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    ----------我が愛すべきハンガリーのジレンマ----------
            第89号 2004年7月23日
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   皆様、如何お過ごしでらっしゃいますか?発行期間が随分とあ
   いてしまったというよりは、廃刊になってしまったのではと思
   われるほど久しぶりの発行ですね。(メルマガ発行スタンド、
   マッキー!とめろんぱんは廃刊扱いになってしまいました・・)
   またいい加減な不定期発行にお付き合いをいただけますよう宜
   しくお願いいたします。

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   ●ホロコーストからは何を学んだのか?
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   行方不明だった叔父の名前“Eisler Laszlo”を黒大理石の碑の
   中に見出した瞬間、60過ぎの友人は深いため息をついた。約6
   万人の犠牲者の名前が刻まれた碑の前には、まだ火の灯されて
   いない小さな蝋燭が小石の横に並べられていた。友人は煙草に
   火を点けると同時に、芯の硬い蝋燭にもマッチの火を近付けた。
   “今日は一緒に来てくれてよかった。一人でここを訪れていた
   ら、悲しみに押しつぶされていたでしょう。”この4月に開館
   したホロコースト博物館で彼女は叔父の最終地点を確認できた
   が、叔父と一緒に行方知れずとなった自身の父親は未だにどこ
   で亡くなったかわからない。

   ハンガリー政府がユダヤ人を検挙し始めたのは1944年4月
   16日。この日に因み、60周年にあたる前日の2004年4
   月15日、ブダペスト市内でホロコースト博物館が開館された。
   公立のホロコースト関連の展示場としては世界で5番目になる。
   中庭に位置する碑のまだ何も彫られていない広いスペースは、
   今となっては新情報も余り期待できない行方不明者へのせめて
   もの配慮だろうか。

   ハンガリーでは1920年からユダヤ人の活動が制限され、財
   産を没収することのできる反ユダヤ法が次々に敷かれた。第二
   次世界大戦時には国策として枢軸側につき、彼らへの迫害は激
   しさを増した。戦争末期、ナチス・ドイツの占領下に入るとユ
   ダヤ人迫害の勢いは加速。僅か56日間でハンガリー在住ユダヤ
   人の約60万人のうち43万7千402人が強制収容所に送ら
   れた事実は、ナチスをも驚愕させた。ヨーロッパ全体で行われ
   たホロコーストの中で、もっとも大規模、且つ“効率的”であ
   った。

   社会主義時代にはホロコーストについての議論が許可されてい
   なかったため、罪の意識を問われることすらなかった。しかし
   体制が崩壊してから10年余、ハンガリー人自身がホロコース
   トについて、少しずつではあるが正面から向き合うようになっ
   てきた。一年半前の博物館着工式にて、国家的悲劇をハンガリ
   ーが思い出すことは重要であるとコメントしたケルテース・イ
   ムレ。彼もアウシュビッツに収容され辛くも生還した、ノーベ
   ル文学賞作家のユダヤ系ハンガリー人である。メジェッシ首相
   は、“58年前に何が起こったか、孫に尋ねられたら何と答え
   るだろうと自分に問い掛け、ホロコーストが起こった事実を思
   い出すことがどれだけ重要かと悟った。”と述べた。

   去る5月にEU加盟を果たしたハンガリーが、ユダヤ人の強制
   収容所送りを始めてから60周年目にホロコースト博物館を開
   館させたことは、人権先進国になる準備があるとパフォーマン
   スをする最高の舞台だった。しかし国内のユダヤ人から、この
   建物の意義が批判に晒されている。博物館はシナゴーグ跡地に
   位置しているとは言え、多くのユダヤ人が亡くなったゲットー
   とは縁のない場所に建てられた。周辺は地域再開発中のため通
   行止めが多く、入口前の狭い道にはバスを横付けできない。更
   に財政不足を理由に、ホロコースト関連の常設展示品が置かれ
   ていない。殆どが当時の写真と映像のみという展示内容は、博
   物館というよりむしろ写真館という印象すら与えている。“こ
   こは、ユダヤ人として死んだ、彼らハンガリー人のシンボル”
   とのカツァブ・イスラエル大統領の言葉が霞む。

   もし多大なる被害を被ったユダヤ人とその遺族への補償につい
   て、政治レベルで本格的になれば、国家経済は破綻してしまう。
   更に彼らから没収した土地、財産、美術品等を無条件に返還す
   ることになれば、共産主義時代に土地・財産を強制接収された
   ハンガリー人達との間に不公平が生じてしまう。

   そのような微妙な状況を的確に捉えているからか、カツァブ大
   統領は、ホロコーストで生き残った人達が亡くなれば反ユダヤ
   主義が再び台頭してくるだろうと警鐘を鳴らしている。ヨーロ
   ッパでは、ホロコーストと言う過去の悲劇から教訓を学んだこ
   とにより、人権重視の社会が営まれるようになった。しかしイ
   スラエル大統領のこのコメントは、今でも反ユダヤ主義が即座
   に噴出する下地があることを含蓄している。ユダヤ人が人権運
   動やキャンペーンなどの努力をしても、ハンガリー人が彼らに
   対する本質的な嫌悪感を未だ拭い去れないことを意味している。

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   この博物館では、大戦時、行方不明になりホロコーストの犠牲
   になったと思われる者の死亡した場所、日にちを調べてもらう
   ことができます。尋ね人の生年月日、当時の所在地、家族など
   の情報を記入すると、係りの人がコンピュータで検索。そして
   登録されていれば、犠牲者の名が記念碑の何処に刻まれている
   かを示すデータをプリントアウトしてくれます。

   ●学校の教科書どおり、ユダヤ人が長年差別されてきたことが
   既成事実としてスタートしたのでは、ホロコースト、ポグロム
   等が起こった原因はわかりません。接することが一番の近道で
   ありますが、“カミングアウト”してくれない“一般ユダヤ系”
   が多いことも足かせになっているようです。

   ■ハンガリー人って一体誰?

   ■人のふり見て我がふり直せ

   ■後からやって来た運命

   ■絵画の行方は

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   外国語会話集の革命児的存在の“指さしシリーズ”から、弊著
   “旅の指さし会話帳・ハンガリー”が昨年11月に出版されま
   した。テレビでも露出度が高くなってきたハンガリー、更にも
   う一歩、理解していただけるトピックで洪牙利“通”になって
   みませんか?全国の大きな書店でも取り扱っておりますので、
   ご興味のある方は此方のアドレスにアクセス下さい。

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       ★★★★★Szagamiのぶらぶら散歩★★★★★

   ●ブダペスト東部のティサ湖に行ったところ、電柱の一番てっ
   ぺんにはコウノトリの巣が。街中に幾つもあったのですが、湖
   畔の釣り人の横で釣れた魚を横取りしようと待ち構えている姿、
   とても野鳥には思えませんでした。

   ●先週末、友人の息子の結婚式に参列してきました。丘の上の
   城跡に公証人を呼んで、書類に新郎新婦がサイン。ロマンチッ
   クなようですが、40度近い炎天下で未舗装の急勾配の坂道は皆
   の晴れ着を土埃と汗だらけにしてしまいました。でもそのお陰
   でパーティーでの冷えたビールは格別となりました。

   ●ただ今、バケーション・シーズンですので、行楽地に続く幹
   線道路以外はブダペスト市内、比較的道が空いています。その
   ような訳で、通勤、通学に影響が少ないこの時期恒例の地下鉄
   改修工事、6月19日から8月29日までは長すぎでしょ。いく
   ら改札やホームが綺麗になると言っても、M2はブダ側とペス
   ト側を結ぶ唯一地下鉄なのですから。

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