館のうち、2000年までに323館も閉鎖
   されてしまった。

   東京は神田町のように古本屋が軒を連ねるムゼーウム通りは、
   いくつもの大学が隣接することもあり、昼過ぎになると学生達
   で賑わっている。観光客を呼び込むために、アンティークとし
   て価値の高い古書や版画をショーウィンドウに並べているが、
   主な客は学生や熱心な読書家の常連達である。堅い内容の本を
   丹念に探す読者を見るたびに、ハンガリーの出版業界の将来は
   暗澹ではないと希望を抱く。

   しかし“読む”層と“読まない”層との知識の偏重が著しく乖
   離してきた。体制崩壊後10数年の間に私立大学が設立され、
   高等教育を受ける機会が増えた。5年前と比べても、大学等で
   高等教育を受けている学生数は2割以上も増加した。国民全体
   への教育の質が保たれるのならば好ましいのだが、実際は出来
   る者と出来ない者の、知識と教養の貧富の差が拡大しただけだ
   った。

   常々ハンガリー人は自国の世界一を論ずることが好きであると
   感じるのだが、ハンガリーのソフト開発は世界一で、日本にコ
   ンピューター会社があるのかどうか問われた時にはさすがに面
   食らってしまった。読書量と知識・教養の高さは通常比例する
   が、高等教育を受けていないと、ハンガリー以外の比較対象物
   の存在すら目に入らない。

   しかし際立った知識量・教養を持つ者がその高さを誇示しても、
   残念ながら実社会に則した知恵と経験が伴っていない。ブダペ
   ストの高学歴者用の職安では、40歳代以上の求職者と同等数
   の25‐30歳の若者が目立つようになってきたと報告してい
   る。社会福祉局の統計でもホームレスの約5パーセントが高学
   歴者だと示している。

   “僕は大学で経営学を専攻した。うちの会社の業績が上がらな
   いのは、幹部達が経営学を学んでいないからだ。”とは、優秀
   な成績を修めた29歳の彼の口癖。経営は経済学通りにならず、
   “だったら”が存在しないから経営なのである。いつまで経っ
   ても“教科書”から抜け出せない秀才達。

   人生には、教養を身につけるためのエッセンスとして読書が欠
   かせない。同時に、身につけた教養・知識と同等の知恵をつけ、
   経験を積まなければ、実社会に適応しない。頭は良いが、全て
   を頭の中で済ませる読書家タイプ・実の伴わないタイプのハン
   ガリーの高学歴者達。その偏重に気が付かずに“実践”が必要
   な知識のみで勝負をする者達と、無教養との格差を埋める橋渡
   しとして、良書を読む機会がもっと増えればと思う。

   ケルテースの文学賞受賞の意図は違う所にあるので、全体的な
   出版点数、読者数などが増える直接の要因にはならないが、彼
   の名、ひいてはハンガリーの名を辱めないような出版、読書環
   境が更に整えられるようにならなければいけない。それでも、
   ノーベル文学賞受賞の報が知らされてから、古本屋も含め、ケ
   ルテースの本の増刷が間に合わずに売り切れた事実は、新しい
   読者層を掘り起こすきっかけをつくったようで、非常に喜ばし
   いことだ。

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   戦時中、数十万人のユダヤ人がハンガリーからアウシュビッツ
   に移送されました。その出来事を元にケルテースは小説にした
   のですが、残念ながらハンガリーでは今まで余り受け入れられ
   なかったようです。現在も残る反ユダヤ感情、ホロコーストに
   荷担した過去を認めたがらない風潮に、ちくりと痛いユダヤ系
   ハンガリー人のノーベル賞受賞。しかしハンガリー人のノーベ
   ル賞受賞者が15人目になりますが、ハンガリー国籍を持った
   ハンガリー人は彼で2人目、その多くがユダヤ系です。

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    ★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★

  ●ちょっと前のことですが、出掛けにうちの前でうずくまってい
   るこうもりを発見、どうやら怪我をして動けなくなったようで
   した。ホッカイロで暖め、水をあげて半日程休ませたところ夜
   には飛び立っていきました。例年より冬の訪れが早そうなブダ
   ペストの夜空で、怪我が完治したのか、少々心配のSzagami。

  ●悪名高きブダペストの地下鉄などの検札官、新米検札官と思し
   きおばさんの姿を見るや否や、猛ダッシュで駆け抜け逃げ果せ
   た若い男性。余りに意表を突く行動に周りは暫し唖然。

  ●ブダペスト市内の木々、ずいぶんと葉の色が変わってきました。
   紅葉が楽しめる場所は殆どないのですが、鮮やかな黄色も秋終
   盤に華を添えます。

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