ヴィッラーニ Villány
    2005.Oct.

酒好きSzagami ヴィッラーニへ再詣で!

  2月にブショーヤーラシュ祭の帰りに立ち寄った赤ワインで有名なヴィッラーニ村へ、またまた酔いつぶれに行ってきました。Szagami崇拝するゲレ・アッティラ氏のペンションに宿泊、あいにくの雨でしたが赤ワインにまみれてきました。

 前泊はブダペストより電車で南229kmのペーチにて。ペーチ駅に到着後、昼食をとる予定にしていたレストランの名をタクシー運転手に告げると、地元民に人気のある獣肉レストランを教えてくれました。街の中心から離れたレストランは、こてこてのハンガリー郷土料理屋。南部はハンティングが有名で、鹿・イノシシ・キジなどを料理します。店内はオーナーが狩猟したと思われる野生動物の毛皮が、壁中に張られていました。メニューはそれこそ獣肉のオンパレード、鹿肉グヤーシュを発見し早速注文。イノシシ赤ワインソースのステーキと共に、雲行きが怪しく、気温が低いために冷え切ってしまった身体を温めました。今回の旅行の出だしのワインは何にしようかな、まだ修行中らしいウェイターに質問すると、ヴィッラーニ産の樽出しケークオポルトー2000年があるとのこと。レストランにあるハウスワインは大抵お安い質の傾向がある。ところが口に入れ、ころがしてみてびっくり、地元民のワインへかける熱意と確かなワイン作りの能力をなめていました。オポルトーで2000年とまだ若いのに、樽の香りとこのコクはブダペストでは味わえません。これぞ“産地直送”の代表例!

 引き続きしとしと雨の降る次の日、ヴィッラーニへと向かいました。緩やかな丘陵地が広がり、雨の露に濡れてブドウ畑の葉が青々と。19世紀後半ハンガリーは60万人のドイツ系移民が農業技術を導入したのですが、ヴィラッーニの赤ワインの優れた品質もドイツ系職人の技術がベースになりました。ヴィッラーニの丘陵地帯が、ワイン産地イタリアの地中海性気候に近いために赤ワイン製造に合っているのです。

 ドイツ人の技術により、最近ヴィッラーニの名門ワイナリーの一つとなったヴィリアンVylyanは、ヴィッラーニ村の中心から少々離れた村にあります。今回は村内のワイン蔵巡りに集中するため、ヴィリアン見学は次回にしましょう。

 ペンションに昼前11時に到着、荷物を置き早めの昼食をとることに。ところがペンションから歩いて5分もしないレストランへの道中を阻むものがありすぎた!


立ち並ぶワイン蔵の一つの入り口の前で、雨の中、摘んできたばかりのブドウを、数人のほっぺたの赤い農夫達が荷台から降ろして、除梗機(ブドウの房だけにする機械)に入れていました。雨の中をぶどうと戦っています。ずうずうしさのカモフラージュに、デジカメを旅行者の特権武器として振りかざし、土牢のような蔵に押し入って“写真撮らせて下さい!”もう引退したそうな年中酔っ払い顔のウェルラ・ゾルタンじいさん72歳を直撃インタビュー。招かれるまま地下室へ行くとワイン樽が並ぶ見慣れた光景。無言のうちに樽からワインをコップに注いでくれました。勿論、自分の分も忘れずに。蔵は奥さんと2人で切り盛り。息子さんは家業を継ぐ気はなく、農繁期のみ手伝ってくれるそうです。オポルトー2000年をご馳走に。軽いバニラとプラムの香りが素敵でした。役所から許可をとるのが大変なので、ボトル詰めはしないとのこと。

 ヴィッラーニは元々ケークオポルトー種を栽培していた土地、それが赤ワイン産地として、カベルネ・ソーヴィニオンやメルロー種を栽培するようになったとか。でも頑固一徹ゾルタンじいさん、ヴィッラーニの魂はオポルトー種なのだ、と頑なに地元の伝統を守るおじさんの口数少ない説明には、ヴィッラーニ村をこよなく愛する想いを見たような気がします。何せ1920年にアメリカの薬局会社が、この村のオポルトーから薬を製造した、というご自慢話をした時だけ口元に笑顔が広がったのですから。

 5分先の目的地へさえ、容易に辿り着くことさえできない飲んだくれワイン道中。やっとレストランへ到着、マラティンスキーMalatinskyのフランス大会で賞を獲ったカベルネ・ソーヴィニオン、メルローブレンド1997年を鹿のソテー・ベリーソース掛けと共に楽しみました。舌にからみつく重さにうっとり。

 ウンチクが煩さそうなドイツ人やフランス人の観光客の質問にも即答できそうなウエィターから、マラティンスキーの蔵では少なくとも一週間前には8人以上で予約しないと試飲できないという情報を聞き、これも次回とすることに決定。

 ちなみにこのウェイターの好み、1番がマラティンスキー、2番目はボック・ヨージェフBock József、3番目がティファーン・エデTiffán Ede。今回は予定に組んでいなかったティファーン・ワイン蔵訪問を即決しました。

 程よく胃がご機嫌になり蔵巡りを再開。中央通りに立ち並ぶワイン蔵が全て開いていなかったことに感謝。Szagamiはヴィッラーニ村と心中しそうです。


午後の一番勝負はグンゼル・タマーシュGúnzelTamás蔵で、まずはオポルトー2000年。フルーティーで香りが力強く攻撃的。まだ少々硬いかななどと言いながら、お次はカベルネ・ソーヴィニオン1999年。 渋みが強くタンニンの味が舌を適度に刺激しました。隣のテーブルでは若い子が出荷用のボトルにラベル貼りをしています。日曜日なのに手伝いに不満なのか雨にご機嫌斜めなのか、ラベル貼り一本につき所要時間6分也。

 お次は蔵入口に立っていたお兄さんに声を掛けられ、入る事に決めたフリッチ・ピンツェ Fritsh Pince。オポルトーやツヴァイゲルト、ケーク・フランコシュの2000年を次々と試飲しましたが、残念ながら全てボツ。味がどれもちょっと外れていました。一生懸命グラスに注いでくれる若干25歳のシャーンドルさん、蔵の切盛りは彼にまかされています。父の代からの家族経営25年、彼の意気込みにオポルトーを購入したら、逆にお土産に白ワインのレアーニカをもらってしまいました。瓶にはサインペンの手書きでぶどう種と製造年を書いてくれました。頑張ってブダペストに出荷できるいいワインを造ってください。

 発酵槽と呼ばれる大きな入れ物の中にあるぶどうを、巨大おたまでぐるぐるかきまわしているおじさんを発見。真っ暗な蔵ガベルネット・フェレンツ蔵Gabernet Ference Pinceへカメラの武器を片手に忙しい仕事の邪魔をする。。“写真撮らせて下さい。” 奥様はガベルネット家に嫁いでから、ご主人の父親が始めた40年の家族経営のワイン造りを支えてきました。80歳のお婆様はぶどう摘みの現役。 “ゲレのところに宿泊しているのね、我家はオポルトーをゲレに出荷しているのよ。うちの娘がゲレ・ペンションで仕事している。” ぶどう採取の農繁期、この土日から、一年で一番忙しい時期が始まったらしい。 道理で、ぶどうが山積みされた荷台をトラクターや馬が、中央通りを頻繁に行き交っていると思いました。

 今年のぶどうは夏の日差しが十分でなく、糖分の不足に頭を痛めているのに、この収穫期に雨が降ってしまい、2001年産ワインの質が心配な事、11月までケークフランコシュ種、カベルネ・ソーヴィニオン種のワイン作りが続くこと等を教えて貰いました。(ついでにゲレ氏は奥さんと、ブダペストの王宮広場で行われていたワイン・フェスティバルに出展、本日ヴィッラーニに戻ってくるという情報もゲット。)

 摘んできたばかりのぶどう、オポルトーを道々おすそわけしてもらいながら、お次の蔵はセンデ・ピンツェSzende Pince。たまには白ワインをとオラース・リスリング2000年。くせがなく軽くさらっと。オポルトー1998年。これも甘くて軽くていい。最後はカベルネ・ソーヴィニオン1998年。樽の香りがしっかりしていて、軽くて味のバランスが絶妙、一本購入。切盛りする奥さんを手伝う子供達。団体さんの予約があるのか、長テーブルにおつまみや試飲用のグラスを手際よく準備しています。

 お土産の入ったかばんと胃が少々重たくなってきたので、しばらくゲレ氏ペンションで休む事に。ちょうどブダペストから戻ってきたゲレ氏の奥さんと会う事が出来ました。フェニックス1998年をちびちび飲みながら、冷えた身体を温めます。

 夕食はレストランにて。ヴィッラーニの老舗製造主ゲレ・タマーシュGere Tamásオポルトー2000年を鴨の胸肉ソテーサラダを前菜に、牛肉のヒレ・ステーキを食しました。少々しぶみがきつく、マラティンスキーのブレンドと比べるとまろやかさに欠けるかな、勿論、オポルトーとカベルネ・ソーヴィニオンを比較してはいけません。

 怪しい空模様ですが傘は持つ必要がなくなった次の日、ボック・ヨージェフBock József蔵に直行。途中マラティンスキーの蔵が、確実に閉まっているのを確認(やはり残念)。メルロー1998年、カベルネ・ソーヴィニオン1999年、14ヶ月樽の中にあったバニラの味の強いロイヤル・クヴェー1997年などを楽しんでいる間に、ぶどうまみれのボックおじさんの朝食を食べている音が聞えてきました。おじさんが朝食を食べおわった頃を見計らってご挨拶。“日本人の写真好きはご存知ですよね、2月に来たときに一度ご一緒させて頂いているのですが”と芸能人に自分を売り込む状態。商売人のボックおじさんの“もちろん覚えているよ”のリップサービスにご機嫌になりました。

 従業員に地下を見せてもらうことに。2月には見れなかった裏の畑、新しく購入した除梗機、ボトル詰めの機械、ラベル貼機等を見せてもらいました。

 実は今回のとりはティファーン。電話を前もってして試飲も出来ることを確認、ところが訪れてみると従業員が“今は上司がいないからわかりません”と言う。“朝電話したら試飲させてくれると言われたのですが”何の権限もない若い従業員が、問い詰められて泣きそうになっています。“あのぉ、上司、観光客が試飲したいと言っています。ドイツ人には見えませんけれど”電話先でどやされている様子、何とかごねると“小さい”(位が低い?)上司が来るとの事、入り口で待たせてもらいました。しかしトラックで乗り付けてきた若い男性が逢うなり“今一番忙しいのに!試飲ができると言ったのは、何もわかっていない母だった”と言われてしまいました。

 そう、登場したのはティファーン・エデの息子、ティファーン・ジョルト。“小さい”上司って、セラーの当主の息子だったのか!
“10分で帰りますから” と門前払い寸前のところを何とか部屋に入れてもらうと、あるではないですか、ボックのところと同じような試飲室。

 のっけから怒っていた息子ジョルティ、最初はリースリング2000年から。後味がフルーティでバニラの味で石っぽい。次はオポルトー2000年。この辺りからジョルトの目尻が下がってきました。

 ティファーン蔵は、日本の雑誌でも取り上げられたようで見せてくれました。フランコシュとオポルトーのキュヴェ1999年を試飲しながら、日本で販売されている値段などを話し合ううちに“僕も飲もうかな”と自分のグラスを出してくる始末。あんなに忙しいって怒っていたのに、今度はぶどう畑で従業員が小上司の帰りが遅いと怒っているのでは?壁に掛かっていた、ソムリエ田崎氏によるコメントつきのポスターまで降ろして見せてくれました。田崎氏がヴィッラーニに来て、ここで試飲したらしいです。カベルネ・ソーヴィニオン1998年を試飲する頃には、すっかりチリ・ワインやアルゼンチン・ワインの話、輸入税や日本人のアルコール分解細胞の話までに。そして最後には日本で一本6000円で販売されているDomaine Mondvinブランド(二人のオランダ人との共同運営ブランド)のカベルネ・フラン1998年のコルクを開け始めました。

 極めつけは“新しく建設途中の蔵を見る予定があったから紹介してあげるよ”隣の新築中の地下への階段を下ると、真っ黒のカビに覆われたセラーがでてきました。

 “トカイのSzepsy蔵とうちのビンテージ・ワインを1カートン交換したんだ。ここのセラーには元々白カビしかなかったんだけれど、交換したトカイのボトルについていた黒カビが繁殖したんだ。” 奥には1893年のワインを積んでいるとのこと、次回はぜひこのワインのコルクを開けさせたい!1746年からの老舗のワイン・セラー、ティファーン。 お父さんエデは生産管理組合の組合長さん。彼が10代目になるそうです。彼には子供が二人、きっとスパルタ教育で11代目として育てていることでしょう。

 ブダペストではもうなかなか手に入らないゲレ氏のワイン、カベルネ・ソーヴィニオン1995年などを購入し、次回への課題を残して帰途へつきました。


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