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    ----------我が愛すべきハンガリーのジレンマ----------
            第93号 2005年2月05日
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   昨日、愛知県で痛ましい事件がありましたが、昨年の奈良県幼
   児殺害事件の様に如何に子供の安全を確保するかが、これから
   の時代、親の急務となってきました。今回は“ジレンマ”にな
   っておりませんが、ハンガリーの事情をご紹介いたします。

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   ●守るのはあなた達しかいない
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   暖冬だった今シーズンにやっと本格的な寒さが訪れた。先月下
   旬から雪がちらつく日が続くようになり、ブダペストらしい厳
   しい冬を演出し始めた。新緑の香る気持ち良い季節には小学生
   の遊ぶ姿が日暮れまで絶えない公園も、この時期だけは静寂に
   包まれている。しかしどれほど寒くなろうとも、下校時になる
   と学校の前は子供たちの談笑で賑やかになる。授業が終わって
   帰宅するまでの時間をつぶしているわけではない。親が迎えに
   来るのを待っているのである。

   近年日本では、小学生に対する殺傷・誘拐事件など物騒さが増
   してきたために、“集団”下校が取り入れられたり、その是非
   が問われるようになってきた。しかし、ハンガリーに限らず欧
   米から見ると、漸くという感が否めない。小学生程度の子供の
   学校への通学バス、親など大人による送り迎えは半ば常識化し
   ているからだ。日本では子女が夜道を安全に歩けるような治安
   が存在しているとはいえ、小学生、幼稚園児が都市部の私立な
   どに通うために子供たちだけで公共の乗り物を利用する姿を目
   にすると、他人事ながら彼らの身の安全性を危惧してしまう。

   ハンガリーでは私立校がなかった社会主義時代から地域と密接
   した“学区”が事実上存在せず、また義務教育期間でも親が子
   供を通わせたい学校を選ぶことができるため、長距離を通学す
   ることも珍しくない。学校は各生徒の通学時の安全を確保する
   義務はなかったが、20-30年程前までは親が登下校の面倒を見
   ることは少なかった。1960年代終わりから警察とは別に、市民
   の日常の安全を守るための名目の警備員が配置された。体制下
   の秘密警察の流れを汲む組織にもかかわらず、治安が格段に良
   かったと前政権を懐かしむ年配者が多いことから、安全な日常
   生活を維持するのには少なからず役に立っていたことが窺い知
   れる。

   “勿論、子供たちだけで学校には通っていたわ。秘密警察と何
   ら変わらないような彼らだったけれど、治安の向上と言う面で
   は彼らに負うところが多かった。急に物騒になったのではない
   けれど、いつからか親が子供の送り迎えをするようになったわ
   ね。”仕事を持ちながらも、携帯で連絡をとりあいながら毎日
   12歳の娘を学校まで送迎している40代前半の女性。

   “学校に上がった初年度は両親だけでなく、おじいちゃんやお
   ばあちゃんと一緒に学校へ行き来して楽しかったよ。”羨まし
   い登下校時の様子を語る30代前半の男性の言葉に、のんびりし
   た時代だったのだろうが、耳を疑ってしまった。

   地方には依然として隣人との強いつながりを持つ地域社会が存
   在しているが、都市では地域の大人の目が常にある中で、安心
   して子供が行動する環境は日本同様に少なくなっている。しか
   し、地域の眼が無いからと言って、子供の登下校時の安全を学
   校に依存する親はいない。事故時の責任所在が曖昧な状態で安
   全を確保することができるのは、親しかいないからだ。

   また子供の親達は、子供に係わる事件だけを憂患しているわけ
   ではなく、交通事故に巻き込まれることも心配している。国の
   経済成長と共に制御性の良い車が増えたため、交通事故死をす
   る危険性は増減を繰り返しながら緩やかに減ってきたものの、
   一旦事故に巻き込まれれば日本の7倍の確立で死につながるこ
   とを考えれば、自ずと神経質にならざるを得ない。(14歳以下
   の子供の場合)

   1989年の体制崩壊後に急速に変化した社会状況に対応できず、
   未だに右往左往しているハンガリー人は多いが、親自らが即応
   しなければならない子供の安全確保だけは大部分が反応してい
   ると感じる。つまり、地域に依存することなく各家庭で子供の
   安全を最優先に考えていることである。両親、若しくは親類が
   学校へ子供の送り迎えをする姿は、日本人の眼からハンガリー
   人が“暇だから”できると映るかもしれない。しかし、仕事に
   忙殺され、子供の安全を地域や学校だけに依存する方がよっぽ
   ど不健全で、優先順位を間違えているのではないか。

   更に日本、ハンガリーに限らず、都市部と地方での地域のあり
   方は全く異なるが、沸き起こる形で地域社会をつくらなければ
   お互いが無責任に依存してしまうため、子供の安全を注視する
   “地域の眼”が機能しない。

   親自身が子供を防衛しなければいけない社会の存在は悲しいこ
   とかもしれないが、予測不能な事態に備えた親の目の元に育つ
   子供たちの方が、ある意味幸せかもしれない。生き方が多極化
   した時代にはなってきたが、子供の個々の成長を安全に、また
   温かく見守ることができるのは肉親しかいないのだから。

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   子供たちを取り巻く問題は何も日々の安全確保だけではありま
   せん。物質的な西側の文化の急激な流入も内面から蝕んでいま
   す。

   ■子供達の成長は待ってくれない

   今年の日本、スギ花粉の飛散量は例年の数十倍だとか。ハンガ
   リーもアレルギーを発症させる植物があります。

   ■ハンガリーの花粉症

   ノーベル文学賞作家、ケルテース・イムレの日本語題名“運命
   でなく”(ハンガリー語Sorstalansag・英語Fateless)が映画
   化され、ハンガリーで2月10日から劇場公開されます。
   運命でなく(ハンガリー語のみ)

   ■後からやって来た運命

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   弊著“旅の指さし会話帳・ハンガリー”の重版決定

   全国の大きな書店でも取り扱っておりますが、下記のアドレス
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       ★★★★★Szagamiのぶらぶら散歩★★★★★

   ●毎年欠かさず通っているモハーチで行われるなまはげ祭り、
   ブショーヤーラーシュに明日から行ってきます。今年はどんな
   新しいお面を被ったブショーが現れるのか楽しみです。

   ●急に暖かくなった数日前、ドナウ川に流氷が下ってきました。
   どんなに寒くなってもいいから、王宮前や国会議事堂前のドナ
   ウ川が完全に凍った上を歩いてみたいものです。

   ●長い間、修復工事のために閉鎖されていたルダシュ温泉が、1
   月半ばから一部再オープンされました。しかし観光客お目当て
   のトルコ時代の温泉部は、まだ閉鎖されたままです。実は工事
   中に遺跡が出てきてしまい工期が随分と遅れてしまっていると
   のこと。此方は夏に再オープンだそうですが、どうなることや
   ら。

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