ブダペストの歩き方Part02 2004.Jun.05

 ハンガリー人の自由に対する国民的英雄

農林水産省の建物の正面右まで足を運ぶと、道路向かいに橋の上でたたずんでいる1950年代の首相ナジ・イムレNagy Imreの銅像が。眼鏡を掛け、優しそうな人柄がにじみ出ている彼は、1956年社会主義に反対する民衆が蜂起したハンガリー動乱の首謀者として、秘密裏に処刑されてしまいました。彼の思いがかなったこの現在、ひっそりと国会議事堂を横目にこの国を見守り何を思っているのでしょう。

ここでも米ソ冷戦は終わった?  
 
ナジ・イムレの像の横のVecsey u.を進むと自由広場Szabadsag terの登場です。今では少なくなった社会主義のにおいをプンプンまき散らす、旧ソ連による解放記念碑が広場の真ん中にそびえ立っています。第二次世界大戦末期、ナチスの手にあったブダペストを旧ソ連が解放したときに亡くなった戦士のモニュメントも、資本主義の代表であるアメリカ大使館やテレビ局のきれいな建物に囲まれて、もはや威厳を失いがち。  

 でも最近、この広場に地下駐車場を建設した際に、このモニュメントもついでにお化粧直しをしてもらって、共産時代に辛い思いをした市民からブーイングがでましたが、旅行者にとっては数少ないコムニズムシュの香り。 

聖人のミイラは永遠に・・ 

そのまま道を進みOktober 6 u.へと名が変わる頃右を眺めると、Zrinyi u.から建国1000年を記念して造られた壮大な聖イシュトヴァーン大聖堂Szent Istvan Bazilikaが現れます。建国の年896年の下2桁を取って、国会議事堂と同じ96mの高さを誇ります。

大聖堂内に入ると50種の大理石が敷き詰められ、主祭壇には初代国王聖イシュトヴァーンの姿が。主祭壇左手礼拝堂には彼の右腕のミイラが聖体顕示箱の中に展示。 

 もともと彼の遺体は、南西の街セーケシュフェヘールヴァールSzekesfehervarに安置されていました。トルコ軍の占領時、トルコの商人によって商品としてヨーロッパ各地を回り、1711年ブダペストに帰ってきたいわく付きのミイラ。 

 毎年8月20日建国記念日には、聖体顕示箱と共にお御輿のように仰々しく練り歩きます。1991年、この行事のときには故ローマ法王ヨハネ・パウロ2世も参加しました。 

 ブダペストを大変気に入り、かなり投資をしているハプスブルク家直系の末裔が、ここ聖イシュトヴァーン大聖堂にて結婚式を挙げ、チャールズ皇太子や浩宮様の結婚式のようにテレビで大々的に取り上げられたのは1998年夏のこと。大聖堂前には一目見ようと人だかりができ、ブダペスト中お祭り気分に浸りました。2000年からエレベーターで大聖堂の尖塔に上がれるサービスができ、ペスト側で一番高い展望台から街の中心部を見渡すことができます。

英雄だらけの英雄広場、でも誰なの? 

 大聖堂を出て、裏手にまわり大きな通りBajcsy-Zsilinszky utを右手に進み、交差点に黄色のMetro1を見つけたらMexikoi u.方面に乗り、6つ目Hosok tereで下車。地上に出ると英雄広場Hosok tereを軸に市民公園が目の前に。 



 勇敢なハンガリーの部族長アルパードを先頭とした騎馬像を正面に取り囲むように14人の英雄たちが威厳を持って立っているのは堂々たるもの。  

 1900年パリの万博でグランプリを獲るほど立派な騎馬像はイタリアはパドヴァにあるガッタメラータ将軍の騎馬像の世界一の名をこちらにいただきたいくらい。 

 英雄達が各時代を切り開いていった様子を銅像の下のプレートにしたためていますが、一つづつ見ていくと段々食傷気味になってくるのが旅行者の本音。  

 建国1000年記念として造られた広場の調和の方を心ゆくまで味わいましょう。 

 左手の建物がエジプトのコレクションからヨーロッパの古典主義までの作品(グレコ、モネ、セザンヌやラファエロ、フィリッポ・リッピなど)をそろえているファイン・アート博物館 Szepmuveszeti Muzeum、右手が随時催し物が変わるアート・ギャラリーMucsarnok、銅像たちの右後ろに見えるのが各種の様式を取り入れたヴァイダフニャド城 Vajdahunyad var、内部は現在農業博物館(すごくつまらない!)に使われています。 

 日が暮れてからのライトアップは、アルパードが安住の地を求めカルパチア方面から武装してやってきた様子を浮かび上がらせます。 

未来のプリマドンナを夢見て 



 今度はMetro1の駅まで戻ります。Vorosmarty ter方面行きの地下鉄に乗り、5つ目Operaで下車。地上へ上がればそこには豪華絢爛なオペラ劇場が。

 正面左には偉大な作曲家フェレンツ・リストの銅像が、右にはハンガリー国家作曲者フェレンツ・エルケルがオペラ劇場を見守っています。当時観客が高度な芸術を求めていた時代でもあり、ウィーンのオペラ・ハウスに負けないような立派な建物を国民が欲していました。そして同時期の1884年に完成。  

 贅沢な赤大理石をふんだんに使ったオペラ・ハウス内部は演目が始まる前から観客をうっとりとさせ、ロイヤル・ボックスからは時の皇帝フランツ・ヨーゼフやシシーは当然のこと故ダイアナ妃、ミッテラン前仏大統領やはたまたマイケル・ジャクソンなどが楽しみました。 

 演目は通常冬のみ(サマー・フェスティバルなどもある)しか行われないので、それ以外に通年内部見学コースが用意されています。毎日15、16時からスタートで45分ほど英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語などのガイドに付いてまわります。どの言葉もわからない方はハンガリー語のチケットを買うと半額以下に。 

 以前はコーヒー・ハウスだったなんて信じられないほど豪奢な国立バレエ学校が道を挟んで正面に。成績がよかった学生は目の前のオペラ劇場に上がるチャンスがもらえる!未来のプリマドンナが今そこでトレーニング中かもしれません。(残念ながら現在は売却され、ホテルになる予定です。2004年6月
 
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