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    ----------我が愛すべきハンガリーのジレンマ----------
            第82号 2003年5月12日
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   ●先進国病の仲間入り
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   陽が延びて観光シーズンになると、厳寒の冬に比べて仮設舞台
   が建てられる頻度が増すヴォロシュマルティ広場。ブダペスト
   の目抜き通りヴァーツィの基点であるこの広場では、ハンガリ
   ーの民族舞踊や独立記念日の写真展など様々な催し物が行われ、
   家族連れや外国人観光客を楽しませてくれる。

   5月4日だけは違っていた。広場は敵対国との国境の緩衝地帯
   のように、数m間をあけてバリケードで分断され、警官隊も出
   動した。催し物の主催者側に対し、プラカードや旗を手にして
   対立する反対者たちは、実際に逮捕者が出る位、攻撃的だった。
   いつもは野外コンサートを妨害するほど、ハンガリー人は偏狭
   ではない。しかしこの日は開演時間が迫るに従ってブーイング
   と笛の音で広場は騒然となり、卵やトマトが投げ込まれた。
   “麻薬解禁促進”団体の催し物に抗議する、若者も含む中高年
   の男女が配布していたビラには、ヘロイン中毒で亡くなった2
   1歳の若者の写真が掲載されていた。中毒症状で不気味に変色
   したカラー写真の遺体は生々しい。

   旧共産圏の急激な体制崩壊は、ヨーロッパ内の麻薬運搬ルート
   と消費国を大きく変えた。ヨーロッパで唯一、国際薬物統制条
   約に加盟していないアルバニアから運ばれる経路は、“バルカ
   ン・ルート”と呼ばれ、ハンガリーが西側への玄関口にあたる。

   不法麻薬の流用量を正確に掴むのは不可能だが、危険性が高い
   ヘロインのハンガリーでの摘発量は世界で4番目に多い。人口
   対比で見ると、ブルガリアに次いで2番目だ。勿論、これらの
   数字が、ハンガリー国内での麻薬使用量に直結するわけではな
   い。しかし西側向けの麻薬がハンガリーを通る際、豊かになり
   つつある“美味しい”市場ハンガリーを、麻薬ビジネス界が見
   逃がしてくれるわけがない。

   共産時代には、現在のような麻薬問題が蔓延していなかった。
   1968年に薬物の不法使用が警察によって明らかにされたが、
   ハンガリーにやって来た70年代のヒッピー・ブームが、一般
   的に薬物使用の始まりと考えられている。共産主義体制下の当
   時は、麻薬問題の存在すら否定されていた。薬物使用者や薬物
   中毒患者には、2年から8年の禁固刑が科され、国外に問題の
   情報が漏れることは殆どなかった。薬物に関する書籍や記事は
   発禁、薬物問題を提議した科学的な調査によるレポートも、表
   に出ることが禁じられていた。

   共産時代での西側との経済格差や厳しい国境通過でのチェック
   が、外国からの麻薬類流入を食い止めてきた。ハンガリーを含
   むヨーロッパ諸国ではポピー(ケシ)が自生しており、伝統的
   にその実を食用として多用してきたので、強い麻薬の代わりに
   ケシからケシ茶・アヘン等の比較的軽い麻薬がつくられた。ま
   た幻覚性物質が含まれる医薬品を、偽造した処方箋で薬局から
   容易に入手することもできた。その様な理由で麻薬ビジネスは、
   犯罪組織が手を染めるほどのうまみのある商売ではなく、麻薬
   の購入資金を得ようと犯罪行為に走る者もいなかった。むしろ
   友達間で仲間意識を共有する目的として使用され、お互いが依
   存症にならないよう補完し合った。薬物使用の行為は、共産主
   義体制への反抗的イデオロギーの意味も含まれていた。

   ところがハンガリーでの麻薬使用の弊害も、1980年代半ば
   になると徐々に顕著化してきた。薬物使用が仲間内の楽しみや
   イデオロギー的な意味合いでは、済まされなくなってきたこと
   を感じとった政府は、麻薬汚染の広がりに対する危機感を公式
   に表明することにした。実質的な麻薬撲滅対策は、90年代ま
   で待たねばならなかった。

   現在、若者が初めて麻薬類に触れる主な場所は、ディスコやパ
   ーティーである。過去に一度でも試したことがある16歳の子
   供の割合は、10.3パーセントにも上る。前述の、コンサー
   ト反対者が配布していた、ビラの写真の若者が麻薬を始めたの
   は、軽いマリファナからだった。それがエスカレートし、度重
   なるのヘロイン使用の末、死に至った。

   ヒッピー時代に青春を過ごした世代のケシ茶経験者が、静脈注
   射によるヘロインの乱用へ移行するのは、あっという間だった。
   1994年から1996年の2年間で、静脈注射での麻薬中毒
   の死者は2倍ずつ増えたが、1999年に薬物法をより一層厳
   罰化に改正したことによって、病院からのデータによる表面的
   な麻薬患者は減った。しかし先進国の事例を見れば明らかなよ
   うに、経済的安定に従って麻薬汚染の問題は深刻化する。西側
   には流通しない粗悪なヘロインで、麻薬治療の機会を得る間も
   なく、命を失う先のような若者がハンガリーでは後を絶たない。

   一昨年には専門家による麻薬撲滅のガイドラインがつくられた。
   しかし仮に法や治療体制が万全に整えられても、若年層の心に
   隙をつくる社会不安といった、麻薬に簡単に手を出してしまう
   環境を払拭できなければ、魔の手から国民を守りきることは容
   易ではない。

   先月初め、マードル大統領が、ヒダシュという町の麻薬患者を
   治療する施設を訪問し、麻薬中毒患者の治療に全力を尽くし、
   若者が薬物と係わりを持つ機会を防ぐための努力を社会が惜し
   まなかったと説いた。しかし、昨年の末端価格で30億フォリ
   ント(約16.5億円)のコロンビア産コカインの国境での押
   収事件、先週は旧ユーゴからの運び屋の乗用車から2千万フォ
   リント相当のヘロイン発見など、力説される“社会的努力”と
   現実の差は歴然としている。勢いをつける麻薬流入を抑えるた
   めに、悠長なことなど言っていられない。

   体制崩壊から13年が経った。完全なる自由を謳歌しているわ
   けでもなく、国民が西側諸国のような経済的享楽を得ているわ
   けではない。EU加盟に正式署名したので、あと355日で念
   願の西側の仲間入りを果たすが、既存国との経済格差は2倍ほ
   どあり、10年以上かかっても追いつくことはできないと試算
   されている。資本主義の弊害や厳しい現実と向き合い始め、手
   放しで歓迎した自由への幻想は色褪せてきている。

   その昔、ユダヤ人だったためにハンガリーを追われたジョー
   ジ・ソロスは、現在ハンガリーや他の旧共産主義国だけでなく、
   世界中に慈善団体をつくり、様々な形で投資している。末期患
   者の苦痛軽減のために麻薬合法化推進を謳っているが、実はマ
   ネーロンダリングのために麻薬解禁を利用しようとしているの
   だと囁かれている。自分を追い出した故国のジレンマなど、彼
   には全く関係ないことなのだろうが。

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   青少年の間に広まっているのは麻薬だけではありません、若年
   層の異様に多い喫煙率も。

   ■健康問題の原因は煙にまかれてしまうのか

   暖かくなると多くのドイツ人観光客が訪れるバラトン湖で、ド
   イツから来た観光バスが点滅している踏切を横切ろうとして列
   車と衝突、33名が亡くなりました。ルーマニアへ行ったとき、
   見通しの良い踏切で、延々10分以上も列車通過を待つのんび
   りした国民性を垣間見たことが思い出されます。旅にはゆとり
   が必要ですね。

   ■ジレンマ番外編・ルーマニア 12345

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    ★★★★★Szagamiのぶらぶらブダペスト散歩★★★★★

   ●ついこの間までスケートリンクだった、英雄広場裏手のヴァ
   イダフニャド城を囲むお堀。今はすっかり暑くなって、貸しボ
   ートを楽しむ家族連れもたくさん。ライトアップで浮き上がる
   お城を見ながら夕涼みでもと思いましたが、閉店時間45分前
   だったにもかかわらず、チケット売り場は閉められてしまいま
   した。残念・・

   ●連日30度を超す暑さにバテ気味。反対に例外なくハンガリ
   ー人の友達は、この天気を待っていたと喜び勇んでいます。で
   も店もオフィスも仕事をしているハンガリー人が、いつもより
   効率が落ちているのは、バカンスを思い浮かべ、心此処にあら
   ずだからのようです。

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