━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
----------我が愛すべきハンガリーのジレンマ----------
第94号 2005年11月04日
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
先日の“お知らせ”から大分時が経ってしまいました。私なり
にはスタイルを変えたつもりですが、余り変化がないような気
がします。さて、皆様の目にはどのように映るのでしょうか?
今年の10月は寒い日が続き、秋を感じる瞬間が少なかったよう
に思えます。しかし此処のところの青空、澄み切った空気は冷
たいものの黄色や紅色に変わった木々の葉を見るのは気持ちが
いいものです。紅葉の少ない針葉樹林が多い中で一際目立つツ
タの葉の紅さにうっとり。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●鉄製の靴は何を見たか?
........................................................
過去は遺跡と同じように時の流れに埋もれてしまう。砂埃を小
まめに払って白日の下に曝し続ける努力をしなければ。辛い過
去を生きた人々の日常であれば、尚更忘れ去られないようにし
なければ。
ドナウ川に沿って走る2番線は、対岸に王宮を臨み、荘厳な国
会議事堂や民族博物館を眺めながら旅行者が時間を最大限に有
効活用できる路面電車である。夕日に映えるドナウに心を捉え
られるが、川沿いの遊歩道に持ち主を失った靴の一群にも気が
付くであろう。
今年4月16日、ハンガリーのユダヤ人がゲットーへ追いやられ
た1944年同日を記念して、鉄製の靴のモニュメントがドナウ沿
いに並べられた。その落成式がジュルチャーニ首相によって行
われた。
当時、ナチス支配下であったハンガリーでは“矢十字党”がユ
ダヤ人を迫害し、ドイツ以上の効率性でユダヤ人をアウシュビ
ッツへと送った。国内では1944年末の冬から毎晩50-60人ほど
のユダヤ人が流氷漂う厳寒のドナウ川に突き落とされ、5千人
ほどが亡くなったと言われている。
砂に埋もれた出来事にさせないためにつくられたはずの鉄製の
30足が、僅か3ヶ月ほどで2足を失った。スパナのようなもので
誰かに剥がされたのだった。警察は早々に反ユダヤ的な行為と
は関係がないと結論付けたが、ユダヤ人組織は警察発表に同意
していない。ユダヤ人の墓地が荒らされたりする事件には敏感
に報道陣が反応するが、その他に多発しているハンガリー偉人
の銅像やモニュメントへの同様な悪戯書きなどと問題を同一視
しないことに不自然さを感じる。悪質な悪戯として一括りにし
たい警察側と何でも“差別”として世論の議題に挙げておきた
いユダヤ人側の綱引きが展開されている。
事実は犯人を捕まえてみなければわからないが、30足の内僅か
2足だけを剥がしたことが反ユダヤ的行動に繋がるという見解
はいささか説得不足である。他のヨーロッパ諸国でも同様の事
件には同じような力学が働いているが、被害者がいつまでも被
害者であり続けることで得られる利益が見え隠れしている。
現ウクライナ・キエフからの移民だった故ゴルダ・メイヤーイ
スラエル首相の言葉が、最も現実的であろう。“ナチスが私た
ちに行ったことの後には、私たちは何でも好きなことができる”
この概念が、此処ハンガリーのユダヤ人社会でも忠実に守られ
ているかの如く。
メイヤー首相 - 彼女の言葉が脳裏を掠め、嫌な空気に気分が
悪くなりかけたが、眼に飛び込んでくるのはただ28足の靴がド
ナウ沿いに佇むという現実だけ。それよりも、このモニュメン
トの作者であるパウエル・ジュラ氏が事件後に、一週間以内で
失った靴をつくり直すと発言したにも拘らず、3ヶ月以上経っ
ても何も変わらないゴシップ的なところに苦笑してしまった。
靴に供えられた花々をファインダーに収めて、その場を立ち去
った。気ままなぶらぶら散歩を続けるために。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
起こった事実は事実として語り継ぐ必要はありますが、そこに
政治的な意味を含んだ場合、事実がきな臭く感じてしまうのは
穿った考えでしょうか?
鉄製の靴のモニュメントの写真
■ホロコーストからは何を学んだのか?
■後からやって来た運命
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
弊著“旅の指さし会話帳・ハンガリー”の重版決定
全国の大きな書店でも取り扱っておりますが、下記のアドレス
からもご購入することができますので、ご興味のある方は此方
にアクセスされてみて下さい。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
★★★★★Szagamiのぶらぶら散歩★★★★★
●放射冷却のためか透き通った青空が広がって気持ちがいいの
ですが、気温はぐんぐんと下がってきています。明日からは11
月、いつ雪が降っても、道路が凍結しても不思議のない季節と
なりました。毎年恒例の砂・塩撒きもそろそろ見られる?
2005年10月31日
●此処のところ天気が良いのでこの様な天体ショーも極々簡単
に楽しむことができます。2003年の大接近ほどではありません
が、次回は2018年。東の空を眺めるとすぐに見つかるかと。ゲ
ッレールトの丘には天文観測所があり、アマチュアの方も集っ
ています。 2005年10月30日
●ナチスのユダヤ人迫害・虐殺は誰でも知っている歴史的な暗
部。ハンガリーでは鍵十字ならぬ“矢十字”がナチス以上の残
虐な役割を果たしました。縄などで数珠繋ぎにされてドナウ川
に突き落とされて亡くなったユダヤ人を偲んだ“靴”モニュメ
ント。でも数ヶ月前にはいくつかの靴が持ち去られました。
2005年10月29日
●数年前からハローウィーン用のお化けかぼちゃが市場にちょ
こちょこ出始めました。それまではTokと言えば瓜などを指す
単語でしたが、(日本も昔はかぼちゃ瓜と呼ばれてた)この新
しいかぼちゃのことを“Hallowen tok”と呼ぶそうです。
2005年10月26日
●鳥インフルエンザ、最悪の事態に備えてワクチンの備蓄を各
国しています。(日本は遅れていますが・・・)ハンガリーで
も過剰にこの疾病に反応していて、鶏肉や鴨肉、ガチョウ肉の
売上が落ちています。医学的見地からだと肉や卵食べても余り
関係ないのだけど。それより渡り鳥とかの方をどうにかして。
2005年10月25日
●10月23日の“共和国記念日”、毎年国会議事堂前でVIPが揃
い、ハンガリー動乱時に秘密裏に処刑されたナジ・イムレ首相
の像に献花します。この行事、マンネリ化のためか国家的な行
事に関心がなくなったのか、年々人手が少なくなってきていま
す。 2005年10月23日
●10月23日は“共和国記念日”。1989年に政治的に社会主義が
終わった日であり、1956年のハンガリー動乱勃発の日。教科書
で目にした事のあるこの“動乱”で何が起こったのか?
2005年10月22日
●フォアグラづくりの強制肥育が残酷だと言うことでアメリカ
などから批判されているフランスが“文化・美食遺産”に指定
しようと苦肉の策をだす。ハンガリーも実は有名な生産地。
2005年10月21日
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ご意見ご感想などはhungary@szagami.comまで All right reserved Copyright Szagami 1999-2005http://www.szagami.com
|