我が愛すべきハンガリーのジレンマ


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:::メルマガ発行の意図と設立までのエピソード:::

“どこに行ったら共産主義的な雰囲気を垣間見れますか?”

これは日本からハンガリーにいらっしゃる旅行者の方々から頻繁に聞かれる質問の代表的な一つです。“サービスの悪いレストランや喫茶店に行ってみてください。十分に元共産主義の香りがしますよ。”と答えると、大抵の場合は笑って頂けます。

日本から見ればハンガリーなんてまだまだ遠くて余り知られていない国。たった11年前の1989年12月までは、今でこそ経済的に崩壊してしまったあの強大な連邦国であったソ連のおひざ元の国のひとつだったのです。丁度その頃、ゴルバチョフが一生懸命“情報公開(グラスノスチ)政策”を展開しようとしていました。世界中の人々は、鉄のカーテンの向こう側でどんなことが起こっているのかちっとも知りませんでした。

知らないことをちょっと覗いてみるという行為は、甘い蜜というページに入りませんか? 

“共産主義の国々って物が不足しているからお店に並ぶ人の行列が長いって本当?”

“電話って盗聴されてるんだって?”


今でこそ皆さんも御存じかもしれないことも、当時は民主主義の自由を謳歌することや市場には物があふれていることが当たり前になっていた日本人にとってはそんなことがまだあるなんて、という気持ちがあったと思います。
同時に、“もっと日本との違いを知ってみたい(もっと、その不便さ?不幸さ?を知ってみたい)”と感じたのでは。(自分に降り掛かってこないからこそ甘い蜜?)

それでもたったの11年ではありますが、月日は経ちました。ソ連のおひざ元にいた共産主義の国々に住む人達も、好きなことをしゃべってもしょっぴかれない自由を手に入れました。使用しても壊れない便利な商品も外国から簡単に手に入るようになりました。マクドナルドもたくさんあるし、今ではインターネットカフェもたけのこのように増えてきたし。

私は縁があって、“不自由だった”元共産主義の一つの国ハンガリーにやってきました。(何故にハンガリー?それはおいおいご紹介していければ…)ハンガリーは共産主義時代から他の東欧圏に比べて比較的自由で豊かだったと言われています。今では西側諸国の便利さが更に着々と根付いて来ています。それもハンガリー人が憧れ求めているものだから急激な速さで。

西側諸国の香りを知ってしまったハンガリーは、もう日本にとっては覗いてみたい甘い蜜ではなくなってしまいました。日本人から見たら知ってみたい“甘い蜜”が外にたくさん流れるようになり、“行列”や“盗聴”なんてちょっと前の日本でさえ聞いたことがなかったような生活環境の違いもなくなって、“覗いてみたい不思議な国”ではなくなってしまったのです。外側から見れば立派な中進国に見えるようになりました。

ところが、ハンガリーの経済成長の過程の中で大きな矛盾を発見しました。

戦後日本はアメリカに追いつけ追い越せで、自分たちの足で立つことを目標に成長してきました。ひとつひとつ片付けてきたのです。街頭で皆で見ていた白黒テレビが一家に一台になり、カラーになったと思ったらリモコンまでついて、録画までできるようになって、もうすぐ壁にも掛けられるようになるらしいですね。でもそんな技術革新は5年や10年の歴史ではないはず。

日本が一つの国家として戦後の経済成長を遂げてきた道順を考える時、日本人が辿ってきたその過程を今ハンガリーの中に見ることができます。

ハンガリー人から見れば、自分たちの憧れの生活をしている先進国の人間はタイムマシーンで未来からやってきた人と同じです。数年前まで簡単に火がふく白黒テレビをなだめすかして見ていたのに、日本人旅行客は最新式のモニター画面がついているビデオを肩から提げているのですから。日本人から見てもタイムマシーンで過去に戻ってきたのと同じです。

でも、東欧諸国では主義が変わった途端に今まで街頭でみていた白黒テレビが“お金さえ払えれば”一挙に色がついてリモコンまでついてくることになったのです。ゆっくりと苦しい階段を登らずに一気に頂上からの景色を見てしまった。そう、既にあるところから持ってきてしまえ。そして自分たちが自ら生産しない歪みが、今そこここに見え始めてきたのです。

外側はきれいなカフェ、デパートで彩られるようになったハンガリーの首都ブダペスト。でも足を一歩内側に踏み入れてみれば古い共産主義の体質がどっぷりと残っています。でもそれは“一歩踏み入れ”ないと、まったく見えてこない部分です。

古い共産主義体質、なんて一言ではくくれないハンガリー人の根っからの性格が、今の体質を残しているとも考えられます。愛すべきハンガリー人、そう私はこんな風に彼らを呼んでいます。暖かくて優しくて、よく私をイライラさせるチョット変わった人々。喋り始めると止まらない、まるで一人一人が舞台役者のようにおもしろおかしく話をしてくれる、でも人の話にも耳をよく傾けてくれる懐の深いハンガリー人。西側諸国の便利な産物をちょっとお借りすることで苦しい大きな歪みまで抱え込んでしまったのは、やっぱり彼らの国民性を抜きにしては語れないのでは。そして、私をいらいらさせるのにそれでも私をここに留まらせるのも、やっぱりハンガリー人。

そんなハンガリーやハンガリー人を、なかなか見えなくなってしまった内側からご紹介出来れば、と思っています。


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