我が愛すべきハンガリーのジレンマ

第67号   2002年10月27日

       真綿で国民の首を締める高速道路建設

   ウィーンから乗用車でハンガリーへ入国する。景色は然程変わ
   らないのだが、整った一軒家が立ち並ぶオーストリアの家並み
   が、手入れが行き届いていない家並みに変わり、国境線一本隔
   てた経済格差を目の当たりに感じる。そして突如として“ハン
   ガリーでは高速道路、または郊外での走行時には、ヘッドライ
   トを点灯することが義務となっています”という大きな看板が
   目に入る

   ウィーンとブダペスト間の高速道路、国境から途中の街ジェー
   ルGyorまでの42kmがハンガリー・オーストリア・フラン
   スとの合弁会社によって1995年暮に完成されたことにより、
   オーストリアの高速道路と直接繋がった。1999年8月、政
   府はこの合弁会社との契約を解消し高速道路は国有になったが、
   国際価格と比較しても高額な高速料金は据え置かれた。国境か
   ら高速道路と平行に走る一般道には乗用車、トラック、バスが
   雪崩れ込み、危険な追い越しが頻繁に起こる。それとは対照的
   に富者の道は、アクセルを余計に踏みたくなるほど、往来する
   自動車の密度は低い。

   高速道路建設の目的は、未開発地域と中央を結び、都市と地方
   間の不公平の格差を埋めるためであるとの政府見解だが、現状
   はオーストリアと隣接している西部地域の高速道路周辺に多数
   の工場が建設されたため、高速道路すら完成していないルーマ
   ニア、ウクライナと国境を接している東部地域と既に経済的、
   雇用数の絶対的な格差が生じている。東部地域が西側と高速道
   路で結ばれれば、アクセス時間が10分短縮される毎に、東部
   の失業率が0.3パーセント減少すると言われている。しかし
   後から順次開発しても西部地域との格差はすぐに埋まらない。

   それでも政府は高速道路をつくり続けると公言している。今年
   4月の総選挙で政権が変わったが、与党野党共に工事推進と意
   見が一致し、ここ10年余りで515kmの高速道路の内、3
   00km以上が建設された。高速道路建設の最終的な目標は全
   ての国境まで延長する事だ。そして高速道路建設費用として2
   000年から2006年にかけて、6千億フォリント(約30
   80億円)を予算として割り当てる予定であり、地方、私企業、
   EU基金などからの財源が期待される。しかし実際には昨年道路
   建設に費やされるはずだった940億フォリントは、50億フ
   ォリントしか使われていなかった。

   高速道路拡張計画は地方の国民に夢を与えるが、どの様に生活
   が豊かになるかは具体的に明示されていない。地方と大都市と
   の間の不均衡の改善、外資流入の目論みなど、高速道路完成が
   実現する地域では70パーセント、その他の地域でも30パー
   セントの成長が見込まれると経済省は試算している。しかしEU
   基金からの援助、外資による経済効果が顕著に現れなければ、
   高速道路建設計画自体が無用の長物であると容易に感づく。

   政治の中核にいる者達にとっては財源の出所が肝心であって、
   外資誘致によってもたらされる利潤、EU基金からの援助を建設
   資金の柱にしているために実際の工事は遅々として進まない。
   そしてこの拡張計画が消滅しないように、道路工事の利権が享
   受できる仕掛をつくる。(政治の利権奔走については別項に譲
   る)利権の構造は89年の政変後から飛躍的に肥大化し、世の
   潮流に鈍重な日本道路公団の姿と重なる。

   仮に高速道路構想が完成してもそれを維持し、修復をするだけ
   の経済力は何処から発生するのだろうか。1999年の統計で
   は、隣のオーストリアと道路延長がほぼ同等だが、道路補修等
   の費用はオーストリアの3分の1、舗装率100パーセントに
   対してハンガリーは43.4パーセントのみである。

   中・東欧圏の多国籍企業の4割が、ブダペストをその周辺諸国
   での拠点と考えている事実は、高速道路計画に一層の弾みをつ
   ける。しかし少子化傾向が今年再び加速し始め、働き手が徐々
   に減少していく中、納税者からの限られた税金からのみだけで、
   壮大な高速道路構想を維持していくことが出来るのか。

   今まで日本が道路建設の大きなつけを返すことが出来たのは、
   拡張経済に耐えうる市場が世界に残っていたためであり、市場
   の“新発見”が望めない現代社会において、ハンガリー自身で
   高速道路を維持していけるのか甚だ疑問である。

   外資が流入し、建築バブルに湧き、ハンガリー史上もっとも華
   やかし19世紀末のブダペストをつい想像してしまう。その歴
   史的建築物も長期間に渡って定期的な検査、修繕を怠ってきた
   つけが溜まり、100年後の今、返済を求められている。上が
   り調子の経済でも国や地方自治体が援助しなければ今にも崩れ
   落ちそうな建築物が、ブダペスト市内には至る所で見られる。
   半永続的に維持する仕組みが整わない限り、バブルや援助によ
   って建てられたものは風化し、淘汰されていく。EU入りの道筋
   がほぼ完成されたので“道路”が消滅することはないが、経済、
   人口増加率に則した道路作りをしなければ、維持費が確実に将
   来の国民の大きな負担となる。

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   ちょっと怠けがちだったホームページ、“ハンガリー料理”を
   レストランのリストに加えましたので、ご覧下さい。旅行者の
   方には結構肝心な情報を、長い間付け加えるのを忘れていまし
   た。詳細

   20日の地方選挙で、第4期目の当選を果たしたブダペスト市
   長・デムスキー・ガーボル氏を街中で見かけました。握手と共
   に写真を一枚。

   ユーゴのNovi Sadの自由橋が、EU基金の援助によって3400
   万ユーロの予算で再建されるそうです。(第60回2002年
   9月6日発行番外編バルカン半島を此方から)

   明日から冬時間になります。月曜日の朝は1時間得した気持が
   します。

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    ★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★

  ●ブダペスト市内、ドナウ川に浮かぶマルギット島には銀杏の木
   が植林されており、ぎんなん狩りをしてきました。夏の長雨の
   所為か、昨年より粒が小さく、味も今ひとつ。茶碗蒸が泣いて
   います。

  ●先程のマルギット島、“ふれあい広場”として豚や山羊、アヒ
   ルなどが放し飼いにされている場所がありましたが、夏に取り
   壊され、代わりに鹿がやって来ました。柵が取り払われたら奈
   良のようになるのでしょうか?

  ●23日はハンガリー動乱勃発の日、または89年に共和国宣言
   をした日で祝日でした。ハンガリーだけでなく、在外ハンガリ
   ー人がこの日を静粛に祝います。また市内では、各政党が集会
   を街頭で各々開くなか、中心地の大通りでは、前首相オルバー
   ン・ヴィクトルが演説し、いきなり“社会党(旧共産党)は大
   嘘つきだ!”との第一声に聴衆は湧きました。野党になっても
   相変わらず饒舌です。

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